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在日ロシア大使館の日本語投稿に見られるウクライナ関連プロパガンダ要素の説明

ウクライナ周辺(国境沿いや被占領下クリミア・ドンバス)におけるロシア軍集結により国際社会における緊張が続く中、在日ロシア連邦大使館が日本語によるロシアの立場の情報発信を活発化している。9日にも、マリヤ・ザハロヴァ・ロシア外務報道官の記者会見のウクライナ情勢に関する発表が当日の内に日本語に全訳された上で投稿されている。特筆すべきはそれら投稿の日本語の質の向上であり、今回の投稿も、以前私がnoteで紹介したロシア大使館の日本語投稿(参照:「在日ロシア大使館の日経新聞非難コメント」)よりはるかに読みやすくなっており、同大使館の日本語能力の日進月歩には目を見張るものがある。

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同時に、発表が読みやすくなった分、今回のロシア大使館の投稿は、奇しくも2014年以降に同国がウクライナ情勢について拡散してきた、問題ある主張・プロパガンダ・偽情報を分析する上での非常に便利な対象となっている。2021年12月現在、ロシアによるウクライナへの再侵攻の可能性が報じられる中、今回、2014年から続くロシア・ウクライナ武力紛争を改めて考える上での一助とすべく、ロシア大使館の投稿を材料に、現在の情勢理解のために重要な点を指摘しようと思う。

■「NATO諸国は内戦状態にあるウクライナに武器を供与して支援を行い、ウクライナ政府はドンバスの接触ラインで軍隊を増強しています。」

2014年以降、ロシアはウクライナ南部クリミアを武力を用いて占領し、更にウクライナ東部ドンバス地方に正規・非正規の武力を投入していることが様々な形で明らかになっていることから、国際社会の大半は、ウクライナ東部の情勢を「内戦」とは形容しない。例えば、日本を含むG7は、2021年3月の外相声明にて「ロシアはウクライナ東部における紛争の当事者であり、仲介者ではない」とする立場を表明している。つまり、ウクライナ東部で起きていることは内戦ではなく、「ロシアとウクライナの間の紛争」だという意味である。
これに対して、ロシア連邦やロシアの主張を支持する人々等は、ロシアが紛争の当事者でないという主張を強調するために、現状を「内戦」と表現することを好む。

■「ドローンの使用も続いています。」

ウクライナ軍がトルコから購入した攻撃型無人機バイラクタルを10月末に使用されたのは事実であり、ロシアはその際榴弾砲を破壊されたことに相当苛立っているようである。同時に、ウクライナ側は、武装集団がロシア製無人機(最近は特に「オルランー10」)を頻繁に使用していることを報告している。武装集団がロシア製無人機を所有していること自体が、この紛争の根底に横たわる問題を示すものではないだろうか。

■「欧州連合はウクライナを軍事化する動きに加わりました。去る12月2日、EU理事会はウクライナ軍への軍事技術支援のために3100万ユーロを拠出することを決定したのです。この決定は決してドンバスに平和をもたらすものではありません。」

これは、12月2日のEU理事会によるウクライナ軍防衛能力強化のための支援のことである。ただし、EU発表を見ると、軍の医療班、野外病院、エンジニアリング、機動・ロジスティック、サイバー分野の支援となっており、これをもって「軍事化する動きに加わった」「ドンバスに平和をもたらすものではない」と主張するのは、不適切だろう。

■「平和解決のための交渉は事実上行き詰まりを見せています。12月7日から8日にかけて行われたコンタクト・グループおよびその作業グループとの定例会議は、今回もまた成果なく終わりました。」

ウクライナ側は、12月7〜9日の三者コンタクト・グループ会合にて、停戦、コンタクト・ライン上の通過検問地点の開通、被拘束者相互交換を提案したが、ロシア側が拒否したと発表している。なお、フランスのマクロン大統領は、最近のウクライナのゼレンシキー大統領との電話会談で、このウクライナの提案を支持することを表明したことがわかっている

