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【まいぶっく08】「笑う」ってどうやるの?~春の海、スナメリの浜

「スナメリ」という動物、私はこの本を読んで初めて知った。

スナメリ    ~ 本文より
海にすんでいる生きものだけれど、魚ではない。人間と同じ、ほ乳類だそうだ。ぱっと見るとイルカのようだが、イルカとちがって背びれがないし、顔はまるくて、つるりとしている。口がとがっていないのだ。
*  * *
「口のはしっこが キュッと上がっとるから。いつもわらっとるように見えるよね。」   

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3学期に、仲の良い友達と気まずくなってしまった 由良(ゆら)、小学3年生。悲しい気持ちのまま、春休みは下関のおばあちゃんの家にあずけられる。

笑うこともできなかった由良だが、おばあちゃんの優しさと、毎日スナメリの観察を続けている大崎さんや、スナメリとの出会いでしだいに心を解放していく。
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中山聖子さんの作品は読んだのは、これが初めて。物語全体から伝わる あたたかさが とても心に残った。
そして「もっとこの作者の作品を読んでみたい。」とも思った。
 

重たい心のままで

落ち込んだとき、悲しい時、心配な時、どうしたら心が軽くなるだろうか。

私は、仕事上で何かあった時、同僚に話すことができると とても楽になった。
「こんな苦情を言われた。」
「こんな失敗しちゃった。」
「○○が心配なんだけどだいじょうぶかなあ。」など、
ちょっとでも話すことができると、たとえ解決しなくとも、ずいぶん楽になったものだ。

同僚も同じような失敗をしていたり、私の勘違いだったり、心配のしすぎだったりすることも多く、「ああ、話してよかった。助かった。」と、思ったことも数知れず。

でも、時には、あまりにも重たくて話せない内容のこともある。そうすると、いつまでも暗い気持ちでいたものだ。

* * *

由良は、友達ともめてしまったことを両親にも話せず、そのまま春休み突入、おばあちゃんの家へあずけられる。
つらいよね、胸の中にどーんと重いものをいれたまま暮らしていくのは。

笑顔で見つめられても笑い返せない。
笑おうとすればするほど、顔の筋肉がガチガチにかたくなる。
やさしくしてくれるおばあちゃんにイジワルをしてしまう。
頭のすみっこには、いつももめてしまった友達のことがある。


悲しい由良の気持ち、毎日のスナメリの観察にもなじめない由良の気持ちが、ていねいにていねいに描かれている。
私も、由良といっしょに、まるで「泥沼の中に入り込んで、身動きもできない、苦しい。」というそんな感じまで受けてしまった。

(どう考えても、私は「おばあちゃん」の年齢に近い。というか、おばあちゃんより上かも? でも、思いっきり「小学3年生の由良」の方に感情移入して読んでいた。)

少しずつ心はとけていく

そんな由良だが、海響館(水族館)でスナメリを間近で見たことがきっかけとなり、心がとけはじめる。

「一番小さなスナメリが、スーッとわたしの顔のまん前まできて、ニコニコってわらって、おじぎでもするみたいに、頭をコクコクって下げたんです」
「もちろん、そんなのおじぎじゃないって知ってるし、わらった顔が、本当にわらってるわけじゃないってこともわかるんだけど

と言う由良に、大崎さんはこう答える。

「由良ちゃんが、わらったって思うのなら、わらってたんよ」

自分の思いを否定するのではなく、受け入れてくれるこの言葉。由良は、とてもうれしかったろう。安心もしただろう。この言葉で、由良の心はますますとけていったのだとも思う。

そしてなんてったっておばあちゃん。
由良が元気がない、笑わないということに、最初から気がついていただろうに、直接そのことは言わない。やさしくそばによりそっている。

「べつにわたしは、スナメリなんて見たいとは思わないし・・・・。明日からは、家で留守番しとくから」

こう由良が言ったときも、怒ったり、問いつめたりせず、別の案(海峡館に行く)をもちかける。それも笑顔で。素敵だ。

* * *

おばあちゃんも大崎さんも、スナメリが今、どういう状態なのか、なぜ海響館にスナメリがいるのか、人間とスナメリのつきあい方などを語っている。
とてもむずかしい問題を、たくさん含んでいると思うのだが、由良にもわかる言葉できちんと伝えていることにも好感がもてた。

私もいつか、スナメリに会いに行こう。

春の海、スナメリの浜
 中山聖子 作
 江頭路子 絵
 佼成出版社 2013年

読んでいただき ありがとうございました。