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ギリギリ博士んちの双子(小説)

僕は、しょっちゅう、
同じクラスのエツジと一緒に、
そのお屋敷の庭に忍び込んでいた。  

そこには変な博士と、
知佐姉ちゃんが想像するところの、
博士が作った
2人のクローン人間がいる。 

博士のお屋敷の表札が
「小田切」とあり、
時々見かける博士の
落ち着かない様子から、
僕らは博士を「ギリギリ博士」
と呼んでいる。  

僕は小学校4年生のケンタ。

ちなみに知佐姉ちゃんは、
僕の姉で、作家を目指す高校生。 

近所でいろいろ評判になっている
博士の情報をまとめて、
それらしく仕上げて、
僕とエツジに教えてくれる。
 
それによると、
博士の屋敷にいる双子
(これは近所でも見かけた人がいる)は、
博士が亡くなった娘さんを
クローンとして再生したらしい。 

しかも、一人では、
また亡くなったら悲しいから、
クローンは2体作ったのだ、と
もっともらしく知佐姉ちゃんは僕らに語った。 

僕とエツジは恐ろしくなった。

だから、あの博士は世間の目を恐れて、
いつもあんなにギリギリな感じなんだ、と。  

僕の両親によると、
博士は昔流行った、
タイムワープのものの映画に出てくる
博士に似ているらしい。
それだけで知佐姉ちゃんの想像は広がった。

「だって、あの双子、
学校も行ってないじゃない?
おかしいよ、ケンタ、調べてきな」  

知佐姉ちゃんの命令が
下ったのは、3ケ月ほど前。
と、いうのも博士とクローンたちが
元々空き家だった古いお屋敷に
引っ越してきたのが、
半年ほど前だから。  

僕とエツジは、今日も、
博士の庭に忍び込んでいた。

生垣が隙間だらけで、
体が小さい僕たちには、
侵入が簡単だった。  
 
双子のクローンは、今日も、
サンルームでお茶をしていた。

かなりヤバイ至近距離で
やっとわかったのが、
一人がグレーの瞳、
もう一人がブラウンの瞳ということ。 

もはや、瞳の色以外、
彼女たちを識別するのは不可能だった。

黒くて長い髪、白い肌、
スレンダーな体型、いつもふわっとした
優雅なロングワンピース。 


僕たちは、グレーのほうを
「グレース」、
ブラウンのほうを
「チャコ」
と呼んでいた。

このネーミングには、
知佐姉さんの厳しい指摘が入った。

「なんて安易なネーミングなの?
それにそっくりな双子が、
片方は英語名で、
もう一人は日本語名って、
どうして変だと思わないかな??」  

でも、小学生の僕たちにとって、
それは珠玉のネーミングだった。

なぜなら、グレースは
雰囲気が大人っぽく、
チャコは子供っぽかったからだ。 

そしてグレースはいつも
グレーの高級そうな猫を抱いていて、
チャコはどこにでもいそうな
三毛猫を抱いていたからだ。 


いつか見つかるのでは、と
僕とエツジは用心していたのだけど、
双子の彼女らはとっくに
小さな侵入者を知っていて、
たまたま今日、声をかけてきた。 
というのも、三毛猫が僕らに
飛びかかってきたからだ。