なお、ところで、ロシア大使館の投稿に出てくる「コンタクト・グループ」の正式名称は「三者コンタクト・グループ」である。この「三者」とは、ロシア・ウクライナ・欧州安全保障協力機構(OSCE)を意味する。ロシアの声明をよく読むと、同国はこの「三者」を常に省略しているのだが、これは自身がこの紛争の当事者でないと主張するにはこの「三者」という表現が不都合だからであろう。

■「しかし言っておきますが、ロシアはあくまで和平プロセスの仲裁役なのです。」

繰り返しとなるが、国際社会の大半にとって「ロシアはウクライナ東部における紛争の当事者であり、仲介者ではない」(G7外相声明)。
なお、ミンスク諸合意は、2014年9月に署名された「ミンスク議定書」と「ミンスク覚書」、及び2015年2月に署名された「ミンスク両合意履行のための方策パッケージ」から構成され、これら全てにロシアは署名しており、また全ての合意が現在まで全て有効である。しかし、署名後、ロシアは「ロシアは仲介者だから」と主張し、合意文書に記載されている明らかにロシアによる履行が想定されている義務を履行しようとしていない。このことによって生じているロシアと国際社会(ウクライナ、G7、OSCE等)の間の見解の相違(ロシアはウクライナ東部紛争の当事者か仲介者か?ロシアにミンスク諸合意履行の義務があるかないか?)が、ミンスク諸合意の履行が前進しない根本的な原因となっている(この点を詳しく学びたい方には、合六強『長期化するウクライナ危機と米欧の対応』を読むことをおすすめしたい(リンク先でダウンロード可。前述の問題点を整理した日本語で読める現時点で唯一の論文である。)

■「こうした動きは、ひとつにはウクライナ国民の関心を内政問題からそらすことを目的としています。ウクライナではシャドーエコノミーが占めるレベルが依然として高く、同国政府のデータによるとGDPの31%にまで上昇しています。人口の大幅な減少も認められます。国連専門家の試算によれば、2050年までにウクライナの人口は3500万人にまで減少するということです。」

妙な論理である。シャドーエコノミーが大きいのは事実だが、以前は40%程度あったものが、31%まで下がっている。ウクライナ政府は、むしろ嫌がる国民から税を徴収するためにシャドーエコノミーの割合を下げる努力をしているのである。ウクライナ人口の大幅減少に関しては、悲しいかな、そのような予測は存在する(なお、日本もロシア連邦も同じく急速な人口減少の問題を抱えている)。その中で、ウクライナがロシアにミンスク諸合意を履行せよと主張することの目的が、これらの内政(?)問題から目を逸らすための動き、というのは、関連性と根拠に欠け、あまり説得力がないように思うがどうか。

■「500万点もの未登録銃器が流通しているというウクライナ検察庁による情報も、ナショナリズムの動きが横行する中、不安を掻き立てます。」

確かに、ウクライナ検事総局は、登録武器は100万強に対して、未登録武器は300万から500万出回っていると発表している。それ自体が懸念されることは確かであるが、ただし、そこに「ナショナリズムの動きが横行」と根拠のない一文を付け足すのは印象操作だろう。

■「2022年に外国軍隊のウクライナ領土内への入国を認める法案について言及しました。この法案は外国軍のウクライナ領土からの撤退を定めた『措置パッケージ』パラグラフ10に矛盾します。」

