⑭ The Belbury Poly / The Path (2023)
『FEECO』誌特別号『MUSIC + GHOST』で大々的に取り上げたGhost Box Records。その共同経営者であるジム・ジュップのプロジェクトBelbury Polyのニューアルバム『The Path』が先日リリースされた。同号でインタビューをして以来、プレスリリースを送ってもらえるようになり、今回も音源からアートワークまで一式寄せてもらった。アナログを購入したはいいもののまだ届いてないため、以下はデジタルを聴取しての感想である。
Ghost Boxが表現するイメージは、作り手たちそれぞれが持つ過ぎ去った時代にまつわる記憶から描き起こされたものであり、それは当時の再現を意味しない。あくまで頭の中で漂い続ける光景を記憶に基づいて音やヴィジュアルに置換したものだ。より具体的にいえばジュップや設立者のジュリアン・ハウス(Focus Groupとして音楽を作るほか、レーベルがリリースするレコードジャケットをほぼすべて担当する)が幼少期を過ごした60年代末から78年の時代精神の媒介、79年以降にマーガレット・サッチャー政権が台頭することで淘汰されていった社会的デザインへの記憶である。
都市開発が進むことで、森やストーンサークルなどの古代から遺るオブジェの存在感は相対的に強調され、郊外を舞台にした子供向けドラマが多く作られた。60年代半ばにペーパーバックで復刊されたJ.R.R.トールキン『指輪物語』が米国西海岸由来のフラワー・カルチャーと合流したこともあり、自然崇拝的なメッセージを込めた教育番組がテレビやラジオで制作された。1968年にBBCで放映されたMRジェイムス『笛吹かば現れん』のドラマは、郊外に潜む古き怪異の存在とリアリストめいた学者が出遭い、マーク・フィッシャーいうところの「ぞっとする」感覚を子供たちに植え付けた。Ghost Boxはまさにこの時代のポピュラーカルチャーにしみこんでいた、静かだが奇妙で時にぞっとさせる感覚を追い求めている。80年代が始まるにつれ、少しずつフェードアウトしていった(アメリカナイズされたともいえる)英国の空気にしがみつき、加速する時代を生き抜くという超内向的なレジスタンスなのだ。
『The Path』はジム・ジュップと、アレイスター・クロウリー関係の書籍を編集していることでも知られるノンフィクション作家ジャスティン・ホッパーが、サセックスにある丘「サウス・ダウンズ」を散歩中に交わした会話から生まれた。イギリス大陸南東部沿岸に広がる丘に敷かれた道(Path)は、『不思議の国のアリス』でいう森や穴に該当するリミナルスペースとなり、今ここにはない世界へと続いていくような感覚を二人に与えた。それは見たことがないというよりは、かつて目にしていた風景へのノスタルジーとした方が正しいだろう。ブライアン・イーノがニューヨークの街中でサフォーク州を「思い出しながら」『On Land』(MRジェイムス『笛吹かば現れん』の舞台となった土地をモチーフにした曲がある)を作ったように、郊外は記憶のトリガーとして働く。
当初は60年代では当たり前であったラジオドラマを意識した内容だったようで、見知らぬ土地へと迷い込んだ学者を主人公にしたサウンドドラマというコンセプトで制作は進められた。その名残か、ホッパーはアルバム内でナレーションを担当し、読み聞かせ的な構成に落ち着いている。バッキングも当時の教育番組のBGMやライブラリ音楽に多かったジャズをベースにしたもので、サンプリングを大々的に使用するBelbury Polyにおいては珍しい生音志向となり、Free Designのような英国産サンシャイン・ポップを思わせる。
演奏は過去のアルバムでも参加していたクリストファー・バッドとマックス・サルディに加え、Ghost BoxからPneumatic Tubeとしてリリースしているジェス・チャンドラー(Midlake)がフルートやピアノで、その室内楽的志向を強める。しかし、あくまで音楽はホッパーが言葉で描く郊外の風景のためのものである。リスナーはこれら音と言葉の色彩をもって、頭の中で描いた景色に独自の色を与えていく。ある特定の時代の英国で生まれ育った人間にとっては実に具体的なイメージを提示していると思われるが、遠い時代の遠い国で生まれ育った筆者のような人間にもある種の懐かしさを思わせるのは、多かれ少なかれ近代化・アメリカ化という共通項を有しているからなのだろう。
イージーリスニング寄りのジャズと形容しても差し支えはない。激しくもめまぐるしくもない、逃避的な時間があるのは確かなのだから。しかし、これはその場しのぎの鎮静を目的にした音楽ではなく、現在進行形で失われ続けている場所と時間への通路になっている。「コンクリートとスピード(車の走行音のことか)がとどろくそばで、私の声が聞こえるかもしれないな」。終盤のスポークンワード「You Won't Find Me」で、ホッパーは都市開発によって埋没する自然の遺言のようなものを残す。それは今でも都市にかろうじて残っている過去の残響を指しているように思われる。
幻想文学作家にしてGhost Boxのイメージの源泉であるアーサー・マッケンは、ロンドンという都市の日常にある亀裂と、そこからにじみ出る非日常を静かに描いた。H.P.ラヴクラフトのように巨大な怪異を目に見えるように描くのではなく、ささやかな事実としての神秘を提示するマッケン的スーパーナチュラル・ホラーは、『The Path』でも描かれている。
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