見出し画像

海の異変を伝えるカナリア漁師|47キャラバン#10@福井

私は、東日本大震災を機に、食のつくり手を特集した情報誌と食べものがセットで届く「食べる通信」と、生産者と直接やり取りをしながら旬の食材を買えるプラットフォーム「ポケットマルシェ」を立ち上げた。東日本大震災から10年の節目を迎える来年の3.11に向けて、改めて人間とは何かを問うため、47都道府県を行脚することにした。
これは、その「REIWA47キャラバン」のレポートである。

コロナ禍で行き場を失った「よっぱらいサバ」

 緊急事態宣言下にあった4月中旬、知人の漁師を通じて紹介されたのが、福井県小浜市の小さな漁村で鯖の養殖業を営んでいる田島水産株式会社代表の横山拓也さんだった。

 京都の酒蔵で醸された吟醸酒の酒粕を餌にして育てることから「小浜よっぱらいサバ」と命名されたその鯖は、京料理の重鎮からも「透明感のあるサバ」と評されていた。しかし、飲食店向けの出荷が停止し、行き場を失ってしまったことから、個人向け直販に挑戦したいとのことで、知人につないでもらった。出荷サイズに育った1万尾近くの鯖が生簀の中をひたすら回遊していて、これ以上大きくなると売り物にならないということであった。

 そこで早速、「小浜よっぱらいサバ」をポケマルで出品してもらった。

 お刺身で食べられる鯖とあって、たちまち人気を博した。

画像1

 ユーザーから連日、鯖を調理して食べた「ごちそうさま投稿」が相次ぐ。気落ちしていた横山さんは、実際に鯖を食べたお客さんから届けられる声に大きく励まされたという。

画像2

画像3

気候変動の矢面に立つ生産者たち

 あれから4カ月。未だオンラインでしかお目にかかったことがなかった横山さんについに会う日が来た。人生で初めて足を踏み入れる福井県小浜市。

画像4

 すると、出迎えてくれたのはバラク・オバマ前アメリカ大統領であった。オバマ大統領と名前が同じだと、小浜市の一部市民有志が「オバマを勝手に応援する会」を設立し、関連グッズを販売するなどして話題となり、小浜市の知名度向上につながった。オバマ大統領が退任して3年経過した今も、その余熱はあちこちで散見された。

画像6

 初めて会う横山さんとホテル前にあったオバマ前大統領の像の前でパシャリ。「田舎の悪徳議員みたいでしょ」と横山さん。街のいたるところにオバマ前大統領がいて、オバマロスを伺わせた。

画像7

 横山さんから鯖の近況を伺うと、深刻な事態に陥っていた。今夏、日本列島は猛暑に見舞われたが、海水温も異常に高く、その影響は養殖魚にも及んでいた。小浜の海は例年より海水温が2度高い状態が続き、最高で31度だった。こんな年は初めてだという。魚にとって海水温が1度高いのは、人間にとって気温が10度高いのと同じで、海水温が2度高いということは、私たち人間にとっては例えば36度の気温が56度になるようなものだ。今夏、多くの人が猛暑による熱中症で命を落としたが、横山さんのところで養殖している鯖は一日100尾ペースで死んでいき、合計約3100尾が死んでしまったという。愛し育てた鯖の遺体を回収するスタッフたちの心労は大きかったと慮る。

画像8

 NHK福井のニュース番組でインタビューを受け、苦境を語る横山さん。商売のことを考えると、お客さんの供給不安につながりかねない発信になる恐れがあることからためらいもあったが、ここ数年の小浜のみならず、日本沿岸の異常な海水温上昇によって漁業と食卓にどのような影響が出ているのかを、漁業者自身が発信せずして誰がやるんだと、取材を引き受けたそうだ。

