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僕たちの景色(アキラ・シリーズ2)

「俊さん、これ、教えて」

毎週のようにうちにやってくるのは
アキラの息子、ジンである。

背景を説明しよう。

アキラは僕より8才年下の、
まぁ、生意気な友達だった。

が、5年前、45才の若さで
急逝した。
その時、ジンは11才だった。

アキラは台湾人で、
日本人の妻がいたが、
アキラの死後、わずか1年で再婚した。

アキラには息子と娘がいて
ジン(仁)とハル(春香)という。

娘のハルは、母親寄りだったが、
息子のジンは、新しい父親や
再婚した母親に懐かず、
子供のいない僕に懐くようになった。

アキラのことを詳しく知らない
僕の妻、亜矢も、ジンのことは
可愛がっている。

アキラには弟がいたが、
キョーレツな日本人妻の尻に敷かれ
甥っ子の面倒までみれないようだ。

毎週、宿題を持って
うちに来るジンも、小学生から
今では、高校生になっている。
宿題も僕にはなかなかむずかしくて
解けないものも多いのだが、
ジンは構わずやってくる。

高校生になってからは、
亜矢にお菓子を土産に持ってきたり、
人たらしだったアキラの面影が
見え隠れする。

亜矢はあえて、両親のことは
聞かないが、妹のハルのことは
気にかけている。

「ハルちゃんは元気?」

今日もそう聞かれて、
ジンは、フンッと鼻をならす。

「かーちゃんそっくりで、
オトコとばっかり遊んでるわ」

まだ中学生になってばかりの
妹に対して、そんな言い方をする
ジンに、亜矢は苦笑する。
が、何事も否定しないところが
亜矢のいいところだ。
僕たちの子供がいれば、
さぞ、いい母親になっていただろうと
思うと、少し気の毒だ。

