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写真の神様との遭遇(撮影で記憶に残っている撮影エピソード16 荒木経惟さん)

 僕は1年中Tシャツ姿で撮影しています。夏だけでなく冬でも撮影に集中すると汗だくになってしまうからです。夏はTシャツ。春秋はパーカーやコートにTシャツ。冬はダウンジャケットにTシャツといった感じです。季節問わず、スタジオや室内で撮影する時はいつもTシャツです。40歳過ぎた今でもこのスタイルは変わりません。カメラマンの中には格好良いスーツを着たり、おしゃれな格好をしている人はたくさんいます。でも僕がスーツを着て写真を撮ろうものなら、汗だくになっちゃうので毎回スーツをクリーニングに出さないといけないので大変です。

 荒木さんの撮影の話の前に新人フォトグラファーの頃の話をひとつさせてください。その日は撮影スタジオで宮崎あおいさんの撮影がありました。宮崎さんもノってくれたし、僕も楽しんで撮影が出来ました。スタジオ内は空調はコントロールされていて、快適です。でも撮影が終わったばかりの僕だけは汗だくでした。撮影がうまくいって見た目は汗だくですが、心は清々しい気持ちでカメラなどの撮影機材を片付けていました。すると、この日のクライアントである雑誌の編集長さんが汗だくの僕を見て、「君、どうしてそんなに汗かいてるの?」と聞いてきました。僕からすると、一生懸命撮影をしたから汗をかいているだけなんだけど、そうはとってもらえなかったようでした。空調の効いたスタジオでこんなに汗をかくカメラマンは編集長さんにとってはただただ珍しかっただけなのかもしれません。たしかにサラリーマンをやっていた頃って、仕事でこんなに汗をかくことなんてなかったもんなあ。そう言われて、なんだか僕は少し恥ずかしい気持ちになりました。

 それからだいぶ月日は経ち、2014年に荒木経惟さんの撮影がありました。あの天才写真家のアラーキーさんです。penという雑誌でアラーキー特集を組むということで僕は荒木さんの日常に密着取材するという撮影を担当させていただきました。荒木さんの写真集も著書もたくさん読んでいたのですごく嬉しかったことを覚えています。

 ある夏の暑い日でした。都内にある、ハウススタジオで荒木さんのライフワークのひとつである「人妻エロス」の撮影風景を撮らせていただくことになりました。話を聞くと、人妻エロスの現場に他のカメラマンが入ることは初めてだそうです。荒木さんのヌード撮影の現場を間近で見れる機会なんてそうそうありません。想像するだけでドキドキしてしまいます。撮影する場所はそんなに広くないダブルサイズぐらいのベッドがドンと置いてある部屋でした。僕はその隅っこに陣取って撮影させていただくことになりました。荒木さんは事前に、「どこかのタイミングで俺もモデルの隣に寝っ転がって「いえーい!」ってやるから、その時がきたら俺が撮っている場所から遠慮せずに撮影してくれていいからね。」と僕の撮影チャンスを作ってくれる事を約束してくれました。荒木さん、なんて優しいのでしょう。僕は「ありがとうございます!」と元気に返事しました。

 外の暑さと、もともと古いハウススタジオの古そうなエアコン、狭い部屋に荒木さんやモデルさんを含めて6人という条件もあって室内はムンムンの熱気が溢れていました。モデルさん(なんとこの日のモデルさんは65歳!人妻エロス史上最高齢だったそう)が部屋に入られて、撮影はスタート。荒木さんは「昔別れた男を思い出して!」とかあの手この手でモデルさんから表情を引き出しています。僕は静かに感動をしていました。目の前で荒木さんが撮影している被写体は誰もが知っている女優さんやモデルのようなスタイルの人ではなく、本当にどこにでもいるような普通の65歳の女性です。その人を相手に写真の神様のような存在の荒木さんがめちゃくちゃ真剣に一生懸命盛り上げて、心から楽しそうに撮影をしている姿に感動したのです。思わず泣きそうになりました。

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 撮影の終盤になる頃には、荒木さんも汗だくです。70歳を超えてこんなに情熱的に汗だくで撮影する荒木さんの姿を間近で見て、心から格好良いと思えました。新人の頃と変わらず、今でも汗だくで撮影している自分もそのままでいけばいいじゃんと心から思えました。今まで自分がカメラマンとして歩んでいくべき道は薄ぼんやり見えていたのですが、荒木さんの被写体と向き合う姿を見て、ぼんやり見えていた道が明るく照らされた気分でした。自分が信じたこの道を歩いていけばいいんだというメッセージをしかと受け取りました。

 そして撮影前に荒木さんが約束してくれた撮影チャンスもバッチリ作ってくれました。ちなみにその時に撮影した写真はモデルさんがあまりにも開放的なポーズをとってくれたため、本誌で使用されることはなかったのですが、後日プリントして記念写真として荒木さんに直接プレゼントしました。その写真を見て、荒木さんが「おっ!いいじゃないか!ロバートフランクと写っている写真の隣に置こうかな。」とこれまた粋なセリフをおっしゃってくださいました。スーパースターはやっぱり違うなあ。

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