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『マメ』①

ようやく・・・

ようやく『マメ』のミュージックビデオが完成しました。

「イラストが完成した!」
と意気込んで書いた前回の投稿から
またも2週間近く経ってしまいました。

たくさんの想いをよぎらせながらの2週間。
長い投稿になりそうです(笑)。

まず
「この曲を表現したい想い」は、
どの瞬間より大切に感じ、
強い意気込みとともに
大きな抵抗を感じる瞬間。

それだけ人生をかけた1曲。

結果を求めるものじゃなくてね。
時間もかかってるし、
そろそろ「これが僕が費やす人生なんだな」
なんて、限られた「人生)を感じ始めてきました。

だから反省、大きな悔いとしては
「時間をかけ過ぎている」
ということ・・・はあります。

他にもこの「マメ」を基軸に音楽を始め、
表現したく、表現(作詞作曲)出来た曲が
たくさんあります。

今後はそんな曲たちのレコーディング作業を
もっと円滑に進めて、
早く、多くアウトプットしていきたいです。

*************

「大きな抵抗」と言いましたけど、
どうして僕は
「一番やりたいこと」を
一番後回しにしてしまうんだろう?

これは
「僕の求め」であって、
「みんなの求め」ではない。

親でも妻でも子でも、
近所の友達でも、
自治体近隣でも、
もっと言ってしまえば、
音楽関係での付き合いの仲間の
「求め」でもない。

この「求め」は
「ライブ活動をして暮らしたい」とか
「音楽と共に暮らしたい」とかの
ライフスタイルに対する求めでもない。

これはまず、
表現したいカタチを
僕が僕の手で現してからでないと始まらないんだ。

だからそれを黙々と作業する。

出来るだけ早く寝て、
独り、早朝2時3時に起きて
少しずつ進めてきたこの時間が
何よりも大切なんだ。

1日の数々の瞬間。
大切なことばかりなのは重々承知です。

子どもが起きれば子ども優先。
どんどん大きくなる息子、娘の声を聞き、
今のこの時期を本当に大切に感じます。

だから逆に、この『マメ』制作の朝の時間を
つくれないでいると、
子の輝きを受けきれてない自分が嫌で・・。

妻に対してもそう。

介護の必要が出てきた両親に対してもそう。

田んぼ、畑に対してもそう。


でも・・・
そんな彼らの「求め」に応えることが
「平魚泳」個人の求めではなかったりする。

僕は「平魚泳」でいることが好きだ。

平魚泳で描こうとしているものを描きたい。

本当は、
しっかり描ききった後、
ようやく誰かの「求め」に応えることに
喜びを感じられるようになるのではないのだろうか?


他の人の感性はわからない・・・。

僕はどうしても
「人の役に立ちたい」とか
「誰かに喜んでもらうことが好き」とか、
そこの感性が欠けていてしまう。

「半径独り」のモチベーションでは
モノゴトは大きく動きにくい。
わかってる。

「半径人類」の求めと共に生きることが出来たら
きっと至上の喜びと共に
世で生きられるんだろうな

とも想う。

でもやっぱり
今はまだ、そこの感性が欠けていて、
でもきっと
この「半径独り」を完熟させなければ
その先は今は未だ「虚無」なようにも想える。

数々の「幸せの要素」に申し訳ないと想う。


僕はこの『マメ』の制作要素を
誰にも話していない。

妻に甘えて、話す試みもしたが
伝わらない虚しさだけがあった。

どうしてもこれは
共同作業ではないので、
共有しての拡がりは
持ちにくいんだろう。

するとどうしても
「妻のパン屋計画」や、
「田んぼ畑計画」や、
「親の介護計画」や、、、

あとほんと、自分の望んだ音楽系の仕事なのに申し訳ないんだけど、
「ウクレレ教室の生徒さんの望んだ曲の楽譜作成」
とかが優先されてしまう。

「『マメ』のアウトプット計画」を前にしては
全てが邪魔な障害になってしまう。

これを僕が羨む
「障害者状態」と呼ぶのかもね(笑)

何を失っても見失わない障害者・・・いいな♪

「なれるよ」

「なりたい?」

「いや〜・・・」

(笑)

*************

なんか、言葉にするタイミングもなく
鬱屈してたこと、
ようやくここで言えた感じ♪

このnoteと、完成した『マメ』が
本当の「僕」を現す一歩だと想います。

もうちょっと『マメ』に関するnote、
綴りたいと思います。

さぁ、生徒さんが弾きたがってる曲の楽譜、書かなきゃ(笑)
今日はzoomでウクレレ教室だ!

つづく


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