この世に一冊もないという、読まないといけない本について 5冊目――「作家ビジネス本」の世界

作家1年目が学ぶこと

小説の書き方を教える小説指南書は昔から数あれど、最近ではそこから一歩進んだ「作家ビジネス本」のたぐいがトレンドのようです。

「作家ビジネス本」とは、作家(小説家)デビューの具体的な方法や出版業界での生き残り方、収入を得る方法など、ありていにいえば「作家の稼ぎ方」について、時に著者の体験談や出版業界の裏話をまじえながら解説、指南する本のこと。軽くググったところヒットしなかったので、僕が勝手に作ったワードと言ってよいでしょう。

昨今のトレンドの嚆矢となったのは、2021年3月に刊行された、松岡圭祐『小説家になって億を稼ごう』(新潮社)でしょう。その後、この松岡本へのアンサーともいえる吉田親司『作家で億は稼げません』(エムディエムコーポレーション)が2021年11月に発売。最近も中山七里・知念実希人・葉真中顕(イラスト・漫画:佐藤青南)『作家 超サバイバル術!』(光文社)が出ています(2022年12月刊)。もっと早い例でいうと、2015年の森博嗣『作家の収支』(幻冬舎新書)でしょうか。
どれも大変面白い内容です。現役でバリバリ活躍されている(森先生は『引退』したことになってますが)作家さん自身が、作家として売れる方法をあけすけに語っているわけですから、作家志望者でなくとも興味をそそられますよね。

「凡才」作家は「超人」億り人の夢を見るか?

さて、かつては、13歳から「作家になりたいんですが」と相談を受けたら、「作家は人に残された最後の職業で……」と返すのがプロ作家の流儀だったわけですが(マルCはもちろん『13歳のハローワーク』)、考えてみればこの返答も不健全ちゃあ不健全ですよね。だって自分が仕事をしている業界には夢も希望もないと言っているようなものですから。(念のため補足しておくと、『13歳のハローワーク』において「作家が最後の職業である」と言われる理由は「ほかの職業からは作家に転身できるが、逆はない」からです)。
というか、「作家になりたい」という相談に対して「作家なんてやめとけ」と答えるなんてのは、もはや使い古されたクリシェでしょう。そりゃあ昨今の出版不況をふまえれば誠実な返答ではあるのでしょうが、プロの作家としてはあまり使わないほうがよろしいのではないかと……。

その意味で、松岡圭祐さんが『小説家になって億を稼ごう』で「小説家は儲かる」と豪語したことは痛快でした。この本はまさに『億を稼ごう』のタイトルどおり、小説を商品として世に売り出し、巨万の富を得る作家となるためにすべきこと、すべきでないこと、しなくていいことが、じつに事細か且つ具体的に指南されています。著者が「想造」と名づける小説の創作術はもちろん、新人賞や編集者へのアプローチの仕方、出版契約や税務処理のあれこれ、取材や宣伝、映像化への対応、作家協会への加入とパーティーでの立ち居振る舞い、はてはテレビ出演の際の心得まで、最後まで読み通せば、そりゃあもう気分は志〇田〇樹大先生ってなもんです。

実際、ベストセラー作家となれば軽く「億を稼いでいる」のも、おそらく事実と考えてよいでしょう。

 出版不況もあり「売れない」「儲からない」という嘆きを、業界内からも耳にします。今どき専業作家など成り立たないとも言われます。
 けれどもこれは事実ではありません。書店をめぐってみましょう。「〇百万部突破!」という帯のなんと多いことか。売り上げ上位の小説家は億単位の年収を稼ぎます。氷山の一角と囁かれますが、それはどの業種でも同じではないでしょうか。現実に小説家の富豪は大勢います。

松岡圭祐『小説家になって億を稼ごう』

単純に考えて著書が〇百万部売れれば印税収入で億に届くでしょう。あるいは年収1億円とはいかずとも、売れる作品をコンスタントに出し続けられれば、会社勤めのサラリィマンよりよほどがっぽり稼げるものと思われます。実際、森博嗣先生は作家の収入で趣味の庭園鉄道をこしらえたうえ、高級外車も数台所有されているようですし……。

