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昏い夜が明けていく

 午前4時、外はまだ夜である。少し前だと明るくなっていた。しかし、立秋を過ぎて、朝の訪れが遅くなっている。明け方の、この時刻に目が覚めてしまう年寄りは、だれもが寂しさを感じてしまうだろう。散歩をする人々も見かけない。

 この時間帯は、季節にかかわりなく、近くを通る幹線道路からも、いっとき、クルマの通行のほとんどがとだえる。ときたま、物流をになうトラックが通るがまれである。お盆休みだし、町はなおさら静まっている。

 明かりの見えない屋根の下では、ぼくのように空が白んでくるのをジリジリしながら待っている年寄りがいるだろう。眠れないのは年寄りだけではないようだ。南に遠望できる高層のマンションには、明かりのついた窓がいくつも見える。いまはお盆休みの時期であるる。寝そびれてしまった若い人たちがほとんどだろう。

 気がつくと朝になっていた——若いころには、そんな日がときたまあった。とくに、翌日が休日であれば、気持ちが高揚し、寝そびれてしまったものだった。寝るのが惜しかったあのころ、少しの睡眠でも翌日は動いていた。

 老いたいま、人によってだが、うっかり寝るのが怖い。中途半端な時間に目が覚めてしまうからだ。4年前にリタイアした当初は、ぼくも24時間の割り当てに苦労した。明け方に目が覚め、あるいは、眠れずに、しかたなく、テレビをつけてくだらない深夜番組をただただぼんやり見つめて過ごした記憶がたくさんある。

 まして、ひとり暮らしとなれば、明け方の無聊がこたえたものだ。明け方が怖いと思った日もある。だが、慣れてしまえばどうということはない。ひとり暮らしなのでむしろ自由奔放に生きていけるのがありがたい。

 5時が近づくと高層マンションの明かりもすべてが消えた。クルマの響動(とよ)みもふえてきた。台風も近づいている。朝、狂ったように暑い一日がはじまる。首をすくめて夏の日を迎えよう。

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