「こら! ミケ!」 
 
これまた安直な名前を付けられた
三毛猫は僕らの手前で、
チャコにひっ捕まった。 

「いつも御苦労さまね、近所の子供たち」 

チャコは、三毛猫を抱きながら
笑った。

「ねぇ、ユキ、そろそろ歓迎してあげようか?」

「いいわよ、ユカ」  

なんとチャコはユカ、
グレースはユキ、という名前らしい。

僕らはおそるおそる
サンルームに入って行った。 

そこで、グレースが、
お手伝いのおばさんに、
紅茶とケーキをふたつ頼んでくれた。

おばさんは、侵入してきた僕らを見て、
「やっと捕まった」
と笑っていた。
この町のおばさんではないみたいだ。 

グレースとチャコは、
やっぱり瞳の色と猫の種類以外、
そっくりだった。  

「そろそろ、町のウワサを
聞こうかと思ってたんだ。
白状しなさい、何が知りたいの?」

チャコが、そう聞いてきた。
僕らは仕方なく、
知佐姉ちゃんの妄想的SFストーリーを
語るはめになった。 

僕の話を聞きながら、
二人は爆笑した。

特に、博士が「ギリギリ博士」と
言われてること、
二人が博士の娘のクローンであると
思われていることに、
チャコは腹を抱えて笑った。 
 
「で、瞳の色だけで、
ユキがグレース、私がチャコ?」

「で、でも、クローンなんでしょ?」 
 
僕の切羽詰まった問いに、
グレースも吹き出す。

「君のお姉さんは天才ね。
そう、私たちは、ギリギリ博士が作った
クローン人間」 

落ち着いたグレースの言葉に、
僕たちはパニックになる。  

「やっぱりそうなのか!!」

僕の雄たけびに、
グレースはさすがに、
困った顔で笑いながら 
「・・・だったら面白かったのにね」
と続ける。 

僕とエツジは「え?」と固まった。 
 
グレースによると、
双子は半年前に両親が離婚して、
都会からこの町に
引っ越してきたらしい。

ギリギリ博士は、二人にとって、
伯父に当たるらしく、
つまり彼女たちは博士の
姪っ子なのだそうだ。 

それにしても、と、
僕は知佐姉ちゃんの疑問をぶつける。

「なんで学校に行ってないの?」 

双子は顔を見合わせて
苦笑する。

「現実的な話でがっかりなんだけど、
私たち、高校を卒業していて、
今、大学受験の浪人中なの。
それに、博士の意向もあって、
予備校とかじゃなくて、
優秀な家庭教師をつけて勉強しているの。
本当は一人か、姉妹で
暮らしたかったんだけど、
それは大学に受かってからってことになって」  

聞けば、なんの不思議もない話である。

知佐姉ちゃんのツッコミどころ満載な
ストーリーに腹が立ってきた。

「じゃあ、なんで外出しないの?」 
 
どうしても一矢報いたくて、
僕は質問する。

チャコは、きょとんとしている。

「してるわよ。車で」

「あ・・・」

僕は裏庭に大きな外車が
止めてあることを思い出した。

学校とは無関係な双子たちは
僕たちのいない、静かな平日に、
車で買い物したりするのだろう。

だから、彼女たちがあの車で
外出したところは見たことがない。 

第一、こんなに都会風の彼女たちが、
僕の町の商店街で買い物を
しているのを見たことがない、
と今まで真剣に不審がっていた自分が
恥ずかしくなった。 

彼女たちは平日のいつでも、
車で都会のブティックで買い物できて、
それを高校生の知佐姉ちゃんも
知らなかっただけだ。 

うちの両親も共働きなので、
平日の昼の出来事は殆どしらない。  

しゅん、として、
出されたケーキを食べている僕たちに、
グレースとチャコは、
なんだか申し訳なさそうだった。 
 
と、エツジが二人の顔を見つめて、
尋ねた。 

「なんで、二人の瞳は違う色なの?」

「ああ」とチャコが
話題を見つけて嬉しそうに笑った。 

「これはね、カラーコンタクトなの。
博士でさえ、私たちの見分けがつかないから、
瞳の色で区別できるようにしたの」 

「え?博士も区別できないの?」

「あの人は研究一筋で、元々、
女性の顔を憶えることも面倒だと思う人だから」 

グレースは、クスクス笑って言った。

どうも姪っ子である二人にとっても
博士は特異な人種らしい。 
「だから姉の私が大人っぽいグレー、
妹が明るいブラウンにしたの」

「それでも博士は名前と色が一致しない
みたいで、私たちめったに
名前で呼ばれないの」 

チャコの意見に、
僕は張り切って提案する。
「じゃあ、僕たちの呼び名を
博士に教えてあげたら?」
 
「グレース」「チャコ」という
呼び方と名前の由来を教えてあげると、
二人はまた、大爆笑した。

クローンのはずの二人は、
なんのことはない、
笑い上戸のにぎやかな双子の姉妹だった。

が、知佐姉ちゃんのような指摘はせず、
今後はそう呼んでね、と笑っていた。  

家に帰ってことの顛末を語ると、
両親は、よそ様のお宅にもぐりこんで、
と苦笑し、特にクローン問題の解決に
ショックを受けたようではなかった。 

僕は、大人たちはウワサを
楽しんでただけで、どこかで
事実を知っていたんだな、と虚しくなる。 

知佐姉ちゃんは、
「ふーん、そう」と言ったきり、
部屋から出て来なくなった。 

そしてしばらくして、
僕たちの探り当てた事実を、
ちょっと書き変えて、
例えば博士は、遺伝子操作マニアという設定で、
双子のクローンは男の子のクローンになり、
瞳の色だけが違う、みたいな
ストーリーを仕上げて、
何かの賞に応募していた。   

そして僕たちは、
今日もグレースとチャコのお屋敷で
ケーキをご馳走になっている。  

                       
                      
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