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ナズナとやさしい楠の木たち

ナズナは大学に
通う道の途中で、
いつも道をそれて、
川べりの小さな公園で
休憩する。


というのも、
大学が山の手にあり、
上り坂をいっぺんに
登りきるのは、
子供の頃から
体の弱いナズナには
きついからである。

 
子供の頃は、
熱ばかり出していた。

幼児の頃には
何回か入院したそうだし、
記憶にある小学生時代は
月に何度も熱を出し、
学校を休んだり
体育の授業を欠席したりした。
 
だから高校生になって、
少し丈夫になり、
勉強は元からできていたのだが、
受験できるほど体力が
ついたことに
とても喜びを感じた。

 
そしてやっと受かった
大学。

そこでナズナは
教育学部を選んだ。
 
自分が十分満足に
過ごせなかった小学生時代を、
教師になることで
取り返そうとしているの
かもしれない。


そんな自分勝手な
理由もあるが、
ナズナは元気な子供が
大好きだし、
その輪に入れない子供の
気持ちもわかって
あげられるようで、
何か力になれるような
気がしたのだ。

 
まだ1年生最後の
試験前。

単位を落として
留年したりしないよう
頑張っていたが、
寒い日々が続き、
少し風邪気味なのが
気になった。

 
 
ナズナが憩う公園には、
大小10本ほどの木々があった。

小さい公園のわりに、
大きな木はかなり大きくて、
幹はナズナの両手が
回らないほどの太さだった。

その分、背も高かったので
公園はこんもりした
ブロッコリーのようだった。

 
ナズナはその中でも
大きい楠の木が
お気に入りだった。

楠の木は葉っぱを
ちぎると独特の匂いがする。

その匂いも好きだったし、
楠の木の木肌や枝ぶり、
根っこの張り具合も
お気に入りで、
ナズナはたいてい、
その木の下にある
大きな石にすわって休憩していた。
 
子供の頃から
体が弱かったせいか、
ナズナは、時々、
木や花や虫の話し声が
聞こえる気がする。

同級生たちより、
そういったものの方が
常に身近にあって、
自分を理解してくれて
いるような気がするのだ。

 
だから、その公園に入ると、
ナズナはいろんなものに
目で話かける。

公園を縁取っている
夾竹桃はいつもナズナに、

「私を食べちゃダメ」

と言ってくる。

それはナズナが、
夾竹桃に毒があるという知識が
あるからかもしれないが、
ナズナはきちんと挨拶して答える。


「わかっているから安心して」

 
まだ裸に近い桜の木は、
もう自分たちが
満開になることを予期して
澄まし顔でいる。

ナズナはそういうタイプの
人間も苦手だったので、

「お幸せなことで」

とつぶやく。

 
雑草たちも、
冬の立ち枯れのままで
ナズナに声をかける。

「オレたちすごいだろー、
枯れてるけど根っこは元気だぜ」


「うん、すごい、すごい」

とナズナ。

 
季節外れのせみの抜け殻も
ナズナに話かけてくる。

「僕はいつまで
こうしているの?」


ナズナはそっと
その殻を手でつぶしてあげる。

「もういいんだよ、
ご苦労様」


せみの抜け殻は
やっと土に返れてお礼を言う。

「ありがとう、ナズナ」


なぜか木も草も虫も、
ナズナの名前を知っていた。

そしてナズナのちょっとした
変化に敏感だった。


「熱は大丈夫?」


「今日は調子がよさそうだね」


「あれ、ナズナ、
新しいワンピースだね」

 
一番ナズナに詳しいのは、
やはりナズナの楠の木だった。

服装を指摘されて、
ナズナは照れくさそうに笑う。


「今日は、松田先輩と
ランチの約束があるの。
このワンピース、
目立ち過ぎ?」

 
そう語るナズナに、
公園の草花がサラサラ笑い、
木々がザワザワ微笑んだ。


「今日のナズナは
いつもよりもっときれいだ♪」

 
小さな公園中が、
そうコーラスし始めて、
ナズナは恥ずかしくて
思わず楠の木の下の石から
立ち上がる。


「もう、からかわないで!」

 
ナズナの声にならない主張で、
余計に公園が盛り上がる。


「がんばれ、ナズナ!」


木々に応援されて、
ナズナは思わず、
楠の木の幹をたたく。


「あ、なぐったな、ナズナ」


楠の木は楽しそうに風に
