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英国企業の対話の現状・課題分析を読んで考えたこと

きっかけ

日本以外での企業と投資家の間の対話がどう評価されているのかを知りたくて調べていたら、ちょうどよい資料(The Four Dialogues)が見つかりました。英国の概況が伝わってくる資料だと感じたので、簡単に内容の紹介と感想をシェア出来たらと思います。
https://www.investorforum.org.uk/latest-publications/four-dialogues-publications/

資料の背景と前提

この資料は、英国のThe Investor Forumによるプロジェクトの成果物になります。The Investor Forumは”対話の促進と長期的な課題解決によって、スチュワードシップを投資判断の中心に据えること”を存在意義(Purpose)に設立された、運用会社及びアセットオーナーによって構成される団体。長期投資の論拠を確立すること、英国企業に関わる集団エンゲージメントの効果的なモデルを作ることを目的としています。
https://www.investorforum.org.uk/about/purpose/

本プロジェクトは、企業と投資家の間のガバナンスに関するエンゲージメントのあり方とその改善案について検討するプロジェクトの成果物です。エンゲージメントの現場で起こっている現実とエンゲージメントの効果について実践的なレビューをすることで、現在のエンゲージメントの有効性について議論する基盤を提供することを目的にしています。
本資料は約40のインベストメントチェーン関与者に対するインタビュー等を基に作成されているようです(企業については16社)。
以下では、資料の中で興味深いと感じた部分を取り上げたいと思います。

存在意義(Purpose)、企業文化、ガバナンスの関係

(資料抜粋)

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“明確な存在意義は、企業を社会の中に位置付ける助けになる。”
“ガバナンスは、企業の監督(Oversight)と実行(Execution)を存在意義と整合させるべきである。”
“加えて、企業文化が存在意義とガバナンスに対して整合していることも重要である。”
“これらの要素が企業らしいものであり(Authentic)、整合的であれば、優れた実行とその結果の報告が担保されていると期待できる。”
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資料の前段で、ガバナンスと企業の存在意義及び企業文化との関係について説明しています。責任投資やESGに対する関心と合わせて、企業の存在意義に対する関心も高まっているため、この説明があるようです。
本資料におけるガバナンスという言葉が指すものは後段で説明されるのですが、ガバナンスは決して全ての企業に当てはまる正解があるわけではなく、企業の存在意義や文化と整合性が取れた、その企業らしい形になってこそ有効に機能するという点は、対話を行う上でも忘れてはいけない点だと感じます。

Four dialogues framework (4つの対話の枠組み)

(資料抜粋)

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①短期のガバナンス関連事項
株主総会と議決権行使に関わる内容で、しばしばチェックリストに従ったものになる。
②中長期のガバナンス関連事項
ガバナンスに関するより本質的な議論で、目的は取締役会の有効性を理解すること。役員構成と後継者選定、経営戦略、リスク管理、経営における重要事項の優先順位付け等の内容を含む。
③短期の事業執行関連事項
企業のバリュエーションを行うための短期の業績と財務モデルについて。実績に基づく特定の事項、トレンドや行動計画に基づき主に2-3年の見通しに集中する。
④中長期の業務執行関連
より長期の企業業績の予想を行うための議論。市場のトレンドや、公表されている事業目標、経営上の施策に基づく。
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本資料のキーとなる枠組みです。対話の状況を理解する上で、企業と投資家の対話について、内容(ガバナンス面、実行面)と時間軸(transactional/短期、strategic/中長期)をぞれぞれ2つに分けることで4つに分類しています。シンプルなフレームワークですが、対話内容を分析・評価する上で有益なものに感じます。

4つの対話に対する時間配分

(資料抜粋)