「亜矢さん、はい、これ」

今日も、お土産にクッキーを
持ってきた。

「あら、手作り?ジンの?」

「まさか。女子に手渡されたんや。
なんかの記念日やって」

「何の?」

「オレと初チューしたとかちゃう?」

アキラそっくりで、モテモテな
ジンだが、ルックスはかなり違う。
相撲取りのような体形だったアキラに
比べ、スレンダーで、今時の男子だった。

「まー、そんなお菓子、おばさん要らんわ」

亜矢は、大笑いしてそう言う。

「ジン一人で食べ」

「いやや、毒とか入ってたら
怖いやん、一緒に食べてぇな」

僕は思わず吹き出してしまった。
アキラの息子は、やはりアキラそっくりだ。

「毒を盛られるようなこと、
もうしてんのか?」

僕の悪ふざけに、
大人ぶったジンが答える。

「オレ、アキラの息子やからな」

ジンは父親を名前で呼ぶ。
母親は、「かーちゃん」なのに
なぜ父親は呼び捨てなのと聞くと、

「父親というより、分身の
ような気がするから」

と、ジンは答えた。


本来、親を呼び捨てにするのは
どうかと思うが、
何となくジンの気持ちもわかり、
僕たち夫妻は、黙認している。

アキラをあまり知らない亜矢も
ジンを通してアキラの人となりを
理解しているようだ。

「あなたが、私とアキラさんを
あまり会わせなかったの、
わかる気がする」

亜矢にそう言われて、
ドキッとしたのを覚えている。

そう、僕も、アキラの人ったらしに、
自分の妻を持っていかれるような
不安があったのだ。

実際、実姉の葉子は、アキラにゾッコン
だったわけで、なるべくなら
近づけたくないという
器の小さな自分がいたことを
認めないわけにはいかない。

それに、葉子とアキラの関係を
薄々気づいていた亜矢は、
自分からアキラに会いたいとは
言わなかった。

亜矢は敬虔なクリスチャンであり、
表立って否定はしないまでも
そういう関係を良しとはしなかった。

ならば、アキラと会わせても
問題ないと思うのだが、
小心者の僕には、敢えてそうする
勇気がなかった。

だから、今、アキラの分身として
ジンが、ここにきて、
還暦近い僕ら夫婦と過ごすことに
不思議な必然を感じた。

亜矢がクッキーをひとかじりして
無事なのを見てから、
ジンはクッキーを食べた。

僕は思わず笑ってしまう。

「お前、オニやな。
人の奥さんに毒見させんなや」



「この間、朋明に会ってん」

ある日曜の昼に、
ジンにそう言われて、
僕も亜矢も、ドキッとした。

ここら辺の説明は、
長くなるのだが
先にしておくべきだろう。

アキラの妻、由佳里、つまり
ジンの母親が早々に再婚した
一因が、この朋明(ともあき)にある。

アキラが亡くなって
しばらくして、ジンに相談された。

「俊さん、樫井さんって知ってる?」

「・・・知らんな」

「アキラの会社の元同僚のオバちゃん」

そう聞いて、ハッとした。

アキラができちゃった結婚をしたとき
何股もかけていたうちの一人が
会社の同僚の女子だった。

「知らんけど、その人がどうしたん?」

この当時、ジンはまだ小学校6年生
くらいだった。

「校門の前で、ハルと同じくらいの年の
男の子と、オレを待っててん」

更に僕は顔面がこわばるのを
感じたのを覚えている。

「ハルちゃんと同じくらい?」

「うん、同じ学年やって言ってた」

「その人らと話たんか?」

「うん、だって、オバちゃんと子供やもん、
危なくないと思って、喫茶店に行った」

後々わかるのだが、その女性は
樫井奈緒、かつてのアキラの
同僚で交際相手
そして、連れていたのは
アキラの隠し子?の少年、朋明だった。

こそこそしていたはずが、
あっという間に由佳里の耳に入り
裁判沙汰になろうかという状態だったが
当の本人が故人では、話にならない。
とっとと、アキラとの過去に見切りを
つけて再婚に踏み切った
由佳里の気持ちもよくわかる。

つまり、アキラは由佳里と結婚してからも
しばらくその女性と付き合っていたと
いうことだ。

しかしどうもアキラは、朋明の存在を
全く知らなかったらしい。

僕と、アキラの弟ゴウは頭を抱えたものだが
樫井奈緒は、自活していたし、
特に何を求めているわけでもなかった。

ただ、アキラが亡くなったことを
しばらく経って人づてに聞き、
せめて、その息子の顔を
見たいと思ったらしい。

そして、今や、子供から大人になりかけている
ジンと朋明はときどき会っているようだった。


話を今に戻そう。

「ハルちゃんと同じ学年なら
朋明くんは中学1年生?」

僕の問いに、ジンは面倒くさそうに
答える。

「俊さんは、年齢気にするけど、
オレの適正年齢は30才くらいや。
朋明も、苦労してるから、
中学生とは思えない」

ここら辺もジンはアキラと
似ていて、考え方や行動が
すでに大人なのである。

「朋明くんとどんな話するん?」

「樫井のおばちゃんの話や
アキラのこと。
なんで、アキラは樫井のおばちゃんと
結婚しなかったんだろう」

それは、幼少の時期から
聞かされている、「ジンができちゃった」
からである。

「それは、まぁ、しゃあないやん。
オトコとしてのけじめとして
いったん、かーちゃんと結婚した。
でも朋明がいるってことは、
ハルが生まれる頃には
アキラはまた、樫井のおばちゃんと
付き合っていたわけやろ?
そこらへんがようわからん」

自称30才のジンも
さすがに実年齢16才とあっては、
そこらへんのあいまいさは
わからないだろう。

僕は言葉を濁した。

「大人の事情っつーのがあるんだよ。
それに樫井さんも、朋明くんが
生まれたこと、アキラに言って
なかったんだろ?」

なんとなく気まずくなり、
僕はその樫井さんと朋明くんの
様子を伺う。

「樫井のおばちゃんは、
かーちゃんより少し年上だけど、
賢くて落ち着いた人だと思う。
少なくても、ダンナが死んで1年で
再婚するタイプじゃない」

ジンは、すでに、実の母より
アキラの愛人を慕っていた。

「朋明くんは?」

「やっぱ、アキラに似てる。
目力とか、洞察力とか。
いつか、一緒に仕事したい」

ジンの話に、僕も亜矢も驚いた。
ジンは、アキラ仕込みで
中国語も堪能だ。
朋明は、語学は得意ではないそうだが、
何か別のセンスを持っているようだ、
とジンは言う。

