hiro_taka84

79歳になった。そんな老人にも、インターネットの片隅をちょっとだけ使わせいただきたい。…

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79歳になった。そんな老人にも、インターネットの片隅をちょっとだけ使わせいただきたい。若い方々のおじゃまにならないように、できるかぎりひっそりと使っていく。もし、じゃまだったら、無視していただければいい。慣れているからいっこうにかまわわない。

最近の記事

少し秋めいてきた朝

 朝の散歩ですれ違うとき、「おはようございます」のひと言がいえない人がいる。無視してすれ違っていくならともかく、明らかに迷惑そうににらんでいく人さえいる。あるいは、こちらのあいさつに、〔え、なんで……?〕といいたげにしていく。それなら、ひと言だけ「おはようございます」と返せばすむものをとおかしくなる。  しばらく前から、朝の散歩のとき、行き交う誰彼となく「おはようございます」というのをやめた。あいさつされて迷惑と感じる人が確実にいるとわかったからだ。いまも、こちらの出方をう

    • 秋の色に変わってきた朝

       まだ30歳前の昔、当時、つきあっていた女性から秋には色があるのを教わった。その色も地域によって違うのだという。そこから先は、ぼくの記憶が違っていて、反対なのかもしれないが、記憶によれば、西の町は黄色の秋だというのである。  彼女が瀬戸内の町の女性(ひと)だったから、そう記憶しているだけで、本当は逆なのかもしれない。記憶の風景にはチョウが飛んでいるので、チョウの特色も教わっているらしいが、すっかり忘れてしまった。  頭のいい女性(ひと)だった。ぼくなど足元にも及ばない才媛

      • 忘れえぬひと

         長く生きてくればいろんな出逢いがある。もちろん、恋愛もあるだろう。ぼくにも忘れられない女性がふたりいる。  ひとりは、20代の後半、死ぬの、生きるのとの果て、2年足らずであっけなく去っていったひとであり、もうひとりは30代の半ば過ぎに知り合い、最後は電話で「あなたが50になったら恋人になってね。そのとき、わたしは35歳になっているから」と約した女性だった。  ふたり目の女性は、かたく約束をしたにもかかわらず、それからまもなく死んでしまった。事故として扱われたらしいが、自

        • もう少し生きられそうだ

          <御礼> いつも応援いただいている方々にお礼を申し上げます。自分のためだけ書いているつもりの、この駄文です。お読みいただいているだけでも面はゆく、それにもまして「スキ」をいただき、恐縮しております。 毎日のテーマを探すだけで必死ですが、いけるところまで書き進めていくつもりです。ほんとうにありがとうございます。   近所のクリニックで、ふた月ごとの検診の日だった。高血圧とコレステロールの薬の処方箋をもらい、調剤薬局で薬を受け取る。2、3日前から緊張する。コロッと忘れそうで、ふ

        少し秋めいてきた朝

          無償の愛

           さすがアラン・ドロンである。訃報が流れて何日かたつというのに、彼に関連する日本発の報道やら投稿、分析の記事などがネット上に流れてくる。  フランスよりも日本のほうが人気は高かったという。フランスではジャン=ポール・ベルモンドのほうが上だったそうだ。本当かどうかは知らない。  日本では絶対的な人気をほこるドロンが、最後は日本人女性と——その女性によれば——事実婚の関係にあったという。でき過ぎた話である。そして、彼女は、最後、ドロンの息子たち親族から追い出され、モラスハラス

          無償の愛

          101年目の関東大震災に思う

           関東大震災の朝鮮人犠牲者の追悼式に小池百合子東京都知事が欠席の旨を伝えたという。9月1日は関東大震災から101年目になる。欠席については、招いた側、招かれた側の双方に言い分があるだろう。それを報道する新聞社にも、きっとそれなりの理由があるはずだ。  小学校3年生のときに、東京・日本橋で震災に遭った父だったのか、父の母である祖母からだったのか判然としないが、この「朝鮮人虐殺」の話を聞いている。目撃したわけではない。避難先の伝馬船へ、夜、遠くから悲痛な声が聞こえてきたという。

          101年目の関東大震災に思う

          まぎれもない美男だった

           アラン・ドロンが死んだ。11月生まれの88歳だった。往年の美男も老いてはただの老人でしかない。年をとるというのはそういうことなのだろう。  アラン・ドロンが来日したとき、当時、芸能記者だったぼくに、多くの女性からさまざまなツテを頼って記者会見に連れていてほしいとの依頼がきた。ぼくが30歳くらいのころだったから、ドロンは40歳のあたりだろう。男の絶頂期でもある。  日本のテレビでは、ドロンを起用したダーバンのコマーシャルが流れていた。きっと、売れただろうと思う。ダーバンを

          まぎれもない美男だった

          片足で生きているカラス

           いっときの感動に流されているわけではない。今朝、逢った片足のカラスに生きる勇気をもらったといってもいいだろう。出逢いを感謝さえしている。  カラスには右足がなかった。なぜ、右足を失ったのかはわからない。自然界で身体の一部を失いながら生き永らえていくのは、さぞや大変だろうと思う。片足を失うと、まず、飛ぶときにバランスを取りづらくなる。さらに、立っているさえ、左足だけに依存しなければならない。  なにより、死んだ鳥などのエサを見つけても、それを掴んで、ゆっくり食べることので

