国民に忖度を

 ここのところネットでは巷間騒がれていたにも関わらず、テレビなどの大手メディアではほとんど黙殺されていた近藤真彦氏の不倫騒動のニュース。ここにきて、その所属元のジャニーズが近藤氏の芸能活動無期限休止を発表すると、待ってました!とばかり、”おあずけ”をされていた大手メディアが一斉に報道する。そしてそのことに対して、批判の声がネットを中心に挙がってきているようだ。

 当然だろう。ここまで見事に”待て”をされていたい...、いや大手メディアが護送船団方式(!)よろしく、空気を読みながら”お上”事務所の許可を得て横並びに一斉報道したのだから。こうも見事に「長いものには巻かれろ」の精神を地で行く態度にあきれかえるのも無理はない。どんな予定調和なジョークよりもいっそう笑える、いや笑うしかないのかもしれない。それにしても、ここに現れている大手メディアの抱える日本文化の悪い側面、それも古い価値観をいまだにひきずっていることを目の当たりにすると、もはやそこには同情に近い悲哀すら感じさせられる。

 ところで、この大手メディアが逆らえない(?)ジャニーズ事務所に関しては、SMAP騒動の時も大いに物議を醸した。報道によれば、どうも当時のジャニーズ事務所の会長の一存での判断が原因と言われ、やれ年寄りの冷や水だとか、老害だとか言われていたことを思い出す。そう言えば、近い文脈で件の近藤氏がNHK紅白歌合戦の大トリを務めることになった際も大いに物議を醸した。やれNHKの私物化だとか、情実人事だとか言われたようである。

 まあその真偽はどうあれ、権力の濫用だとか、私利私欲と公共性との混同など、理不尽なことはこの世知辛い世の中にはつきもの、といさぎよく諦めた方が、少なくとも精神衛生上は良いように思われる。そしてそのようにして、社会規範・風潮は相も変わらず旧態依然としたまま、安定・安心と引き換えに、なにも変わらないことへの絶望感を内に抑圧しながら生きていくのをよしとしていたように思う。まあ、そもそも人は変わりたくない生き物、という傾向がやはり強力すぎるようにも思うし。

 ところが、これまでのこうした人間の変化を嫌う側面、特に文化的傾向として保守的、事なかれ主義と揶揄される日本において、その様相が大分変わってきたように見える。ネット住民を中心に、大手メディアに対して以前は声高に「マスゴミ」と揶揄することが多かったような印象があるが、現在ではそうした見方は維持ないし強化しつつも、より速やかに大手メディアの社会から坩堝的なネット世界により自然と同一化しているように感じる。かつての、大手メディアとネット世界の暗黙の上下関係は、もはやかなり相対化した位置関係に近づいているように思われる。もちろん、まだ一般世間的には大手メディアに対する憧れが残っているし、ネット世界はまだサブの位置づけの側面が強い。また、大手メディアでうまくいかなくなった芸能人がYou Tubeなどに「降りる」といった現象が今のところは大きく目立っており、完全な双方向性、完全な相対的位置とは言い難い。だがそうした位置関係も日を追うごとに徐々に弱まってきているのは確実だろう。

 さて冒頭に戻るが、今回改めてぶざまに露見した大手メディア・マスコミの姿勢に一つ物申すとするならば、せめてその忖度姿勢を一般国民の方に向けてほしいということだ。もう日本が空気を読む文化、出る杭は打たれる文化であることを変えられない事実だというならば、横並び主義の旧態依然とした姿勢を変えられないというのであれば、そうした忖度姿勢をせめて一部の権力者・お上に向けるのではなく、多くの一般国民に向けてほしいということだ。どっちみち、権力者というものはその名が示す通り強いものであるわけだし、そうしたくなくても長いものには巻かれてしまうものだ。つまり努めて国民の方に目を向けるぐらいで丁度バランスが取れると言っていい。そうせずにいつまでも一部の権力者・お上と”仲良しごっこ”を続けていると、そのうち完全に国民から目を背けられる、いや半ばされていることにもっと危機感をもった方がいい。もう真実だとか、エビデンスだとか、客観的事実だとか、誰もほとんど信じていない建前を声高に叫ばなくていい。国民が求めているものを提供することの方がまだましである。理想はそれからだ。





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