今更、アキラの前妻、由佳里に
気をつかうことはないが、
どうもその朋明とも遠からず
出会う予感がした。

          

ジンが帰ってから
亜矢が、紅茶をいれ直して
リビングに持ってきた。

「お酒の方がよかったかな」

実はなんとなくお酒の気分だったが
とりあえず亜矢がいれてくれた
紅茶を飲むことにした。

「あなた、まさか朋明くんと
会おうとか思ってるんやない?」

亜矢の質問に、僕は熱い紅茶で
やけどしそうになった。

「なんでやねん、よそんちの、
そのまたよそんちの子やで」

「でも、ジンが連れてきたら
ちょっとうれしいでしょ?」

確かに、アキラの不祥事に首を
突っ込むつもりはなかったが
ジンが友達として連れてくる分には
なんとなくうれしかった。

「でも、ゴウの手前、なぁ」

ゴウはアキラの実弟である。
いくら嫁の尻に敷かれているとはいえ
甥っ子のジンはさておき、アキラの
隠し子の朋明まで、
うちの来るようになっては
立つ瀬がない気もする。

「もう4年もすれば、二十歳やで」

亜矢がそう言うので、
なんのことかと思った。

「ジンのことや。
あなたはいつまでも、子供の面倒みてる
気かもしれんけど、ジンももうすでに
大人ってこと。
そのジンが判断して朋明くんを
連れてくるなら、何も迷うことないよ」

そう言いながら、
亜矢は、何か思いついたようだ。

「それに、うちらかて、そんな貧乏ちがう」

彼らに出す御馳走代のことでも
言っているのかと思ってたら、
亜矢はとんでもないことを
言い出した。

「万が一、ジンや朋明くんが大学行きたいって
言ったら、国立やったら行かせてやれる
くらいの貯蓄はある」

亜矢の困った人に手を差し伸べる
クリスチャン精神炸裂だ。

「そな、アホな。
なんで、他人の子、というか
アキラの子らの学費の面倒みなあかんねん」

「例えば、の話や。
あなたがそんなことを気にして
親と縁の薄い子らを寄せ付けないって
言うんやったら、そんな心配はないってこと」

先回りしすぎた妻の発想が
バカらしくもあり、ありがたくもあった。


それから、2か月ほどして、
ジンが朋明を連れて
うちにやってきた。

大人にとっての2か月は
短いが、彼ら若者にとっては
かなり長く待ってのことだろう。

ジンに紹介された朋明は、
まだ中学生ということもあって
あどけなさも残っていたが
アキラのDNAはかなり
引き継がれていた。

「やっぱり強いオスの子孫は
残るってことかなぁ・・・」

子供のいない僕は、もちろん妻に
そんなことが言えるわけもなく
一人凹んだものである。

ジンが、アキラの大胆さや、
人たらしぶりを受け継いでいるとしたら
朋明は、審美眼のようなものを
持っている気がした。
まぁ、これは、母親の樫井奈緒さんの
ものかもしれないが。
とにかく半端ない目力と、目で話すような
ところは、アキラそっくりだった。

