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すごいひと

2016年12月12日、
左手の人差し指を1センチほど、
丸ノコで切り落としてしまい、
今、指が短い人になっています。

痛いし、取り返しつかないし、
いろんな氣づきのあった出来事なので
何度かnoteでも触れてると想いますが、
今回、書き留めておきたくなったこと。

指を落として次の朝には、
何とか音楽しようと
タイコを片手で叩いたり、
ウクレレを人差し指使わないで
何とか弾こうとしたり。

歌はいつも通り歌えると想い、
早朝のスタジオで発声練習。

痛みが増す声の響きと
痛みが和らぐ声の響きがあることを
知ったのはちょっとした発見でした。

大分のこの地に引っ越して来て
2軒目のこの家の改修工事を
あらかた終えて、
あとは薪を積み上げるだけ。

日も暮れてきたし、
隣の神社のお祭りの神楽の音も聞こえてきたし、
とっとと仕上げて
お祭りに顔出そうとしている時の「血祭り」(;゚д゚)ェ…!

今回、書き留めておきたくなったこと・・・。

「指落とした翌日に、もう音楽やろうとしているから、
『え?やるんだ!』ってビックリした」

って、
先日、僕の奥さんが友達との会話で言ってたのを聞いて、
僕がびっくり・・・。

そうなの?
でもまず、どうやって音楽続けるかを試すでしょ?

彼女とつきあい始めた時も、
毎日ヨガして、発声練習して、メトロノームでリズム練して。
ということを日課にしている。
場所を選んでいたらそんな毎日できないので、
自分が不審者と呼ばれる類の人見られがちだが、
彼女が認めてくれる人かどうか心配だった。

田舎へ引っ越す流れも、
都会では、音楽をし続けるのに
かなりの約束事を守らないと出来ない。
活動する形式に準じた場所は
あちこちに用意されているけど、
無理を感じていたから。
不審者になってしまうから。

かといって、
田舎へ来たら「音楽活動」がたくさん出来るのか、
と言ったら、
どっちに居ても変わらないんだけどね。

都会でも田舎でも、
日本でも外国でも、
僕は僕が出逢いそうな友達と出逢い、
どこのカテゴリにいても
どこかそこは居心地が悪い。

問題は僕自身なんだよね。

で、田舎へ望んで来たのに
「農的暮らし」や、DIYや、健康志向に
自分を向ける意志がそれほどなく、
音楽活動を優先しつつ
家の大工仕事も頑張って、
心地好い暮らしを創ろう。

だった。

だったけど、
活発な音楽活動の場は
都会にも田舎にも無くて、
望みもしない大工のスキルが上がってゆく。

望んでいないから、
他の望んで手作業を工夫している
田舎に夢ある移住者達より
進みと馴染みが遅い氣がしていた。

(ほんと、そんな心の尺度など氣にせず付き合える
今の友達には最大の敬意!いや、みんな素敵なんだよ。
人生や暮らしが本当に人それぞれだと、自分の尊厳と他者への敬意を
このように芽生えた「愚」の心のおかげで感じさせてくれます)

「大工さんに頼めばいいのに」と
奥さんに言われながらも、
きっと僕の中にも必然があったんでしょうね。
お金もないし、僕がやらなければ!と、
頻繁に怪我をしながら作業の日々でした。

引越し先の空き家に大量にあった絆創膏、
「一生分あるね」と手伝いに来た友達が言っていたけど、
使い切りました。

そんなんだからね・・・
そんなんだから、
にわか大工生活のけじめに指を落としたのも
必然だったように想います。

自暴自棄、やけくそな期間だったから。

だから、
年に数回、音楽のツアーが決まると
それが大切で大切で・・・。

でもやっぱり
日々音楽をしているミュージシャンの友達とは
日々差が開いているようで。

「これから音楽業界も不景気になって、
大物がみんな降りて来るから。
サカナ君とかみたいにカフェとかで地道に活動している人たちも
あおりを食うよ。無名の人と、名のある人だったら
名のある人に出演してもらいたいでしょ」

2010年頃、芸能界的な立場にいた人の予言です。

確かに。
「名のある人」って、
とくに有名だった芸能人てわけでなくても
地道な活動でたくさんの音楽繋がりを築いてる友人も
そこに当てはまる感あったな。

なんでだろ?
人付き合いの悪さかな?
愛想のなさかな?
自意識過剰かな?

「ライブ活動」は尻すぼみだった。

・・・今はもう、氣にならなくなった。

ライブがなくても、レコーディングします。
CDが売れなくても、
再生数が少なくても、収入がなくても、
今なら表現したかったことが出来るから!

*************

指を落としたその週末、
そんな地道に年に200日くらいツアーしている
本気の音楽家の友人と、
近くのカフェでライブが決まっていました。

羨ましくて、自分の日々が情けなくて、
どちらかというと
「会いたくない感」の方が上回ってました。

彼に指を落としたことを電話すると、
「じゃ、もうひとつの手は問題ないんだね?
土曜日、よろしく頼むね」

だって・・・。

そうだよね。
片手あれば、手数を変えて
タイコ叩けばいいし、
ウクレレだって、あと指4本あるし、
歌は何の問題もないし。

僕もそう想ってました。

彼と一緒に演りたい曲、
タイコ片手で叩けるように
身体感覚創り直して。

「やりたい」でも
「やりたくない」でもない。

「やる」

当然やる。

「辛いからやらない」とか
「辛くてもやる」とかでもない。

やっちゃってるんです。

音楽も、
田んぼ、畑も、
大工も、
子どもと遊ぶことも、
noteを延々と書いてしまうことも。

人から
「すごいなぁ」
なんて言われたらビックリします。

逆に、
言っているほど出来ていないです。

僕にも
「すごいなぁ」って想う人がたくさんいます。

その人みたいに僕のことを
「すごいなぁ」なんて想ってくれているんなら、

僕はきっと「すごいなぁ」と想った人に
いつの間にか成っているんだよね。

だって「すごい」と想った人は僕で
その人自身は
何とも想ってないんだから。

だからもし、
僕のことを「すごい」だなんて
想ってくれるんなら、
それはあなたの「すごい」だから
大切にしてあげて。

絶対に成れるよ!

あ〜あ
僕も羨ましい人たちみたいに
なりたいな(笑)

映して♪

写して♪

移して♪

時代は移ろいます。
虚ろなんです。
何にでもなれるんです。

うたが、音が、言葉が、 もし心に響いてくれたなら サポートいただけたら嬉しいです。