40歳になってみて

森信三『修身教授録』致知出版

先日、40歳になった。
その前の日に、16年間務めた小学校教員を卒業し、研究者(研究しながらの小学校教師であったがその時も研究者)・大学教員となった。
そろそろ厄年だな、と思った。
厄年とは役年ともいい、人生の役目の年という話もある。
今までの経験をもとに、社会や誰かの役に立つことができる年ということのようだ。
私の小学校教師としての経験や関係性等をベースとして、研究や後進の教育に当たるという新しい役目をいただいたということになろう。

思うに、諸君たちが、将来社会に出て真に働くのは、まず40代から50代にかけへかけてだと言ってよいでしょう。すなわち諸君らの活動が、諸君の周囲に波紋をえがいて、多少とも国家社会のお役に立つのは、どうしても40以後のことと言ってよいでしょう。
同時にまたこの事からして、われわれの心得ねばならぬ事柄は、それゆえに人間は40までは、もっぱら修業時代と心得ねばならぬということです。

P43

森先生の時代は、人生は70程度、ということをもとにこの年代を、ということかもしれない。
しかし、現在は人生100年時代。
これまで小学校教師という職に奉じてきたわけだが、ここからの真に働けるかもまたかかわってくるように思う。
しかし、まだまだ挑戦者として励んでいきたい。
まだまだ人生登り坂でいたいのだ。
挑戦し続けていたい。

青春
青春とは人生の或る期間を言うのではなく心の様相を言うのだ。 
優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦を却ける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心、こう言う様相を青春と言うのだ。 
年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。 
歳月は皮膚のしわを増すが情熱を失う時に精神はしぼむ。 
苦悶や、狐疑、不安、恐怖、失望、こう言うものこそ恰も長年月の如く人を老いさせ、精気ある魂をも芥に帰せしめてしまう。 
年は七十であろうと十六であろうと、その胸中に抱き得るものは何か。 
曰く「驚異への愛慕心」空にひらめく星晨、その輝きにも似たる事物や思想の対する欽迎、事に處する剛毅な挑戦、小児の如く求めて止まぬ探求心、人生への歓喜と興味。 
人は信念と共に若く  疑惑と共に老ゆる 
人は自信と共に若く  恐怖と共に老ゆる 
希望ある限り若く  失望と共に老い朽ちる 
大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、そして偉力と霊感を受ける限り、人の若さは失われない。 
これらの霊感が絶え、悲歎の白雪が人の心の奥までも蔽いつくし、皮肉の厚氷がこれを固くとざすに至ればこの時にこそ人は全くに老いて神の憐れみを乞う他はなくなる。

原作 サミュエル・ウルマン  訳詞 岡田義夫


一生青春。
そんな40代を送りたい。

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