葉を揺らせる。


「いい報告をみんなで
待ってるよ」

 
ナズナは、恥ずかしそうに
コクンとうなずくと、
公園を後にした。


その2日後、
たいした報告もないまま
公園を訪れたナズナは
唖然とした。


大きな木々が
チェーンソーで伐採され、
雑草がなくなっている。

単に公園の整備を
したのだろうが、
直径1メートル近くあった木々が、
高さ80センチほどにまで
伐採されていることに
ナズナは衝撃を受ける。

人殺しだ、
と思った。

 
楠の木も、
ナズナの胸の高さまでの
幹しか残っていなかった。

ご丁寧に、株の周りを
斜めに削ってあるところをみれば、
たぶん庭師のような人が、
そこから新芽が出て、
大きくなり過ぎない木々を
作品のように残した
つもりなのだろう。

 
ナズナは楠の木に
へばりついて泣いた。


「誰かこんなことしたの?」


「たぶん、国の偉い人たちだよ。
僕らが大きくなりすぎて、
視界が悪くて危険だって。
それに枝が電線に
触れたりしたら大変だって」

 
楠の木は普通に
話してくれたが、
ナズナは怒りで
いっぱいだった。


「あなたはここに何年いるの?
なんで枝を整えるだけじゃなく、
こんな株になるまで
伐採されなきゃいけないの?」


「切り株だよね、本当。
僕は何百年か生きてるけど、
ここまでやられたのは初めてだ。
せめて僕の幹や枝が、
家具や柱に使われればいいんだけど」

 
そんな中、桜の木だけは
春を待ってか、
殆ど伐採されていなかった。

桜たちはちょっと
気まずそうにしている。
 
ナズナは泣いて泣いて、
楠の木の株に詫びた。


「ごめんね、何もできなくて。
私、みんなのために
何もできなかったね」


「大丈夫、僕たちは
いつでもこうやって
何かに左右されて生き延びている。
人間が伐採しなくても、
雨が降らなければ
生きていられないし、
火事があったって
逃げることもできない。
でも、ここにドンと
構えていれば、
ナズナのような子にも会える」


「そうだよ、ナズナ、
デートはどうだったの?」


辛うじて生き延びた
木々や草花が話しかけてくる。


「また、おしゃれして
ここにおいでよ。
それだけで僕たちは
元気になれるから」


この私が、誰かを、何かを
元気にできる・・・。

そう思うとナズナは、
翌朝、お気に入りの服をきた。
先輩の目に
留まらなくても、

木々や草花は私を
見てくれている。
そう思うと、ナズナは
感謝の気持ちでいっぱいになった。


授業に前に、
ナズナは公園に寄った。


まずは夾竹桃が
ナズナに気付いた。

それに合わせて、
花壇の花たちが歌い出す。


「泣き虫ナズナが
おしゃれして来てくれたよ」

 
ナズナはまた
泣きそうになりながら、
みんなに挨拶して
楠の木の株に近づいた。


が、楠の木は黙っている。

「・・・どうしたの?」

 
と、その時、
公園の入り口に同じクラスのオサムが
立っているのに気付いた。


「ナズナ、
こんなところで何してるの?」


オサムはどしどしと
公園に入って来た。


「あれ、おしゃれしちゃって、
今日だっけ、先輩とのランチ?」


楠の木は、
くすくす笑っている。

ナズナは楠の木にもオサムにも
ムッとする。


「もう、その件はいいの」


「え?何?手ごたえなく
終わってたりする?」


「うるさいよー、
だいたい何であんたが
ここに来るわけ?」

 
すると桜の木々が、
シレッと言った。


「バカな子だねぇ、
その坊や、あんたが好きなんだよ」


「え?」

 
思わず声を出してしまった
ナズナを、オサムは
怪訝そうに見つめる。


「どうした?」


「ナズナ、行っておいで。
僕たちはいつでも
君をここで待ってるから、
今日はその子と行っておいで」

 
楠の木がそっと
そうつぶやいた。


同時にオサムが
話しかけてくる。


「あのさー、よかったら、
今日はオレと昼メシ食わない?」

 
ナズナは、楠の木の言葉に
うなずいたのだが、
オサムにも
うなずいたようなかたちになり、
二人は授業の後、
近くのカフェでお昼をすることになった。

 
楠の木は、やさしく
ナズナの後ろ姿を見送っていた。


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