見出し画像

【街】伊根の舟屋には"ニワ"がある

東京と横浜を結ぶ国道15号。1日数万台の車が行き交うこの幹線道路を1本隔てたところに子安浜と呼ばれる現役の漁港がある。”舟屋”と漁船が並ぶ光景は、京浜工業地帯にありながら都会の中の忘れ去られた場所のようでもあり、近所に住んでいた私にはお気に入りの散歩コースでもあった。


そう、結構"舟屋"好きなのだ。

しかし舟屋といえばやはり伊根の舟屋が有名だろう。
以前から訪れたかった私は初夏のある日、車を走らせて現地を訪れた。


伊根の舟屋があるのは京都府北部の伊根町。日本三景の一つである天の橋立から、丹後半島を北に車で30分ほど走る。


まずは展望台から伊根湾を眺めてみる。
伊根湾は日本海側にありながら南に向かって開いた珍しい湾だ。ブリを中心に鯵、鰯、サワラが獲れる絶好の漁場で、養殖も行われている。


展望台には1993年のNHK朝ドラ「ええにょぼ」の記念プレートがあった。伊根の舟屋は以前から知られていたが、一般に注目され始めたのは、このドラマ以降だろうか?(私は全く観ていないけど)


湾の南には島(青島)があり、これが防波堤の役割を果たしている。また水深も深いので波が立ちにくく、海面は比較的穏やかだ。


この湾を取り囲むように、5kmに渡って約230軒の舟屋が連なっている。


水辺に面した町は世界各地にあり、それぞれ独特の景観がつくられているが、伊根の舟屋も他では見ることが出来ない唯一無二のものだろう。


舟屋の背後には山が迫っている。すなわち平地が少なく、家屋を建てられる土地があまりないことを示している。


舟屋とは漁船のガレージ。昔の漁船は木造で、漁に使う網も麻だったため、水に浸かったままだと腐ってしまう。そこで船を引き上げて乾燥させるための小屋を建てたのが始まりだった。舟屋には漁の準備、漁船や漁具の手入れ、魚や乾物置き場としての役割もあった。

現在は漁船も大型化し、また材質も防水性能が高いFRP(繊維強化プラスチック)製となったので、舟屋としての本来の機能は失われている。


伊根の舟屋は既に戦国時代にはあったと伝えられ、江戸時代初期の絵図には湾に沿って家が立ち並ぶ様子が描かれている。その頃はまだ藁葺き・茅葺き平屋建ての簡素な小屋だったが、江戸中期になると半二階建てとなり、明治時代中期には屋根は瓦葺きとなった。


しかし現在の町並みが本格的に形成されたのは昭和に入ってからだ。
明治から昭和にかけてのブリ漁によって景気が良くなったこともあり、多くの舟屋が建て替えられ、同じ間口の舟屋が連なる統一感のある景観が形成された。


少し町中も散歩してみよう。


所々に海に抜ける路地があって、これがまた趣があって良い。


一見普通に見えるこの道路も実は興味深い。

昔は外の町とは主に船で行き来していたので、道としては人が通れるほどの細い道しかなかった。しかし先の昭和の舟屋建て替えの頃、1931年から10年かけて行われた工事で、車が通ることが出来る4mの道路が整備された。とはいえ余分な土地はない。そこで海を埋め立て、舟屋をその分海側に移設した。町を挙げての大工事だったのだろう。


従って各家は、仕事場である海側の舟屋と道路を挟んだ主屋のセットが一つの単位となる。(ほとんどの漁師は舟屋には住まず、生活拠点としては主屋を住居としていた。ただし舟屋を客間などの"離れ"として使っていたところもあった)
つまりこの道路は、住民にとってはのようなものだ。地元ではこの道路を"ニワ"と呼んでいるそうだ。


ちなみにこの写真、どちらが舟屋でどちらが主屋かお分かりになるだろうか?

家屋の形状を見ると、舟屋は妻側を海(=道路側)に向けている。一方、主屋の多くは平入を出入口として接道させている。つまりこの場合、左側が舟屋、右側が主屋ということが分かる。

改めて海側から見ると分かりやすい。手前に妻側の舟屋、その奥に、屋根しか見えていないが、ほぼ同じ幅で平入の主屋が見えている。


さて、この伊根町伊根浦は2005年に重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。町役場も景観を保護するため、2008年にNPO法人「日本で最も美しい村」連合に加盟し、2016年には景観条例、屋外広告物条例を制定した。

メディアやSNSでも度々紹介され、観光客も少しずつ増えて前途洋々のようだが、伊根町も他の地方都市と同様に、人口減少と高齢化という問題を抱えている。景気が良かったであろう1960年の人口は7,000人だったが、2010年には2,400人に、2021年には2,000人にまで減少している。高齢化率も48%を越えている。
人口減少は空家の増加をもたらし、高齢化は家屋の管理を難しくする。伝統的景観を保全するためには大きな課題となっている。

そのため町では舟屋を活かした政策を打ち出している。
その一つが宿泊施設の整備だ。

この地区には大きな建物となるホテルや旅館は建てられないことから、宿泊施設が少なかった。そこで景観を維持したまま舟屋を改修し、小さい民宿のような施設をつくることを推進している。ネックであった「京都府福祉のまちづくり条例」についても規制緩和を働きかけ、伝統的または特徴的形式の造りを残している建物については条例適用除外にするなどしている。

観光客が押し寄せることは必ずしも良いことばかりではないが、町として生き残るためにはやむを得ないこともあるだろう。




今回は舟屋をリノベーションした一棟貸の宿に滞在した。


1階はカフェ(昼間のみ)、

2階が宿泊部屋となっている。


素晴らしいのは舟屋部分。今はオーナーがプライベートで使用するのであろう船が係留され、釣り道具などが置かれていた。そこにはテーブルや椅子もあり、宿泊者がくつろげるようにもなっている。

水も綺麗だ。


夜は何もすることがない。
夕食に地元の美味しい海の幸を頂いた後は、海を眺めながら静かに過ごした。


朝も同様。


朝日に照らされた眩しい海をただ眺めていただけだった。



● ご注意
伊根の舟屋は個人の所有物であり、その敷地も個人の所有ですので、許可なく無断に立ち入ることは出来ません。写真や映像を撮影される方は、住民の方のプライベートにご配慮して頂きますようお願いします。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?