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サンリオとファンとイジりとイジメ

 何だかシリアス臭そうなタイトルだ。炎上案件が好きな人の目を引いてしまうかも知れない。


 今回は可愛いキャラクターを多く抱えているサンリオに対して、我々は一体どこまでイジることが許されているのかという問題について。これに関して前々からよく思っていることがあるので、ここへきて思い切って持論を書かせていただこうと思う。

 まずそもそもサンリオにあまり興味のない人達からのイメージでは、キャラクター商売をしている割にはそこそこイジっても大丈夫な寛容な企業というイメージを持たれている気がする。それも徹底してイメージを守り抜く印象のある某大手企業と比較されることが多いゆえだ。

 そして当のサンリオ側もある程度イジられることに対して寛容でいようという姿勢を持っているように思う。なぜならサンリオ自体がそもそもイジってくれと言わんばかりに色々なところでボケまくっているからだ。
 珍妙なキャラクター設定やぶっ飛んだコラボなど、「カワイイ」という基本路線からあえて逸脱させ、自らイメージを崩すことで世間にツッコミを入れさせるというのがおそらくサンリオの一つの方針となっているのだろうと思う。僕がサンリオに魅了された大きな要因の一つでもある。

 勿論キャラクターによって売り出し方も変わってくるので一概に言えることではないのだが、全体的なイメージとしてはそんな感じだろう。


 しかしだからと言って遠慮なくイジっていいのかというと、実はそうでもない。


 いくらサンリオが良しとしても、それを許してくれないのが一部のディープなファンの人達である。
 やはりサンリオキャラクターもある種アイドル的な要素もあるため必然と言えば必然なのだが、一般レベルで笑って許される程度のイジりがサンリオキャラクターに対しては一部のファンの人達の逆鱗に触れてしまう場合があるのだ。

 勿論感情面においては僕も怒る気持ちは理解できる。ただ広い目で見たときにそこはやはりファンが寛容になるべきだとも思う。

 というのも一般レベルで通用する程度のイジりが通用しないことで、サンリオに興味のない第三者からすれば「サンリオファンってめんどくせえ」という印象を持たれかねないからだ。そしてその印象はそのままサンリオに直結させられて、結果「サンリオってめんどくせえ」というところに繋がってしまうのである。悲しいが第三者とはそういうものだ。

 一部の思想の強いファンが結果的に好きなもののイメージまで悪くしてしまうのは非常によくあることだが、可能であれば感情よりもまず広い目と心を持って、もう少し第三者からのイジりに対して寛容になってほしいと思う。ファンが器の大きさを見せつければ当然サンリオのイメージも良くなり、これまで第三者だった人が「イジりに対して寛容なサンリオとファンの人達マジリスペクト」みてえな感じでサンリオに興味を持ってくれる可能性も格段に増すのだ。

 ただだからと言って勿論全てのイジりを受け入れろと言っているわけではない。あくまで一般レベル程度には柔軟になってほしいということだ。

 じゃあ一般レベルってどの程度なの?と聞かれたら具体的には答えられない。一般レベルの中でも当然人それぞれ許容範囲は異なるし、そこは各々が常識というものを持ってざっくり意識してくれとしか言いようがない。

 ただし「イジり」とは何か?ということに関しては一応説明はできる。そもそも「イジり」とは芸人の専門技術なので。


 ではここからは時たま世間でも問題視されている「イジり」と「イジメ」の違いについて説明させていただこう。

 この2つの違いに関しては本当によく履き違えている人が多く、芸人以外の人にとってはザ・たっちくらい見分けがつきにくいもののようである。結果無自覚のうちに間違えて実行してしまっている人が多い。

 ではまず「イジり」とは何か。そもそも「イジり」を行う際に絶対に欠かしてはいけない要素が2つある。


 『愛』『信頼』である。


 愛とはあくまで悪意ではなく笑いのため(相手を立てるため)にイジりを実行すること。そして信頼というのは愛があることがお互いに伝わる心のつながりのこと。
 そして理想を言うならもう一つ、『確かな技術』も本当なら必要となってくる。だからこそイジりは芸人の専門技術なのである。ただこれに関しては「あった方がいい」というレベルで、重要度で言えば愛と信頼の方が上と言える。
 ちなみに愛も信頼もなく技術のみでそれを実行する場合、それは「イジり」というよりは「風刺」に近くなる。ただどちらにせよ専門技術であることに変わりはない。

 愛も信頼も目に見えるものではないため見極めるのは難しいかも知れないが、芸人は基本この2つと技術を備えた上でイジりを実行している。


 そして『愛』『信頼』『技術』、この3つが少なくなればなるほど「イジメ」に近づいていく。
 日頃サンリオキャラクターのツイッターを荒らしている連中、ありゃ当然イジメである。愛も信頼も技術も足りていない。
 だから目に見えないものであるがゆえに愛や信頼や技術をおろそかにし、形だけ芸人を真似てイジりを行えているつもりでいる魑魅魍魎達はその残念さを自覚しなければいけない。プロの技をナメちゃいけねえ。



 これが「イジり」と「イジメ」の違いである。一見ザ・たっちくらい見分けが難しいように見えても、本質は土佐兄弟くらい違うのだ(イジり)。


 ところでサンリオに対する最もよく聞くイジりで「キティちゃんは仕事を選ばない」がある。実際は深い理由があるゆえ、キティちゃんファンの人の中にはこの言葉自体に嫌悪感を感じる人もいるかも知れない。
 ただこの一言を取っても愛と信頼がある上で言うのと、それがない上で言うのでは聞こえ方が全然違ってくる。多くの人は特に悪意なく言っているので特に怒るようなことでもないとは思う。ただ悪意のあるないは何となくニュアンスで伝わるものなので、まあまあの悪意が伝わるような場合は怒るのも仕方がないだろう。
 まあ愛も信頼もないが逆に悪意もない「無感情」パターンというのもあるのが人間の複雑なところだが。


 何にせよより多くの人にサンリオの魅力を知ってほしいと思っている僕にとって、サンリオに対する「イジり」に関しては、ファンはできるだけ寛容になってほしいと思うのである。


 まあこの間芸人にクロミ様のことイジられてブチ切れましたけどね。



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