見出し画像

私らしく過ごした #相模大野駅

大学生の頃、相模原市で一人暮らしをしていた。
最寄り駅は、小田急 相模大野。
あれから30年超。

伊勢丹なんか、なかった。
相模大野グリーンホールもなかった。
駅には小田急デパートが入っていて、サーティワンがあった。
駅から少し歩いたところに、モスバーガーがあった。
マクドナルドは、たしか在学中にできた。

駅前には「大野銀座通り」商店街があった。
その名からはほど遠い、数件の飲食店。
通り入り口、ビルの地下に「キャビン」というバーがあった。

居酒屋はいくつかあった。打ち上げによく使った。
近くに、西友があり、一人暮らし御用達だった。
なんでも揃う、大きな文房具店があった。たしか「おおぬま」。
おしゃれな文房具やポストカード、ちょっとしたギフトもあり、見てるだけでもワクワク、毎日通っていた。

「女子大生」が生活するにしては、だいぶ地味な街だったが、私には合っていた。小さい街並みだったからこそ、手が届くというか、街の隅々まで知ることができた。

鉄道が敷かれていない町で育った私。
駅がある暮らしは、私の人生を変えた。

海を見に、片瀬江ノ島へ行った。
ハンフリー・ボガードが好きで、荻久保へ名画を観に行った。
隣の町田は、デパートが多く、買い物に便利だった。

電車に乗れば、いつでもどこへでも自由に行ける。

入学したての頃、帰省するのが待ち遠しかった。

次第に、相模大野駅が近づくとホッとするようになった。

就職も決まり、卒業間近の帰省の折りのこと。
特急の隣の指定席に若い男性サラリーマンが座ってきた。

出発し、まもなくすると、話しかけてきた。
「大学生かな?」   「はい」
「帰省?」      「はい、そうです」
「何年生?」     「4年生です」
「もう卒業だね」   「はい」
「地元に就職?」   「はい」

そんなやりとりの後に、こんな話をしてくれた。

男性も学生時代は東京で一人暮らしだった。
今は、東京へ通勤している。
卒業したばかりの頃、会社の飲み会で酔っぱらった帰り道。
気づいたら、学生時代のアパートの前にいた。

学生時代は楽しかった。
楽しい時間は無限にあると思っていた。
残された学生時代を噛みしめて過ごした方がいいよ。

まさに、心を見透かされているようだった。
相模大野を離れたくない。
離れる日を1年前からカウントダウンしていた。

卒業旅行は海外に行った。
初めての海外。お土産で大きなスーツケースはパンパンになった。
相模大野駅で電車を降り、改札へ続く長い階段を上ろうとして初めて気づいた。(スーツケースが重すぎて、持ち上げられない…)

下車した人たちが、ホームからいなくなるまで、待っていた。

すると、急に私の手からスーツケースが離れた。
後ろから来た、スーツ姿の男性が、私のスーツケースを持って
一気に階段を上って行ったのである。
私は驚いたまま、急いであとを追いかけた。
男性は、一番上まで上がると、そこにスーツケースを置いて
後ろも振り返らずに、そのまま改札へ流れて行った。

あっという間のできごと。
驚いたままの私は、「ありがとうございました」の言葉も言えず
しばらくその場に立ち尽くした。

その人が、相模大野に住んでいると思うと、うれしかった。

相模大野は、故郷を離れ一人暮らす私を、やさしく受け入れてくれた。
私が、私らしく過ごした、かけがえのない時間だった。




この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?