ただ、吉田親司さんが「いや、ここに書かれたノウハウ実践できるの、松岡だけやんけ!」と叫びたくなる気持ちもわかります。創作術「想造」じたいは、ハリウッド映画業界でシド・フィールドらが提唱した脚本メソッド「三幕構成理論」に近いのですが、それだけで作品が新人賞を受賞してベストセラーになり、綾瀬はるか主演で映画化されるならば苦労はありません。そりゃ催眠術師くらいにしかできない芸当ですよ。ついでに言えば、適当な本格ミステリィを読んで「これくらいなら俺でも書ける」と思って実際に『冷たい密室と博士たち』(講談社文庫)を書けるのは森博嗣くらいのもんだし、大沢在昌『小説講座 売れる作家の全技術』(角川文庫)を読んで高校生直木賞を取れるのはシゲくらいのもんです。

というわけで、『作家で億は稼げません』となります。吉田親司さんの「作家生活二十年間の年収」は「最高九百二十万円、最低で百九十万円」だそうです。たしかに百九十万円ではかなりギリギリの生活になりそうですし、九百二十万円でも婚活で高め狙いの方からは足切りを食らいそうです(そんなウ〇コみてえな奴はこっちから願い下げだが)。

しかし吉田さんは「だから作家なんてやめとけ」とは言いません。むしろ「好きな本を書いて生きていけるのは、本当に贅沢な人生だ」と言います。だからといって「低収入でも清貧な暮らしを」と説くのでもなく、作家として出版業界で地歩を固め、安定収入を得るための方法を、これまた具体的に指南してくれます。特に「デビュー作を各出版社に片っ端から献本をして取引先を増やす」という手段は、他書ではあまり類を見ない、言われてみれば目から鱗のサバイバル術ではないでしょうか。新人賞を受賞せずにデビューした吉田さんならではの方法といえましょう。もちろん吉田さんの猿真似をしてうまくいくとも限りませんが、それこそ「ビジネス書」として解釈するならば、自分が置かれた状況に応じて次の仕事につなげるべく工夫を凝らすことが大事ということになるでしょう。

儲かるか儲からないか、それが問題だ

では結局、作家は一億稼げるのか、稼げないのか。この問題については『作家 超サバイバル術!』で知念実希人さんがお書きになっているとおり、「基本、全然儲からない。ただ、当たるとデカい」が的を射ているように思います。

ここからは僕の推測になりますが、そもそも作家として「全然儲からない状態」を長く続けるのは構造的に難しいと思うんですよね。これはなにも、「著作が売れなくて収入が上がらず、やがて断筆するから」というだけではありません(そういう例もめちゃくちゃ多いのでしょうが)。逆に、「『作家として』売れ出したら、わりと簡単に年収一億円くらい突破しがち」という構造があるのではないかと。

というのも、著作がヒットした作家にはあちこちから次々と執筆依頼が舞い込むわけです。そうすると(きちんと依頼をこなすかぎりは)刊行部数が増え、印税収入が上がります。『作家 超サバイバル術!』で葉真中顕さんが名づけている「多毛作」(ひとつの作品で、連載原稿料、単行本印税、文庫化印税など何回も収入が入ること)が可能になる公算も高くなるでしょう。こうしたルートに入ればあとはもう待ったなし。著作が売れている評判が立つ→さらに執筆依頼が舞い込む→刊行部数が増える→印税収入アップで年収一億突破……って正のスパイラル発動しませんかね?

むろん、まずは著作(特にデビュー作)が売れなければ、『作家 超サバイバル術!』でも繰り返し語られているような、著作が売れない→執筆依頼が来なくなる→著作が書店に並ばない→執筆依頼が来ない……といった、負のスパイラルというべき状況に陥ることでしょう。

というより、だからこそ、正のスパイラルに入った作家と負のスパイラルに入った作家の収入格差が激しい構造になっているのではないでしょうか。いみじくも中山七里さんが「スカイツリー」とおっしゃられているような年収分布が出現するわけです。つまり、トップが一人、その下に一人、またその下に一人で、一人飛ばして裾野に2000人、みたいな。極端に言えば、年収200万以下か億越えかの二択で、年収数千万くらいの「間」がない。そして、少しずつ仕事が増えていって一年ごとに年収が上がっていくような、段階的な昇給の仕組みもない。それこそのぼるときは展望デッキまで時速75.6
キロで一直線の高速エレベーターのような、そんな構造になっているのではないか。もちろん誤って道を踏み外そうものなら地上まで頭から真っ逆さま……。そんなイメージです。