これは少し興味深い論点である。ミンスク諸合意には、確かに外国軍部隊のウクライナ領からの撤退・違法集団の武装解除という条項がある。具体的には、OSCEの監視の下での外国軍部隊、兵器、傭兵のウクライナ領からの撤退、及び全ての違法集団の武装解除を定める内容である(議定書10条、覚書9条、方策パッケージ10条)。これは本来は、ウクライナ東部の戦闘地域に駐留し続けているとみられるロシア軍部隊や傭兵、違法武装集団「DPR/LPR」を念頭に置いた合意項目なのだが、しかし、この項目を文言のままに忠実に従い、拡大解釈することで、ウクライナ軍の支援や演習のために他地域に入ってきている外国軍の軍人(例えば、ウクライナ軍人指導のためにウクライナに滞在するカナダのUNIFERミッション)や例年行われている軍事演習参加のために入国する各国軍人、さらには一時的被占領下ウクライナ領クリミアに駐留するロシア軍も該当するとみなすことも理論的にはできなくはない。しかし、そのような拡大解釈を認めれば、この合意項目の履行は格段に複雑となり、本来の目的である東部紛争地域での外国軍撤退・違法集団の武装解除の履行は非現実的となる。同項目を本来のミンスク諸合意の精神に適った解釈で履行するために、何らかの段階でその項目が東部の紛争地域に限定したものであることを付記することも理論的には考えられなくはないが、現実にはそのような追加合意が宇露間でまとまることは考えがたい。

■「12月2日、ウクライナのゼレンスキー大統領は『ウクライナ市民権に関する法律』を改正する法案をウクライナ最高会議に提出しました。改正法案によれば、ロシア市民権を持つウクライナ人に対しては罰金や自由の制限が課されることになります。」

ウクライナ政権は、確かに二重国籍取得を可能とする法案の採択を目指しているが、法案を提出したゼレンシキー大統領は、戦争状態にあるロシア連邦との間での二重国籍導入には慎重な姿勢を示している

またこの問題の前提として、理解しておかなければいけないのは、ロシアがクリミアやドンバス一部被占領地に暮らすウクライナ国籍の住民に対して、ロシア国籍を付与し続けているという問題である。ロシアが現在進行中の紛争の中で占領地住民に一方的に国籍を付与しながら、新たに作り出した「自国民の保護」と取れる主張をすることは、それこそこの紛争の解決に役立つものではないだろう(なお、EUは、ロシアによる同地ウクライナ国民への露国籍付与に繰り返し懸念・非難を表明している)。なお、指摘のある「罰金や自由の制限」については、その法案を読み、採択に向けた議論を分析する必要があるが、そもそも二重国籍問題で、特定の国の国籍を所有することで罰金刑や自由の制限などという罰則が採用し得るのだろうか。詳しい方がいたら教えて欲しい。

■「ウクライナのパトロンである西側諸国は『措置パッケージ』の不履行を隠匿、奨励し、ウクライナ政府のドンバス住民に対する破壊的政策を正当化し続けています。また大規模な人権違反やネオナチ傾向の盛り上がりにも目をつぶり続けています。」

西側諸国は、全ての当事者(ウクライナとロシア+武装集団)がミンスク諸合意を履行することが紛争の解決に重要だと主張し続けている。ウクライナは一定の履行をしているが()、ロシアは前述の通り「紛争の当事者ではない」からとして自らの署名したミンスク諸合意を一切履行しなくても良いと主張している。

また、ヴォロディーミル・ゼレンシキーというユダヤ系の人物を大統領に選出したウクライナにて、ロシアの指摘する「ネオナチ傾向」が一体どこに見られるのだろうか(なお、ゼレンシキーの言動を批判するウクライナ国民は多いが、彼がユダヤ系であることを揶揄するようなものは少なくとも私は一度も見たことがない)。もちろん、極右的な政治志向を有す人はウクライナでも観察されるが、例えばフランスやドイツと異なり、極右政党は現在ウクライナ最高会議(国会)にて議席を得ておらず、極右勢力がウクライナ社会で広範な支持を得ているとは言い難い。また、キーウやハルキウなどの大型都市でLGBT+関連のイベントが開かれると決まって極右系市民が並行して反対運動を開催するが、それらイベントは治安機関が保護・分断することで過去数年は無事に開催されている。
2014年当時は日本でもしばしば引用されていたが、このロシアが好む「ウクライナのネオナチ傾向」というフレーズは、ロシアが2014年のクリミア占領・ドンバス不安定化の最中に、当時のウクライナ政権のイメージ悪化と自らの対ウクライナ侵略の正当化のために好んで拡散した、実態と隔離した、典型的な偽情報要素である。

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