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上記のフレームワークに基づき、企業と投資家の対話の時間配分が示されています。ざっくり多い順に下記のようになっています。
6割前後: 短期の執行
3割前後: 中長期の執行
1割前後: 短期のガバナンス
5%以下: 中長期のガバナンス
対話の短期業績への集中傾向は日本でも指摘されていることではありますが、こうして時間配分が定量的に示されると問題意識が高まるように思います。一回の面談が60分だとすると、中長期のガバナンスに費やされる5%は3分で、冒頭の雑談(これも大事ですが)と同じくらいの長さかもしれません。

4つの対話の質の評価

(資料抜粋)

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4つの対話の質について評価が示されています。
中長期のガバナンス面の事項については、”潜在的に最も重要だが、対話の中で最も効果的になされていない”という評価になっています。
資料ではガバナンス面の事項が軽視される理由への仮説として、”ガバナンス面の事項は投資家の行うバリュエーション作業と隔たりがあり、強く接続されていないことで、議論の内容が上手く定義されておらず、議論自体が真剣に受け止められていない”と書かれています。
短期及び中長期の執行も、ガバナンスや存在意義、企業文化と整合的であることは企業の将来に大きく影響を及ぼし、投資家にとっても重要だと思うのですが、現状はバリュエーションと切り離されている実態が見て取れます。

行動の提案

資料の結論としての改善案については、内容が多岐にわたるのですべて紹介することはできませんが、いくつか面白いなと思ったものがあるので取り上げたいと思います。
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投資家に対して:
・ガバナンス面の事項が投資判断にどう統合されているか明確にする(これは一投資家として考えると結構難しい課題。「総合判断」に逃げたくなります)
・事実の文脈理解を助ける個人的な交流(personal interaction)があれば対話の質は改善する(personal interactionの具体的な内容は資料からは読み取れませんが、個人の想いを載せるようなコミュニケーションということでしょうか)

企業に対して:
・取締役会がガバナンス面の事項とそのコミュニケーションに積極的に関わるべき(社外取締役の役割が複数回言及されています。日本の社外取締役ガイドラインでも同じ趣旨の記載がありますが、英国でも実践には課題があるようです)
・積極的にやろう(ガバナンス関連の説明会を開く、大口投資家にはone-on-one面談を少なくとも申し出てみよう)
・社内の体制整備しよう(IRオフィサーが取締役会議長とのコミュニケーションラインを持ち、役員会議に定期的に参加している等)

感想

〇日本でも対話の可視化をしたい
Four dialoguesの枠組みのようなものを使って、日本企業と投資家の間の対話を可視化することは現状を認識する上でとても有意義だと思いました。既にそういった取り組みがあればぜひ知りたいですし、無ければ企業の方と協力してぜひやってみたいプロジェクトだと思います。

〇課題は英・日とも共通するものが多い
日本と比較したレベル感は分からないのですが、少なくとも課題の議論、行動の提案内容は日本で言われていることと大きく変わらないように思います(日本が参考にしているので一定当然ではありますが、日本ダメダメということでもないのかなと)。
あとは、①英国も目指す方向は分かっていて構造問題を乗り越えるための試行錯誤をしている段階である、②ガバナンスや対話のあり方に各国ユニークな価値観等の固有の要因が影響する、のだとすると、構造問題の乗り越え方について英国に答えを求めるのではなく、独自の試行錯誤をしていいし、しないといけないと感じます。もっと言えば、やり方次第では10年後に日本が対話先進国になっている可能性だってあると思います。

〇とは言え英国企業は進んでいるんだろうな
Appendixに企業側の懸念というページがあり、”ほとんどの企業はガバナンスに関する対話には前向きで、投資家に対して積極的に接点を提供しているが、投資家が効果的に対応できていない”という記載がありました。対話に積極的な日本企業はまだ少数派だとすると、レベル感に違いはあるように感じました。これが上場企業の規模の差、インベストメントチェーンの成熟度の違い等どこに起因するのかは今後意識したい点です。

以上、資料の紹介と感想でした。個人的には、想いを持って英国のインベストメントチェーンで活動されている人たちの存在を感じることができて、エネルギーをもらったように感じます。

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