億様はハードワーカ

いや待て。吉田さんみたいに1,000万弱の年収を維持しながら長年続けている作家さんもいるだろ、と言われるかもしれません。もちろんそうでしょう。ただ、吉田さんは吉田さんで、じつは特殊な例な気もします。仮想戦記という固定客がいる、いや固定客しかいないと思われるジャンルの売れっ子作家さんですから。何十万部のヒットはないものの、ある程度の確定的な売り上げは見込めるゆえ出版社も刊行を続けており、かつ書き手として信頼を得て執筆依頼が途切れないポジションにある。これならばそれなりの年収で浮き沈みなく生計を立てていくことも可能になるのかもしれません。もちろんだからといって吉田さんが長年実践してこられた努力を過小評価するつもりはありませんし、吉田さんの仕事ぶりが作家として尊敬すべきものであることは確実です。むしろ、そういう固定客のついたジャンルで地歩を固めるというのが吉田流作家サバイバル術の神髄なのかもしれません。ただしこの椅子取りゲームも相当争いが激しいでしょうが……。

また、「執筆依頼は多数あるが、マイペースで作品を書いて、結果的に年収が数千万」といったポジションもなかなか取れないのではないでしょうか。そもそもこのポジションが許されるのって、村上春樹さんレベルの文豪だけな気がします(春樹の年収が数千万って言ってるわけじゃないですよ、念のため)。すくなくともエンタメ小説の範囲では、刊行ペースが遅い→著作が少なくなる→書店の棚でのプレゼンスが減る→売り上げが下がる、という負のループに、またしても入らざるをえないと思います。あるいは編集者から「あの作家は遅筆だし筆の早い別の人を優先しよう」と思われてしまう。したがって、「(出せば確実に売れる)先生の玉稿ならばいくらでも待ちますよ」と版元に思われるレベルの大作家でないかぎり、「マイペースで執筆活動を続ける」ということ自体難しいのではないかと。そこまでのレベルにない作家がマイペースでやろうと思っても、例の負のスパイラルに入り込んでしまい、続きません。必然、執筆で生計を立てようとするならばとにかく書き続け売れ続けるしかなく、結果的に正のスパイラルに入っていかざるをえない。こんな構造になっているのではないでしょうか。一部、森博嗣というセミリタイアを許された例外もいますが、森先生のマイペースは常人の数倍以上だったりしますからね……。

というわけで、作家というのは「基本、全然儲からない。ただ、当たるとデカい」生業というわけです。ただ、どんな形であれ「当て続け」ないと生き残れないし、生き残っている作家は「当てて」いる。必然、少なくとも十年選手で生き残っている作家は何かしらの「デカい当たり」を引いているが、「当てる」ためには死に物狂いで書き続けるしかない。こんなところでしょうか。『作家 超サバイバル術!』の著者たちが口をそろえて言うように、作家というのは決して楽して大金を得られる仕事ではなく、「延々と物語をひたすら一年中書き続ける肉体労働」(知念)だというわけです。

おい、字獄さ行くんだで!

まさか左団扇で印税生活を送っていると思っていた売れっ子作家が、超格差社会であえぐ肉体労働者だったなんて! 毎日律儀に原稿に向かい、徹夜をし、ひどいスケジュールの締切もこなし……という生活を10年余続け……られるかさえわからず、9割に新人が消えていくとは、まさに地獄、いや字獄です。しかもこの字獄、航海法も労働基準法も適用されませんからね。ストライキなど起こしたとて単に食いっぱぐれるだけ。そうでなくても、死に物狂いで書き上げた作品の印税が払われなかったり、「トンデモ編集者」から「関係が悪化したイラストレーターとの和解金を出せ」などと吹っ掛けられたりするというのに……(『作家で億は稼げません』)。万国のプロ(レタリアート)作家よ、団結を!

