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電車通学で、恋が芽生えました

高校時代、電車通学だった。

隣り町にある最寄り駅まで自転車で30分
そして10分電車に乗り
駅から徒歩20分。

朝からすでに、ぐったりしそうな行程だが、電車10分が、いいアクセントになっていた。

#太田駅  で電車を降りる。
降りたホームの階段を上り、連絡通路を渡り、そして階段を下りて反対ホームの先にある改札へ。
当時の改札があった駅舎は、古く、小さいながらも天井が高い、ちょっとしたおしゃれな洋城のような趣があった。

彼と出会ったのは、その改札のある小さな駅舎。

彼は、太田駅発の電車に乗るために、改札へ向かう。
私は、太田駅着の電車から降りて、改札を出る。

出会ったというより、すれ違った、である。

日焼けした顔に学帽がよく似合っていた。
エナメル製の大きな黒いスポーツバックをもち、
その上には、よく磨かれ黒光りしたグローブがのっていた。

(高校球児だ!)
彼の風貌からは、育ちの良さを感じた。
女子校に通う私には、生身の高校球児が光って見えた。

すれ違う瞬間の、たった数秒。
私の瞳が
前方から来る彼を捉える
二人が横に並ぶ
そしてすれ違う

ずっと彼にくぎ付けだった。

彼の瞳も、私を見ていた。

それからほぼ毎朝。
改札あたりですれ違った。
そのたびごとに、二人は視線を合わせていた。

どちらから、どう切り出したかは覚えていない。

二人は付き合い始めた。
彼は野球部、私はソフトボール部。
お互い電車通学しているような状況で
会う時間を作るのは大変だった。

携帯電話もない時代
「今どこ?」なんて、タイミングを合わせることもできなかった。

でも、不思議なことに、帰りもばったり駅で会うこともあった。


同じソフトボール部に、太田駅からバスで帰る友達がいた。
ある日の部活帰り、お腹が空きすぎたので、その友達と駅前のうどん屋に入った。
食べ終わって、支払いをしようとしたが、お金が足りない。

二人の全財産を合わせても、足りない。
どうしよう…

相談した結果、順番に店を出て、駅で知り合いを見つけて
お金を借りてこようということになった。

友達から、外に出た。
しばらくして戻ってきた。だめだった…

次は私。
駅前をフラフラしながら、知り合いを必死に探していると…

「あっ、今帰りなの?」
「・・・」
「ん?どうかしたの?」

ああ、こんなときには会いたくなかった。
(えーーーーーーーっ。彼に借りるのぉーーーーっ)
友達は店に人質…
どこかで終わりにしなければ、一晩中、さまよい続けることになるかもしれない(大袈裟)…
いっそのこと、このまま、彼とどこかへいってしまおうか…
いやいや、それはダメでしょ。

一部始終を話してお金を借りた。

チョー恥ずかしい。

こんなときも会ってしまうくらいだから、相性はよかったのかもしれない。


私の誕生日に、駅前のビッグパフェが有名な「伝言板」で待ち合わせをした。学生がよく使う小さな喫茶店だった。

待ち合わせ時間ギリギリに駆け込んだ。
すると、マスターから、駅のロッカーキーを渡された。
「自分が時間に来られなかったら、渡してほしい」と
彼から預かったという。

急いで駅まで走り、鍵番号のロッカーを開けると、
ドナルドダックのぬいぐるみと、メッセージカードが入っていた。

普段の彼を見ていると、とてもそこまでの準備ができるとは思えなかったので、とても驚いた。


高校球児と言えば、やっぱり甲子園。
3年時の県大会は、応援に行った。

何日も前から、応援に行くからね!と告げていたが
彼はあまり浮かない返事だった。
高校最後の大舞台。悔いのないように真剣にプレーしたいのに
私が見に行くと、気が散るのかな、と思った。
それなら遠慮しようと思っていると
彼は「自分だけ違うユニフォームを着ているから恥ずかしい」と言った。

監督だって同じユニフォームを着ているのに
おかしなことを言っているなあと思った。

そんなこんなで、許しを得て応援に行った。
女子校に通う私にも、甲子園を目指す彼を応援する日が来るなんて!

いよいよ開始。
試合前のシートノック
サードの守備についた彼は、レオタードだった。

ぱつんぱつん。

彼が太ったのか
ユニフォームが縮んだのか。
替えはなかったのか
控えの選手から借りられなかったのか。
それ以上大きいサイズは売ってなかったのか…

彼女としては、試合に勝つことはもちろん
それと同じくらいに、試合中破けないことを祈った。


あれから太田駅は、高架化と大規模な改築により
群馬県内でも屈指の近代的な駅に生まれ変わった。
あの頃のことを思い出すひとかけらも残っていない。

あのサイズ感だったから、恋が芽生えたのかもしれない

”目が行き届いた”のかもしれない。



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