天才、馬渡松子さんの想い出(その2)
おかげさまで馬渡松子さんについて書いた記事が好評に読まれているようです。
記事の発端となった馬渡松子さんとAdoさんの声は果たして似ているのか問題についてですが、Adoさんのヴォーカルスタイルを特徴づけている”ガナリ”をコントロールするテクニックやボーカロイド以降の速い楽曲を歌いこなすようなスピーディーなスキルは30年前の90年代にはまだありませんでしたが声質と声の倍音の乗り方や声そのものを響かせる「なにか」がとても近いものがあったと思います。馬渡さんも小柄な方でしたが口が大きく顎がしっかりした方でした。Adoさんのお姿は公式には公開されていませんがネットなどで確認できるお姿では小柄の体躯に大きめなお口としっかり目の顎をお持ちでお二人の口の感じはとても似ていると感じます。裏声と実音が自在に使えるスキルもその辺りに秘密があるのでしょうか。ごく個人的な印象ですが歌がうまい方やうまくなる方の顎の形は共通したものがあると思っています。
馬渡松子さんの個人的押し曲プレイリスト
さて「微笑みの爆弾」と「ホームワークは終わらない」リリース以降の馬渡さんの活動について当時部署異動で直接関わることが出来なくなったため以降は全て私の個人的な感想になります。シングル「P-U」と2ndアルバム「nice unbalance」は1993年3月から4月にかけてのリリース。「P-U」はちょっと衝撃的な曲でした。変拍子リフとテクニカルなフレットレスベースの乗っかる複雑なメロディ、そして”P-U”というのはプータローの意味で都会に住む若者の孤独を表した歌詞の内容。デビュー前はプログレ&パンクでアングラな曲をやっていましたという馬渡松子さんのアイデンティティを最初に提示した曲だったのはと思います。このシングルのc/w曲が馬渡松子さん史上もっともストレートなポップナンバー「知らん顔」。爽やかなヴォーカルとコーラスはめっちゃシティポップで先輩である吉田美和さんはもちろんのこと、往年の尾崎亜美さんやEPOさんの作風を彷彿とさせており馬渡さんが黒人音楽に影響を受けた女性シンガーソングライターの系譜であることが確認できます。今聴いてもとてもいい曲でリバイバルヒットしないかなと思ったりします。
「さよならbyebye」も「幽遊白書」のエンディングとして有名な曲ですがシングルとしては切らなかったんですね。80年代のブリティッシュ・インベンションの影響を感じるサウンドでしみじみとしたメロディが染みるこれも非常にいい曲ですね、いやー馬渡さん天才だわ。リー・シャウロン氏の歌詞も当時のアニメファンに深く刺さる内容だったみたいで印象的なエンディング動画と相まって非常に人気が高いようです。「らしくもないね」は初期の馬渡さんのライブでも披露されていたバラード、これも名曲だと思います。歌詞も素晴らしい。一捻り入れて普通のバラードに終わらせないのが馬渡さんらしいところですが、「nice unbalance」を久しぶりに聴き直して名曲揃いのアルバムだったのだなあと改めて思いました。
3rdアルバム「AMACHAN」は1994年5月のリリース。1年にアルバム1作リリースしていたんですね。「甘ちゃん」は馬渡さん得意の変態ファンク、「P-U」から続くモラトリアムな若者を歌ったナンバーです。当時の女性シンガーソングライターでこんなテーマを歌う人はいなかったし令和の現在にも通じるテーマをシニカルかつコミカルに歌うスタンスは非常に先進的だったと思います。馬渡さん&リー・シャウロン・チームはフィッシュマンズの佐藤伸治君と共通する先駆者だったんだなあ。「Mr.プレッシャー」も同様のテーマのよりポジティブな応援歌。少しUKソウルの影響が感じられるクールなバックトラックとスケール感のあるヴォーカルとの対比が印象的です。「MONKEY BITES (drivin' ver.)」