鯖の死

 今年の夏は、横山さん同様、全国各地の漁師から海の異変を知らせる声が次々、届く。直接メッセージで、SNSの発信で、47キャラバンの現場で、毎朝開催しているオンライン車座で、こうした声を耳にする。ここ数年、歴史的不漁、記録的不漁という言葉がニュースの見出しになることも増え、これまで見たことがない魚が獲れるようになったとか、何十年毎年獲ってきた魚が一匹も獲れなくなったという漁師の生の声も年々増えてきた印象があるが、今年はさらに違う次元に突入してしまった感がある。

 気候変動の矢面に立ち、実被害を受け始めている農家や漁師は、もはや立派な気候変動の当事者だ。しかし、私たち消費者はメディアで伝えられる気候変動の問題をどこか他人事のように考えているところがあるが、それはまだ直接に実被害を受けていないからだろう。そして、暑ければ冷房の効いた屋内で仕事をし、スーパーに行けば品ぞろえ豊富な食材が並ぶ安定した暮らしを引き続き送れている。その安定した暮らしを低コストで維持するために、莫大なエネルギーを浪費している。それが気候変動を生み出す要因にもなり、生産者は極端にブレる自然の不安定さに翻弄されている。

 だからこそ、農家や漁師の声に耳を傾けたい。彼らは、危機をいち早く察知し、人間にアラートを鳴らしてくれるカナリアのような存在なのだから、気候変動の影響を受けている生産者の声を聞くことで、私たち消費者も当事者意識を持つきっかけとしたいものだ。安定した消費者の生活と、不安定な生産者の現場を地続きにするのが、直販なのである。

画像10


画像11

 質疑で、かっぷくのよい素潜り漁師が声をあげた。「例年だと、夏は海面近くの海水の温度が高いものの、海底まで潜ってしまえば海水温は下がり、素潜り漁にも影響がなかった。今年は違った。海底まで潜っても、温度が下がらず、暖かいままだった。潜っていて初めて熱中症になりかけた」。実は、これとまったく同じ素潜り漁師の声を秋田と佐賀でも聞いた。気象予報士もテレビで日本の海水温の高さについて言及しているが、実際にそれを体感している漁師の声を聞くと、よりリアルにそのことを感じられる。

画像12

 コロナ禍で開催している今回の47キャラバンだが、オンラインでの参加も幅広く募っている。この日も、小浜市を支援する東京の大企業の方にご参加いただいた。

画像13

 福井も広い。県内から2時間車を走らせて参加してくれた農家もふたりいた。僕が福井に行くと、ありがたいことに必ず駆けつけてくれる。

画像14

 締めはやっぱり、鯖のへしこ!へしこは、小浜市がある福井県の若狭地方発祥の郷土料理で、塩漬けにした青魚を糠漬けにしたもの。このあたりでは、越冬のための保存食として重宝されてきた。酒のアテには最高ですね。

画像15


画像16

地域の代替不可能なピースとして

 最後に、今回のキャラバンで出会ったラストサムライをご紹介。長野県伊那市出身の御子柴北斗さん、33歳。京都大学を出て農林水産省に入り、福井県小浜市に3年間出向。任期を終えた昨年、本省に戻された。

 しかし、宿泊した東京都内のビジネスホテルの受付で、若い研修生が上司の横に立って仕事を学んでいる姿を見て、別に彼じゃなければできない仕事でもないだろうに、と感じた。さらに、満員電車に乗ったとき、スマホで出会い系アプリをやっている人がポチポチ好みの異性を顔で選択しているの見て、人間関係も消費財のようにショッピング感覚で売り買いするようになったのかと感じた。このふたつの出来事で、東京は自分がいるといころじゃないと思い、奥さんをもらった小浜市に帰ることにしたという。今は、小浜市の観光局で働き、伝統行事の担い手として活躍している。

 まだ若いのに、なんという人間くささだろう。小浜市をどう元気にしていくのかを、目を輝かせながら熱く語ってくれた。

画像17

各種リンク

▼「REIWA47キャラバン」について

▼これまでのキャラバンの様子はこちら


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?