こうなると華やかに見える作家の実態も、昨今流行り(?)の「(WEB)ライター」とさほど変わりないものにも思えてきます。というより、広い意味では同じ文筆業である(WEB)ライターが副職ないしフリーランス職としてそれなりに一般化していることが、作家の稼ぎ方に焦点を当てる「作家ビジネス本」がマーケットを形成できる背景にあるのでしょう。

もちろん作家は一介のライターよりは版元(クライアント)に対して「強い」立場にあるでしょう。ですが基本的には個人事業主なんですよね。そこさえわきまえておけば、確定申告はきちんと税理士にお任せするだろうし(『小説家になって億を稼ごう』『作家 超サバイバル術!』。「ある程度収入があるのに税理士をつけていない人は、税務署から見ると怪しい」(葉真中)というのはなるほどぁと思いました)、版元や編集者ともビジネスパートナーとしておおむね良好な関係が築けることでしょう。

お金まわりでいえば、いくら赤化して権利意識に目覚めたからといったって、「出版社に印税を前借り」はやっぱり「やめとけ」と(『小説家になって億を稼ごう』。エピソードのパワーとしては個人的にすごく好きですが)。また、個人事業主だといっても「自腹を切って自作の広告を打つ」のもおすすめできません(『小説家になって億を稼ごう』。このエピソードもパワー強し)。著作の宣伝は基本的に出版社の領分ということですね。したがって「書店を訪問して著者サインを申し出る」という新人作家がやりがちなムーブも、『作家 超サバイバル術!』によれば「やめとけ」案件です。サイン本は書店買い切りで取次に返本できなくなるし、いろいろ忙しい中アポなしで来られてもお店からしたらはっきり言って「ありがた迷惑」でしょうからなあ……。

作家と編集者との関係については、SNSなどでは定期的に「トンデモ編集者列伝」が開陳されますが、中山七里さんに言わせれば、作家と編集者のトラブルの原因は「編集者側よりも作家側の方に多い」のだそう(吉田親司さんが列挙している編集者とのトラブルについては贔屓目に見てもさすがに編集者側がトンデモかなぁ……と思いますが)。考えてみれば編集者(少なくとも大手出版社の)はまがりなりにも大卒で就職試験を経て入社している組織人であるのに対し、作家は「人に残された最後の職業」ですからね。常識に欠けるふるまいをする確率が高いのはどちらかと言われれば、そりゃあ……。SNSではどうしても作家側の言い分だけが流れがちですが、これも「版元なり担当編集者は反論を許されない立場なので、どうしても作家側の言葉だけがクローズアップされがち」なわけです(『作家 超サバイバル術!』)。ここに関しては松岡さんも「小説家に対し、憤りの感情を示してはならないというのが、文芸編集者の不文律」と証言されております(『小説家になって億を稼ごう』)。

個人事業主たるもの、版元やその代表である編集者には、とにかく常識と節度を持って接すること。「作家ビジネス本」が共通して説くサバイバル術はこの一点に凝縮されていると言っても過言でありません。作家が編集者と恋仲になることは特に咎められないそうですが(『小説家になって億を稼ごう』)、過度に甘えたり居丈高になってはいけません。むろんセクハラやパワハラなんてもってのほか(『作家 超サバイバル術!』)。編集者が大御所作家にゴマを擦ってるなんてのは、古臭いフィクションの世界の中だけの話、いわば「神話」のようです。あくまでビジネスパートナーにすぎませんから、「版元や担当編集者を指導者や母親のように思い込むのは間違っている」(中山)。世間と編集者はおまえらの母親ではない! のです。

儲かりません、書くまでは

結局のところ、編集者と良好な関係を築くにも、作家として生き残るにも、そして1億円の年収を手にしてエスポワール号から下船するにも、蟹工船に乗ってよい作品を書き続けるしかない、というのが唯一解というわけです。これは松岡さんも吉田さんも中山さんも知念さんも葉真中さんも、見解は一一致しています。
だからいやしくも作家になりたい、作家として稼ぎたいと願う者は、SNSに編集者への恨みつらみや政治思想を書いてる暇があったら原稿やれ! という結論に至ります。言うまでもなく、「この世に一冊もないという、読まないといけない本について」などと題してnoteに作家ビジネス本の寸評を700字にも渡って書き連ねているような輩は、1億どころか1ペリカも稼げないでしょう。

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