は当時の馬渡さんには珍しい生バンドスタイルの演奏でSpotifyだとこの曲の再生数が多いのですがなにか原因があるのでしょうか。それにしても馬渡さんはブラスアレンジも非常に巧みでこれまでの作品でもさらりとブラス入れてますがすごく自然な使い方です。フルート奏者としてブラバンにいた経験からでしょうか。「AMACHAN」はある意味、初期のドリカムファミリー的なイメージから脱却しアップデートした馬渡松子サウンドを確立したアルバムであり、哀愁メロの「まじめになる」、タイトなファンクの「愛を責めないで」、トニー・バンクスを思わせる壮大なバラード「あなたを愛してやまず」など推したい曲が他にもありますが、ドラマチックなメロディが印象的な「こころのままに」をプレイリストにリストインしておきます。
2年と3ヶ月続いたアニメ「幽遊白書」の最終期のエンディングテーマとして書き下ろされた「デイドリームジェネレーション」は馬渡さんの曲の中では最もオーソドックスなアレンジが施されており終盤に向かう「幽遊白書」の切なさと併せ持ってドラマチックな楽曲となっています。アルバムの先行シングルとなった「帰りたい」も同様にドラマチックなストリングスアレンジが施された楽曲、馬渡さん自身の原点回帰をテーマにしたものでしょうか。そして「バラブシュカ」はさらに馬渡松子サウンドを突き詰めた、ある意味振り切ったアルバムになります。自分らしさブランドの確立を歌った馬渡ファンクの真骨頂「バラブシュカ」はリー・シャウロン氏の歌詞も冴え渡り、ジャングル風味の「Woman Woman」、スチュワート&ガスキンを思わせる4度進行と半音階のメロディの美しいバラード「PREMONITION」などいずれも馬渡松子さん以外では生み出せない独自の領域の楽曲になっています。そんな中にリラックスしたミディアムポップファンク「さんざんな恋をしても」がホッとさせます。歌の表現もさらに磨きがかかり90年代の馬渡松子さんの作品の集大成と言えるでしょう。プレイリストの最後に「AMACHAN」収録の唯一のインスト曲「涙腺の彼方から」を入れさせていただきます。ある時期の坂本教授を思わせる深淵なナンバーです。しかし馬渡さん、プログレだなあ。
と自分が感想を言えるのはこの初期の4作品だけになってしまうのですが30年ぶりに改めて細部まで聴きこむと当時少し感じていた馬渡さんの打ち込みはちょっと癖が強いかな、クォンタイズが大きいというか、打ち込み色が強すぎるのではと感じていたのですが、時間も経過するとすっかり解消されて細やかなボイシングのバッキングやスケールの大きな馬渡さん自身の歌の世界とピタリとハマっており非常に完成された音楽をクリエイトしていた、30年以上に渡って世界中のファンから聴き続けてもらえる真のオリジナリティのあるポップミュージックを生み出していたことに驚きを隠せざるおえません。この記事を読んだ若い世代の方が「幽遊白書」関連以外の馬渡さんの音楽がどのように響くかとても興味深いところです。
前回の記事を投稿したタイミングと前後して他の方が馬渡松子について書かれた記事がありましたので引用させていただきます。
こちらのtorovさんの記事には馬渡松子さんの最新インタビュー(特に「微笑みの爆弾」の制作に纏わるエピソードは大変興味深いです)やその後の馬渡さんの壮絶な人生についても触れられており合わせてお読みいただけるとより馬渡松子さんへの理解が深まるものと思われます。
また上記の記事中でも触れられている馬渡松子さんが新たに如月-kisa-として再スタートを切った最新アルバム『Love Legal』の素晴らしさについてもいずれの機会に触れてみたいと思います。
しかし馬渡さん、作曲のオリジナリティと変態さは一貫して全く衰えていなくて本当に素晴らしいです!
最後まで読んでいただいたありがとうございました。個人的な昔話ばかりで恐縮ですが楽しんでいただけたら幸いです。記事を気に入っていただけたら「スキ」を押していただけるととても励みになります!