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走り書き①:「ノスタルジック・エデン」のテーマ

備忘録と概要の紹介を兼ねてしばらくアップしていきます。

 「ノスタルジック・エデン」と題した章では、主に『倫敦精霊探偵団』(1999 バンダイ)と『グランディア』(1997 ゲームアーツ)を取り上げる。二つとも舞台が蒸気機関に依存した都市であり、前者はタイトル通り産業革命のピークを迎えていた19世紀ロンドンを舞台にしている。
後者は架空の世界が舞台であるが、『ふしぎの海のナディア』(パリ万博が開かれた19世紀半ばが舞台になっている)を下敷きにしたとおぼしき産業革命以降の都市観や、人類以前の先住者にして大きな過去として記憶される「精霊」の存在が『倫敦精霊探偵団』と共通する。
 
 『倫敦精霊探偵団』は舞台がロンドンという都市一つに絞ることで、同地の変化というテーマとして繰り返す。産業革命によって変わっていく生活、価値観、過去の記憶といったものへの意識が、ツギハギに、しかし確実に積み重ねられていく。たとえばヴァージルや草花の精霊といったキャラクターが登場するイベントでは、蒸気機関の発達により退行していく自然が主題になる。ヴァージルの部屋にのみ花が咲き誇っているという演出はその最たるものといえる。
他の主要登場人物の中には、19世紀中ごろのラファエル前派(リアリズムとロマンティシズムが合体した幻想的な美を重んじた同盟)の一員であったジョン・エヴァレット・ミレーや、その半世紀と少し前に変化する英国を幻視芸術として象徴したウィリアム・ブレイクの名が与えられている。
シナリオライターが10名以上クレジットされていることから、多くのシナリオ(全19章)は無理やり間に合わされたものであり、多くが深堀りされずにあっさりと終わってしまう。もっと開発段階のかじ取り(後述)ができていれば、『倫敦精霊探偵団』が与える、時間帯を越えて旅をしているような感覚はより強くなったことだろう。
 同じ場所だが異なる風景という有機的なテーゼは、文化としてのフォーク(音楽、建築、口承などを包括した語)、すぐそばにある、しかし忘れ去られた時を照らし出す松明である。こと英国ではポピュラーな文化にこの精神が行き渡っており、アヴァロン、ザナドゥ、J.R.R.トールキンの中つ国、フランシス・ベーコンの『ニュー・アトランティス』などのユートピア像として継承され続けている。
 

 mixiの『倫敦精霊探偵団』コミュニティには今でも元スタッフたちの投稿が残っている。これらを正とするならば、『倫敦精霊探偵団』は当初『グランディア』的な世界を股にかけるプロットであった。アメリカ大陸から来たというキャラクターはその名残であり、万博という設定も外の世界の住人や文化が行き交う瞬間として考案されたと考えられる。
結果として『倫敦精霊探偵団』の舞台はロンドンという箱庭に限定された。

 『グランディア』は『ふしぎの海のナディア』や灰谷健次郎『我利馬の船出』をモデルにしたとおぼしき設定を持つ。未踏の世界、未知の歴史へと近寄っていく好奇心がコンパスとして(若き)キャラクターを導くという筋は、アメリカ的とも呼べる開拓精神が原動力となっている。これと、一つの場所に留まる『倫敦精霊探偵団』は対照的だが、一種のノスタルジーによって促進されている点では同じだ。失われた無垢(無邪気さ)を取り戻したいという願望と、自分の知らない場所への憧れを再創造した結果なのである。田尻智は中沢新一『ポケットの中の野生』(2003年版)に寄稿した「『ポケモン』の原景」という文章内で、東京南西の郊外都市で過ごした幼少期を説明したのち、「記憶と経験を手繰り寄せて、未来のゲームへの想像力を働かせた力が『ポケモン』を誕生させた」と回顧している。子供の視点から見た世界を再現すると同時に、それを俯瞰している現在の自分(プレイヤー)の視点が要所で入れ替わったり交錯したりするところはゲームの妙といえる。


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