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場の空気を読むデザイン

安倍首相のSNSに投稿した動画が炎上している。場の空気を読まない独善的な内容であったからだ。これでは電子掲示板荒らしと変わりない。そして日本企業はこれまでそのような消費者の場の空気「利用文脈」を読まない独善的な製品を多数商品化し、惨敗してきた。

「#うちで踊ろう」ムーブメント

事の発端はミュージシャンの星野源氏が動画をSNSに投稿し「(この動画に皆さんの)伴奏やコーラス、イラストやダンスを重ねてくださいね。」と呼びかけたことに始まる。

そこにまずライブハウスを閉鎖され活動の場を失ったミュージシャン達が賛同して動画を投稿し始め、趣味でクリエイティブな活動をしている人達も後に続いた

ムーブメントが結構な盛り上がりを見せたところで安倍首相も動画を投稿したわけだが、その内容が「ただ家のソファでくつろぎながら犬をあやしているだけ」であったため、激しく炎上した。音楽ともクリエイティブとも関係ないからである。

さらに、「国家の緊急事態に総理大臣が家でくつろぐ」という不自然な内容の動画に、普段より安倍首相と政治的に対立する人達の感情が刺激され、炎上が拡大してしまった。

炎上の理由を要約すると概ね以下のようになる。

・星野氏の企画意図を無視している
星野氏の提示した動画利用条件を無視している
・総理大臣には率先して事態を解決してほしい国民の願いを無視している

星野氏の企画意図はまずアーティストへの応援であり、家の中で娯楽のない人達への応援であり、さらに外で仕事をしなければならない人達への応援である。総じて「外出自粛という無理難題に困っている人達への応援」になっている。ゆえに、場の空気を読むのであれば、無理難題を命令した張本人である安倍首相はこのムーブメントに参加してはいけないのだ。最低でも全力で仕事をする姿を映さなければならなかった。

消費者の場の空気「利用文脈」

このような場の空気を読まない行為は、実は製品やサービスの企画開発にも起こり得る。UXデザインではこの空気を「利用文脈 Context of Use」と呼んでいる。製品やサービスの場合は「炎上」ではなく「単に売れないだけ」という結果に終わるので世間から認知されづらいが、失敗した製品の大多数は何らかの形で空気を読み間違えたと考えて良い。

以前にも書いたが、Apple社のiPodが大ヒットした理由は「CDをダビングする面倒さ」「カセットを抜き差しする面倒さ」という2大不快要因を解消したからである。いわれてみればなるほどと思える面倒さだが、なぜiPodに惨敗した当時の日本企業はこのことに気づくことができなかったのか?それは消費者は説明のプロでも自己分析のプロでもないため、このような不快要因を言語化できないからである。単純なインタビューやアンケートでは見つけることができないのだ。まさに空気の如しである。

当時の日本企業は、表面的な事象だけを観察し「高性能な物が売れる」と判断して楽曲プレーヤーの高性能化を推し進めた。しかしいつのまにか性能は飽和状態に達し、大多数の消費者は「何を買っても同じ」と考えるようになった。この空気の変化を読んで高性能路線をやめればよかったわけだが、当時の日本企業はそうはしなかった。空気を読み間違えたわけである。

大ヒット商品をつくるには、空気のような消費者の感情を読まなければならないし、なぜそのような感情を抱くに至ったのかその経緯を調べなければならない。経緯がわかれば良い感情を増幅させることもできるし、わからなければ思わぬところで反感を買ってしまう。

安倍首相も星野源動画ムーブメントの盛り上がった経緯を事前に知っていれば、自分も動画を投稿しようなどとは思わなかっただろう。

空気が読めていないのに偶然売れてしまった場合

最も気をつけなければならないのは、空気が読めていないのに偶然売れてしまった場合である。

昔、デジタルカメラが日本の一大産業であった時代が約15年間あったが、実は初期のデジタルカメラはパソコンの周辺機器として売られていた。アナログカメラと比較しての性能は劣っていたものの、写真をデジタルデータ化する道具としては格安だったからである。将来有望な成長市場ということで、多くのメーカーが参入した。

この時はすべてのメーカーがそれなりに利益を得た。この時は。

しかしその後多くのメーカーは脱落した。大多数の消費者は「アナログカメラを置き換える、アナログカメラより高性能で使いやすい道具」を望んでいたからである。高性能のデジタルカメラを実現するには、高性能なレンズ・CCD/CMOS・画像処理プロセッサが必要である。結局はこれらを自社開発できる高い技術力を持った企業だけが生き残った。

そしてさらに高性能化が進んだ結果、大多数の消費者は「スマートフォンに搭載されるカメラで充分」と考えるようになり、一気に市場が縮小してさらに多くのメーカーが脱落した。

今の空気が読めなければ先を読むこともできない。安易に成長市場に参入した企業は敗北が運命付けられていたと言える。

消費者の場の空気を読む方法

消費者の場の空気を読むにはどうすればいいのか?消費者(潜在的顧客)を対象としたインタビュー調査や観察調査の結果を分析して得るのが基本である。しかし前述の通り、消費者は説明のプロでも自己分析のプロでもないため、消費者は自分の心理を正確に言語化することができない。調査担当者の観察力・質問力・洞察力に頼るしかないというのが正直なところである。

くだんの動画の炎上問題を問われた菅官房長官は「過去最高の35万いいねをいただいている」と定例会見で発言したが、彼らからは強い「空気読めてない感」を感じる。せっかくの長期政権が馬鹿げたことで崩壊しないことをお祈りする。

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