          片足で生きているカラス

          なでさせてくれたネコ

           何年ぶりだろうか。今朝、ネコに触れた。たくさんいる野良ネコは一様に警戒心が強い。臆病でなくては、野良ネコとして生きていかれない——とはかぎらない。  散歩先の野良ネコたちは特定のお宅で朝晩のごはんをもらって生きている。いわゆる“地域ネコ”というやつだ。その家の方にはなついていても、それ以外の人間には冷淡である。しかし、どうやら個体差があるらしい。  人間を敵視して怖がる子もいれば、さほど警戒しない子もいる。だが、部外者に身体は触らせない。今朝、なでさせてくれた子は、性別

          なでさせてくれたネコ

          東京は守られているとの勘違い

           関東地方に台風7号が迫っている。当初の予報では、いちばん左側の進路を進んでくれば東京への上陸もありうるとされたが、「まあ、今回もこないだろう」とタカをくくっていた。そのとおりになり、千葉県沖をかすめるものの、やはり上陸はなさそうだ。  79年を東京で生きてきたぼくでも、台風に直撃されて東京が大きな被害を受けたという記憶がない。台風が逸れてくれるたびに、東京は守られているのだと錯覚しそうになる。それが錯覚に過ぎないとしきりに自分へいいかせているのは、だんだん、神がってきてし

          東京は守られているとの勘違い

          昏い夜が明けていく

           午前4時、外はまだ夜である。少し前だと明るくなっていた。しかし、立秋を過ぎて、朝の訪れが遅くなっている。明け方の、この時刻に目が覚めてしまう年寄りは、だれもが寂しさを感じてしまうだろう。散歩をする人々も見かけない。  この時間帯は、季節にかかわりなく、近くを通る幹線道路からも、いっとき、クルマの通行のほとんどがとだえる。ときたま、物流をになうトラックが通るがまれである。お盆休みだし、町はなおさら静まっている。  明かりの見えない屋根の下では、ぼくのように空が白んでくるの

          昏い夜が明けていく

          さまざまなお盆が残る町

           旧盆と称される8月のお盆がはじまったらしい。朝の町を見ればよくわかる。いまも、まるで休日の朝のように閑散としているからだ。きのう出かけた近所のスーパーマーケットでも、お盆の関連用品売り場が盛況だった。7月の新盆の時期など比較にならない。いまだ、古い風習が健在らしい。  ぼくがいた会社は千代田区のはずれにあった。JRの線路の向こうは外堀を渡って新宿区となる。神楽坂はぼくの子供のころでも郊外の趣だった。なんとなく、ほんとうの江戸ではないような気がした。会社はその内側にある。

          さまざまなお盆が残る町

          久々の眠れぬ夜

           昨夜は、ずいぶん久しぶりに「眠れない夜」を経験した。午前3時過ぎまで目がさえてしまったのである。いつも寝しなに読んでいる長編の時代小説は変わらない。もう、10回ほど繰り返し読み返している。いわゆる、大衆小説なのであまり考えなくていい。  作品の大要はわかっている。いつもなら、5分としないうちに眠くなるのに、昨夜はまったく睡魔がやってこない。しかたなく、ほかの本を読んだ。だが、目はさえたままだった。久しぶりにウイスキーで水割りを作って飲んだ。寝酒の効果はさっぱりなかった。

          久々の眠れぬ夜

          ぜいたくな悩みと知りつつも

           きょうは8月12日の月曜日——なんだか知らないが休日らしい。いつのころからか、8月に祭日ができたからというわけではなく、2、3日前から、「身体の時制」ともいうべき機能にズレが生じてしまった。  何度となく、「きょうは12日だ。13日ではないぞ!」といいきかせている。こんな錯覚ははじめてだ。10日の土曜日になったときは、まだ金曜日だと錯覚してた。そのあたりから、時制が狂いはじめた。いま、こうしていても、きょうが13日に思えてならない。  会社勤めをしていたころにも、そうし

          ぜいたくな悩みと知りつつも

          パリの食事はまずいからね

           なにげなくタブレットを開くと、ショートパンツにイタリアの国旗がついた若者が野外で寝ている。イタリアの水泳選手で、オリンピックのメダリストだという。寝ているのはパリのどこかの公園らしい。  選手村からわざわざ抜け出して野宿とは穏やかではない。酔狂でやっているのか、あるいは、なにか不満でもあったのかと思って文章を読んでみると、オリンピックの運営に対する抵抗だという。  選手村にはエアコンがなくて暑い。たしかに、近年のパリの夏はひどいらしい。まさか、いまだにエアコンを用意しな

          パリの食事はまずいからね

          ヒマワリ畑の楽しみ方

           ここ町田のヒマワ畑が、きのう、収穫された。この畑を知って3年目になる。今年は発芽のころから雨の日以外は、毎日、散歩のときに楽しませてもらった。週末を中心に、畑に集まってきた人々も、彼らなりに楽しんでいた。  とくに犬の散歩の人たちにとっては“インスタ映え”のする写真が狙える。スマホのカメラばかりでなく、本格的な一眼レフを持参してにぎわっていた。週末の犬たちは、この暑さにもかかわらず、お洋服を着せられたり、サングラスをされている。かわいそうに。  飼い主の撮影が終わって、

          ヒマワリ畑の楽しみ方