「初めまして。樫井朋明といいます」

僕は、初めてアキラにあった時、
中華屋のテーブルでお互いの漢字を
聞いたのを思い出した。

「朋明くんね、とも、はどんな字?」

「月がふたつの朋、です」

ここで、ジンが割って入る。

「なんでかわかるか~?」

亜矢は、ハイッと手を挙げた。

「3月1日生まれ、とか?」

ジンも朋明も目を真ん丸にして驚いた。

「亜矢さん、なんでわかったん??」

「だって、あきは明でしょ、で、朋が
ついたら、月が3つで日がひとつ」

朋明は心底驚いたようだ。

「母と僕だけの秘密かと思ってたら
案外バレちゃうもんですね」

亜矢は、にっこり笑った。

「女のカンて、すごいやろ」

ジンは朋明をじっと見つめる。

「な、何?」

朋明は、ジンの視線におののく。

「いや、お前の名前には、アキラのアキが
入ってるんやなーと思って。
オレは、かーちゃんが再婚して
西村仁になってしまって、
全然アキラの名前引き継いでないなぁ」

それまでは、ジンの苗字は
「張」だったのである。

「完全に日本人やな、オレ」

そういうジンを見て、僕は
吹き出した。

「中国語と大阪弁ペラペラ話す
台湾人ハーフでええんちゃうん?
それに、国籍も日本になったら
兵役もないやろ」

僕は、昔、アキラが心配していた
ことを思い出してそう言った。

「アキラは口先三寸で
兵役免れたんやろ。
武勇伝聞いたような気がするわ」

ジンは、小憎たらしい口をきいて、
僕と亜矢を笑わせた。


それからしばらく、我が家は
にぎやかになった。

ジンは朋明(すぐに通称トモ、になる)
と同時に、自分の彼女もつれてくるように
なった。

ジンの彼女は、伊都(イト)という
18才の大学生だった。

「年とってからの2才違いは
たいしたことないけど、自分ら若いから
すごい違うやろ?」

高校生のジンと大学生の伊都は
しかし、年の差を感じさせないどころが
大人びたジンの方が年上に思えた。

「イトは、俊さんの大学の後輩やで」

ジンにそう言われて、大いに
話が盛り上がった。

「へー、何学部なん?」

「経済です」

我が母校は、文系では経済が一番
強い。

「すごいな、女の子少ないやろ?
お姫様状態ちゃうか?」

「最近は、男子も女性化してるから
全然違和感ないです。
俊さんは、何学部だったんですか?」

「僕は商学部。
まぁ、大昔の話やけどな。
中芝とか、まだあるの?」

「ありますよー、うちの大学、
あれが売りじゃないですか」

伊都という子は、見た目は子供っぽかったが
中身はしっかりしていた。
いわゆる美人、というわけでは
なかったが、ある種の人にはウケる
マニアックな個性みたいなものがあった。

「でも、ジンがね~、
こんな可愛い彼女連れてくるなんて」

一番喜んだのは、亜矢かもしれない。
アキラがらみでない、唯一の女同士、
そんな気軽さがあったのかもしれない。

僕たちの前で、朋明は、ジンの従弟と
いうことになっていたが、
複雑な事情を伊都は知っている、と
あとで、ジンに聞かされた。

僕は、ジンたちの出会いが気になり
尋ねた。

「彼女とは、どこで出会ったんよ」

僕の質問に、ジンは
フンッと鼻をならした。

「合法な場所だから気にすんな」

全く、アキラそっくりである。


結局、朋明の母親、
樫井奈緒さんとは会わずにいたが、
ジンやトモから
現状は聞かされていた。

「奈緒さんは、父親が画商で、
その手伝いをずっとしているらしい」

ジンにそう言われて、驚いた。

「画商? 芸術家?」

横で聞いていたトモが笑った。

「みんなそう聞きますね。
じいちゃんは、絵の売り買いを
しているだけで、自分は描きません。」

トモの声は、まだ
ボーイソプラノだった。

「母は、その事務的な手伝いをしながら
僕を育ててきたんです。
ま、実家がそこそこ金持ちだったから、
その上、ばあちゃんが早くに死んじゃったから
一人娘の母のわがままをじいちゃんが
認めてくれたって感じです」

自分の身の上を淡々と語る
トモの目は、どこか悟った
ところがあった。

「じゃあ、今はおじいさんと、お母さんと
トモの三人暮らし?」

亜矢の問いに、ジンが答えた。

「そだよ。
めちゃ広い家に三人。
オレも時々泊めてもらうけど」

僕はため息をついた。

「なんか不思議な関係だなぁ。
奈緒さんはともかく、おじいさんは
ジンの存在をどう思っているのかな」

16才のジン相手に、要らぬことを
言ってしまった。
が、ジンはケロッとしている。

「じっちゃんは、奈緒さんが
楽しそうにしていれば、
それでいいんだよ。
それに、なんだかんだ言って
オレを気に入ってるし」

さすがの人ったらしのジンである。
ややこしい人間関係の中でも
うまいことやっているらしい。

トモは、静かに笑っていた。
「ジンは、半分くらいしか
自分ち帰ってないんですよ。
あとは、うちか、伊都さんのとこ」

「え?伊都さんは一人暮らしなの?」

思わず亜矢が尋ねる。

「それじゃ、オレがヒモみたいじゃないか。
伊都んところも、家族いるよ。
両親と、ばあちゃんと、弟が二人。
弟がガキでうるさくて、いつもばあちゃんの
部屋でくつろいでる」

