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これこそローカライズさ

 1992年だった。台湾やタイ王国の出版社から、ぼくが勤めていた会社で出版している漫画作品を現地語に翻訳して出版したいという申し込みが相次いだ。韓国や香港、インドネシアの出版社もやってきた。いわゆる“海賊版”と称される現地語版の出版社である。

 台湾以外は左右が逆になる。日本のオリジナル版のように右開きではなく、現地の習慣にしたがって左開きにするためだ。登場人物はみんな左利きになる。これを「逆版」と呼んでいた。

 ところが、もっとすごい改変がほどこされていた。ストーリーの現地化である。たとえば、韓国では神社の鳥居をはじめ、日本的なものが絵からカットされる。日本の伝統文化を嫌うためだろうと思った。

 最初は、韓国側にもそんな斟酌があったらしい。だが、本当の理由は別だった。作家は韓国人、物語りの舞台はソウル、もちろん、登場人物はすべて韓国人である。作品のすべてが韓国化されていた。韓国にかぎらず、海賊版の世界では常識だという。

 彼らはこれを「ローカライズ」と称していた。つまり、「現地化」である。あわてて契約書に「逆版禁止」と「ローカライズ禁止」を追加した。

 だいぶたってから、ヨーロッパへ何度かいく機会があった。どこの都市(まち)でもスシ屋が盛況だった。国際会議のランチにものり巻きが出た。ビュッフェ形式なので、まごまごしているとなくなってしまう。現地の方々はこれを醤油に泳がせて食べる。にっこり笑って、「スシはうまいね」という。「寿司」や「鮨」ではなく「Sushi」なのだ。

 ぼくが明太子ソースのスパゲティを好むのと同じである。以前、ナポリタンにタバスコをかけ、咽せながら食べているのを見た日本人から軽蔑された。だけど、ナポリタンはスパゲッティを日本風にローカライズしたものだ。タバスコをかけて食べたっていいじゃないか。それに、ナポリタンにタバスコは欠かせないでしょうが。

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