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サイドウェイ 建築への旅 台湾版-リニューアル

拙著『サイドウェイ 建築への旅』の台湾版が出版されたのは2009年のことでしたが、このたび表紙をリニューアルして再版されました。

サブタイトルや写真のチョイスなどは先方にお任せだったのですが、雪の室生寺で撮影した一枚が表紙に使われているのは新鮮な驚きがありました。 

実は今回、再版されるにあたって、序文の執筆依頼がありました。8ヶ月の旅から20年目の今をテーマに書いた一文、書籍には翻訳されて掲載されておりますが、ここには日本語の原文を掲載します。

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あれから20年目の旅  台湾版の序文にかえて

 今から2週間ほど前のこと、スリランカの空の下で「人のための空間」のありようを考えていた。それは、スリランカを代表する建築家ジェフリー・バワの建築を集中的に巡る旅の途上でのこと。熱帯地方の建築はその気候と向き合うなかから生まれていったものだけれども、バワの建築はヨーロッパ建築、モダニズム建築の影響を多分に受けながら絶妙にスリランカ建築の歴史的な文脈を取り入れた空間となっているように感じた。穏やかに吹きつづける季節風を受けとめる空間に佇みながら、居心地の良い空間の秘密を探っていた。

 1998年の春に世界放浪に旅立って、今年で20年になる。本編の初章に書いているように、旅立ちの時に一緒に記憶に刻まれた桜は今も花を付け始めたところだ。その20年間、建築家として独立して建築を作り続けているけれども、根底にある事は変わらない。人の居場所としてどんな空間がふさわしく、そして美しいと感じるのか、それを今も変わらず求め続けている。

 旅は建築を日常の外から考えるという契機をくれる。旅に出なくても、日常のなかで、日ごろから注意深く変化を気にして生活しているとかなり微妙な差分に気付く。それは日々の生活を豊かにしてくれる秘訣の一つだと思っているけれど、旅がもたらしてくれるものはさらに劇的だ。今までの生活圏から切り離されて、違う環境に身を置く。そのとき、建築に向き合うと同時に、普段の生活圏と旅先の生活圏の違いを感じ、その上で建築を考えるという二重の刺激のなかにおかれる。それは言ってみれば、心地よいストレス状態に入っているともいえる。脳が休まることはなく、目の前で展開されていくこと、状況、空間にその都度反応していく。そのような心理状態こそが、実は集中力を持って建築を学び続けるために必要だと感じているから、自分は今なお、旅することを続けているのだと思う。

 実は八ヶ月の世界放浪を終えて数年経ったときに、突然強い喪失感に襲われたことがある。放浪中はギリギリの体力状態で旅を続けて、できうる限り世界の気になる建築を見てこようと必死になっていた。そのおかげでかなり気が済んだところがあって、建築家として独立し、建築をつくっていこうという決意を持つことができた。しかし、ずいぶんと世界をみてきてしまったことから、次の旅へ向かう動機を失ったようにも感じてしまったのだ。旅人でいるための必要条件を失ったように感じたことが喪失感の原因だった。しかし、時を経ていくにつれ、詳細な記憶が薄らいでいくのと並行するように、そんな気持ちは徐々に薄らいでいって、今はたくさんの再訪したい場所を思い浮かべることができる。ゆるやかに忘却していくということの美しさもあるのだ。

 それから、世界放浪後の旅で、その動機を失わないために、ひとつ心がけていることがある。それはみたい建築を「あえて残す」ということ。

今回は時間がなかったから○○までは回れなかったけれども、そのために次回また来てもいい。そういう部分を毎回あえて残すようにしている。自分のように、リスク覚悟で仕事を辞めて長期の世界放浪をしてしまう酔狂な人はそれほどいないだろうから、これがどれだけ直接的なアドバイスとして届くかどうかは分からない。でも、そう思うようになってから一つ一つの建築をよりじっくりと、自分のペースで見ようとする余裕が生まれたことを付け加えれば、短期で旅をされる多くの人の心に届くかも知れない。続けるための秘訣は〈決して完結しないこと〉なんだと思う。

 この本にある長い旅で、自分の心にもっとも強く刻まれたこと。それは世界の美しさであったと思う。建築を求めて彷徨い続けていくうち、そのプロセスで目にする世界(地球)の美しい変容に心を掴まれていった。長い旅の途上で疲弊し、もう歩けないような気持ちになっても、その日の夕日が美しいだけでまた一歩を踏み出せたりする瞬間が何度もあった。それはひょっとすると人間のDNAに刻み込まれた力なのかも知れない。だから、そんな本能と建築が切り離されることなく、ゆるやかに繋がる空間をつくろうと日々図面と向き合っている。

 旅の経験のうち、この本で書けたエピソードはごく一部に限られるし、取り上げた建築の紹介や建築家のエピソードも多分に盛り込んでいるので、どこまで伝わるかは分からない。けれども、自分が美しい世界に向き合い、旅することの素晴らしさを深めていったプロセスが少しでも伝わることを願っている。そして、この本を手に取ったかたが「よし、旅にでも出てみるか」と感じて下さったら本当に嬉しく感じます。

 最後に、台湾版の翻訳が出版されたときに、とても不思議な感覚を持ったことを告白します。コンテンツは変わらないけれども、文字が変わるだけでこんなに視覚的に受ける印象が変わるのだと。 自分が感じた、その感覚の秘密を探るために、この序文が掲載された版が発売されたら、スケッチブックを持って台湾をゆっくり旅したいとひそかに考えている。

 (廣部剛司)


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