いかにもジンらしいアプローチに
僕たちは笑ってしまった。

「どこにいってもジンは人気者だ」

トモがポツンと言った。

「ああ、実家以外では、な」

ジンが鋭く返す。

笑っていいのかわからないが
僕たちはまた、笑ってしまった。

「あ、そんで・・・」

ジンが思い出したように言う。

「トモは絵描きなんや。
じいさんの影響で子供の頃から
絵に囲まれて育ったからか、
すごい芸術的な感じやろ?」

トモは、恥ずかしそうに笑う。

「やめてよ、ジン、まだ夢なんだから」

「ええなぁ、夢があるって」
と、僕。
亜矢は、是非、今度絵を見せてくれるよう
約束していた。

なんとなく温かな関係に、
僕はうれしくなった。


時の流れは穏やかに過ぎ、
僕も亜矢も還暦を迎えた。

ジン、トモ、伊都が、それぞれ
赤いものをプレゼントしてくれた。

ジンは、僕に赤いチャンチャンコを
(絶対要らないと言った時点で、
これにすると決めてたらしい)
伊都は、亜矢に、素敵な赤のカーディガンを、
そして、トモは僕たち夫婦のために
ハートと十字架をモチーフにした
赤い絵をプレゼントしてくれた。

「十字架はクリスチャンの亜矢さん、
ハートは、俊さんとラブラブが続きますように、
って意味で」

トモの説明に少し照れたが、
淡い色調のその絵は、大事にリビングに
飾ることにした。

三人がにぎやかに帰って行ったあと、
亜矢はいつものように温かい
紅茶をいれてきてくれた。

「不思議ね、自分たちの子供がいない分、
よその子が集まってきてくれる」

亜矢はうれしそうに、赤いカーディガンを
羽織り、トモの絵を見つめた。

「アキラが亡くなってから、もう7年か。
ジンも立派な浪人生になって」

僕は吹き出した。
どうしても伊都と同じ大学に行きたかった
ジンは、その大学以外は受験せず、
見事浪人生活に入ったのだ。

「ねぇ、アキラさんって、本当に
トモの存在、知らなかったと思う?」

突然、亜矢に聞かれ、僕はうなった。

「死んだ今じゃ、知ってるだろうけど・・・」

「今、じゃなくて、生前よ」

僕はしばらくアキラの性格を考えた。

「・・・知っていたような気がする」

「よね」

亜矢は短くそう答えた。

「今となってはいい関係に落ち着いてる
けど、当時は、大変だっただろうし、
これからも、どうなるのかしらね」

亜矢の言葉に僕は首をかしげた。

「それぞれが大人になって、
それぞれの道をいくんじゃないか?」

亜矢は、そうね、とつぶやいた。

「いずれにしても、私たちの
出番は、今までほどなくなるわね」

亜矢は、少しさみしそうに、でも
なんとなく肩の荷が降りたように言った。

「・・・君にとっては、負担だったことも
あったのかな?」

僕は思わずたずねる。

「そんなことないわよ、楽しかった」

「もう終わりみたいな言い方だな」

「節目ってことよ。
アキラさんみたいに突然いなくなるんじゃなくて
静かにフェードアウトしていくの」

亜矢の澄んだ瞳には、幸せだった時間に
感謝するような色が浮かんでいた。

誰に感謝してるのか。
神さまか、アキラか?

僕は心の中でつぶやいた。

アキラ、お前のおかげで楽しい時間が
過ごせたよ。
お前自身も自慢の友達だったけど、
お前の息子たちは、愛おしい友達に
なってくれたよ。
僕にとっても、亜矢にとっても。

よせやい、というアキラの声が
聞こえてくるような気がした。

俊兄たちはこれから第二の人生だ。
オレにはなかったけどな、わっはっは。
せいぜい楽しんでくれ。

本当にそんな声が聞こえたのかどうか、
なんとなく亜矢と目が合い、
笑みがこぼれた。

「人生、長いから、これからも
よろしくね」

亜矢にそう言われて、僕はこちらこそ
と頭を下げて、テーブルに額をぶつけた。

亜矢の笑い声が心地いい。

僕はそんな景色に感謝した。


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