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20240116 テッサではなかった

「いいか、よく聞け」と彼は話し始めた。

▼「たとえばさ、太陽の塔が10体目の前に立ってたらもうおもしろいだろ?」
「太陽の塔?」
「太陽の塔」
「岡本太郎の?」
「そう、あの太陽の塔がさ、舞台上に10体立ってるとするじゃん」
「…はぁ」
「もうおもしろいだろ!?」
「……」

彼以外のみんなは言葉を発することもなく、黙っている。
興奮した様子で、彼は話をつづける。

▼「だから君たちは、自身のことを太陽の塔だと観念してほしい」
「観念って、」
「屹立してろ」
「きつりつ?」
「舞台の上で屹立していろ!」

何言ってんだお前、という言葉を呑み込みながら、なおもみんな黙って話を聞いている。

▼「もうね、舞台上に俳優が突っ立ってたって何もおもしろくないんだよ。なぜなら人間だから!!人間なんかそこらに溢れているし、普段から見慣れているし、そんなつまんないものを舞台でまで見たくなんかない!」
「またそんな極端な、」
「でも舞台上に突っ立っているのが太陽の塔だとしたらさ、それはもうおもしろいんだよ。」
「でかいから?」
「でかいし、あれ意味わかんないじゃん」
「デザインが?」
「単にデザインっていうよりも存在感とかさ、あんなものをつくろうと思った人間たちの訳わかんないエネルギーとかさ、」
「ああ…」
「高度経済成長に浮かれて炸裂しちゃってるんだよ、日本古来の情念とかそういうものまで含めてさあ!」
「はあ…」

▼「俳優だってそうだよ。舞台の上に立つんだろ?しゃらくせえ言葉で言えば”板の上”に立つんだろ?なら炸裂してなきゃだめだよ!!」
「炸裂ったって」
「とある劇作家は言いましたよ。『俳優は考えるコマである』と。」
「平田オリザさんじゃん」
「ちがいますよ、と。」
「は?」
「俳優は屹立する太陽の塔なのです!!」

(もはや考えてすらいないじゃん)
(っていうかそれはモニュメントなのでは)
(この期に及んで岡本太郎に当てられたか…)
と、彼らは思う。思うがしかし口には出さない。

「…っていうことはさ、」と、すこしの間の後、Mがしずかに口を開いた。
「俺たち俳優は太陽の塔であり、フグってことだな?」
「…フグ?」
「岡本太郎は『自分の中に毒を持て』って言ってるからな。俺本読んだぞ」

「ああ…」とみな虚空を見つめて、何をか考えていた。

▼「じゃあまあ、テッサってことなのかな?」
「…フグ刺し?」
「フグといえば」
「白くて薄いやつ」
「ああ、食べたことないけど…」
「俺は食ったことがある。あれはうまい」
自信に満ちた表情でMは言った。

「でも毒があるのは肝だろ」
「ああ…」

テッサではなかった。みんなぼんやりと黙ってしまった。

そんなこんなで太陽の塔になるべく、私たちは走り出した。

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かえるのおたま

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