見出し画像

社会の厳しさ

昨日のただ想った「つぶやき」が、
ついついどんどん膨らんでしまったので、
ひとつのnoteにします。

************************

アンフェアな社会の仕組みに強制的に納得させられてきた。というより、当たり前として受け入れてきた。積極的に参加してきた。どうやって稼ごうか?僕はしんどかったけど、社会はエネルギッシュに動いているように見えた。でも、慣れ親しんだアンフェアな社会に、さらなるルール変更が課せられて、慣れ親しんだ「3%」が「10%」まで増えたりして、初めて氣付く。「このゲーム、降りようかな…アフェアに作られた、ただの誰か『ヒト』が創ったただのルールだったんだ」。無理ゲールールにしがみついても何も得られない。子どもだったから。あのときは「社会とはこういうものです」と与えられたものを受け入れるしかなかったから。「大人になればわかるよ。社会の厳しさってやつを」という、大人の声を思春期の僕は聞いていた。今更ながら思う。大人になってわかった。厳しい社会を受け入れ、創り続けてきたのは、こういう声を受け入れ、従ってきた子どもが大人になった僕らで、受け入れてきた社会は、僕らの存在の反映だから、せっかく生まれて、この身で生きるんだから、自身で感じて、「つまらない」と感じるゲームに、参加するか、しないかは、自分で決めて、その「生」を使ったほうがいいんじゃないかな…。たぶん、降りたら降りたで、自分らしい決断をしたんなら、そこにはたくさん「自分」と楽しめる仲間がいて、「なんだ、みんな、ここにいたんだね♪」って、なると想うんだよね。じっさい、そんな経験して、今、ここに居るからさ。これから先も、 Walk on the wild side。で、それってそんなに厳しい自然の「修羅の道」じゃなくて、自身で出逢える、有り難い「出逢いの宝庫」になると想うんだよね。

I'm not the only one.  は、
ジョン・レノンの「イマジン」。

Walk on the wild side.は、
ルー・リードの代表曲。

蒔かれた種が、世界のあちこちで
芽を出しているよ♪

うたが、音が、言葉が、 もし心に響いてくれたなら サポートいただけたら嬉しいです。