見出し画像

政策と「人を動かすためのデザイン」


安倍政権の布マスク全世帯配布計画は嘲笑を浴びるだけの結果に終わった。医学的合理性があるにも関わらずである。人を動かすにはそれなりの工夫がいる。そしてそれはデザインできる。

日本政府はなにをすべきだったか

結論を先に言う。以下4点を守ればもっとマシな結果になったはずだ。安倍首相は英国ボリス・ジョンソン首相のビデオメッセージを見習うべきである。

・情に訴え共感を獲得する
・状況を論理的に説明する
・説得相手に取ってほしい行動を明確にする
・説得相手の抱いている不安を解消する


布マスク全世帯配布計画

2020年4月1日に安倍晋三首相が再利用可能な布マスクを日本国内の全世帯に配布すると表明した。4月1日であったのでエイプリルフールかと疑われたくらいに唐突なニュースであった。その後にやってきたのは世論の嘲笑と猛反発である。たかだか1世帯あたり2枚の布マスクに100億円の予算を投じるのは税金の無駄遣いであり、政策優先順位付けの大失策である、という主張である。

では布マスク全世帯配布計画に合理性はないのかというとそんなことはない。合理性に基づいて行政判断されている。日本国民に行政判断の根拠が伝わっていないだけである。行政判断の根拠を国民に伝えないのは明治維新以来の官僚の伝統である。だから政治家が伝えなければならないのだが、安倍政権にはそれだけの力がなかった。

合理性では人は動かない

布マスク全世帯配布計画の合理性は概ね以下の通りである。

状況
1. 信頼性が低いので全国民対象のPCR検査は行わない
2. 無症状の罹患者が感染を拡大させる可能性がある
3. 医学統計による予測では近日中に病床が不足する
方針
4. 無症状の国民にマスクを付けさせたい
5. 紙マスクは医療関係者に優先供給したい
施策
6. 子供には学校でマスクを配る
7. 高齢者には福祉施設でマスクを配る
8. 国民は可能な限り自宅待機する前提
9. ゆえに1世帯2枚の布マスク配布で充分
10. 2世帯同居の家庭には後日追加分を配る

他方、施策に対する国民の心理は概ね以下の通りである。

国民の心理
・マスクは罹患者が使うもので自分には関係ない(誤解)
・布マスクは効果がないとWHOが声明を出した(誤解)
・紙マスクは増産されておりもうすぐ購入可能になる(誤解)
・そんな税金の無駄遣いより緊急経済対策を優先しろ(誤解)
・既に充分な紙マスクを備蓄しているので不要(一応正しい)
・予備の布マスクも配らなければ洗濯できない(一応正しい)
・布マスクは自作できるので配給の必要はない(一応正しい)
・布マスク無差別配布が合理的なら給付金も無差別配布すべきではないか(一応正しい)

日本政府はいったい何を間違えたのか。要約すると以下3点になる。

・不要派の誤解を解いていない
・すでにマスクを付けている国民を納得させていない
・国民最大の関心事である緊急経済対策を無視しているように見える

できていないことばかりで、前途多難である。すくなくとも菅官房長官は「今後も紙マスクの入手難は続く」と宣言し、間違った期待を国民に与えたことを謝罪すべきではないだろうか。

広告における「人を動かすためのデザイン」とその応用

実は冒頭で紹介した注意事項4点は、広告のデザインにおける注意事項と同一である。

・情に訴え共感を獲得する
・状況を論理的に説明する
・説得相手に取ってほしい行動を明確にする
・説得相手の抱いている不安を解消する

例えばテレビショッピングでは、まず問いかけによって消費者の普段忘れている心配事を思い出させ、次に解決策とその根拠を説明し、最後に使用者の感想・値引き・タイムセール等で不安を忘れさせるという構成が一般的である。そしてもちろんこの場合の取ってほしい行動とは商品の購入である。広告とはまさに「人を動かすためのデザイン」なのである。そして広告の手法は広告以外でも応用可能である。

本稿は、今現在布マスク全世帯配布計画が話題であったのでそれを中心に書いたが、在宅勤務とオンライン会議システムの普及にも同じことが言える。オンライン会議システムの普及は相当に社会を効率化しイノベーションと呼べるレベルの社会変革をもたらすと筆者は考えているが、技術が優れているだけではオンライン会議システムは普及しない。人を動かすためのデザインが合わせて必要である。

イノベーションで社会を変革するには、人々の行動変容が必須になることもある。そして合理性だけで人の行動は変容しない。イノベーションを成功させるには人を動かすためのデザインも合わせて行っていただきたい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?