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平野啓一郎|小説『マチネの終わりに』後編

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平野啓一郎のロングセラー恋愛小説『マチネの終わりに』全編公開!たった三度出会った人が、誰よりも深く愛した人だった―― 天才ギタリスト・蒔野聡史、国際ジャーナリスト・小峰洋子。四十… もっと読む
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『マチネの終わりに』第六章(66)

 自分はそして、いつまで、このバグダッドでの生活に適応してしまったままのからだを生き続け…

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『マチネの終わりに』第六章(67)

 伊王島のホテルまで車で行く道すがら、洋子の母は、運転しながら唐突にこう言った。 「リチ…

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『マチネの終わりに』第六章(68)

 必ずしも返事は期待していなかった。ただ、自分の人生を前に進めるためには、そうした手続き…

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『マチネの終わりに』第六章(69)

「いいの、今更どうこう言うつもりはないの。ただ、お母さんとそんな約束をしておきながら、出…

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『マチネの終わりに』第六章(70)

 洋子は、首を横に振って苦笑すると、母の目を見つめた。そして、 「わかってるから。――あ…

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『マチネの終わりに』第六章(71)

 最後のメールを読み返して、彼女の心が、既に自分からは離れてしまっているのを感じた。  …

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『マチネの終わりに』第六章(72)

 長崎に彼女に会いに行くことも一度ならず考えた。実家の場所まではわからなかったが、宿泊予定のリゾートホテルで待っていれば、会うことも可能かもしれない。そこからメールでもう一度連絡を取れば。――しかし蒔野は、そこまでのことはしたくないというより、洋子に対して、そこまでのことを自分にさせてほしくないという、複雑な思いを抱いていた。妙な考えだったが、自分が惨めになるだけでなく、彼女の人品をも幾分貶めてしまうような苦痛を感じた。  それでも彼は、散々思い迷った挙げ句、洋子が東京に戻

『マチネの終わりに』第六章(73)/第七章(1)

 二週間経ったある日の午後、蒔野の許には、洋子から一通のメールが届いた。極短い文面で、リ…

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『マチネの終わりに』第七章(2)

 テレビやラジオでは、時折姿を見かけることがあり、特に重病を患っているということでもなさ…

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『マチネの終わりに』第七章(3)

 五人の審査員中、蒔野は最年少で、必ずしも発言が多かったわけではなかったが、彼のその指摘…

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『マチネの終わりに』第七章(4)

「それで、何の香水なんだって彼女を振り返って、ふと前を向いたらさ、目の前をおじさんが一人…

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『マチネの終わりに』第七章(5)

「ううん、コンクール会場にいたよ。空港から直行して、荷物があったから、終わって一旦ホテル…

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『マチネの終わりに』第七章(6)

「三谷さんでいいよ。結婚してからも、仕事は蒔野じゃなくて三谷でしてるから。今回は、家で留…

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『マチネの終わりに』第七章(7)

「想像するだけでも辛そうだね。痩せた?」 「かなりね。それで、口の中はともかく、手足は、しばらくすると皮が剥けて来るんだよ。今のこの手も、その時に全部、新しくなった皮なんだけど、問題は、爪まで剥げちゃうんだよ。」 「えっ、……」 「付け根のところが浮いてきて、先端に向かってちょっとずつ。それが色んなところに引っかかって痛いから、爪切りでその浮いた付け根の方から切っていって、最後はぺりっと全部。」  武知は飛び上がりそうな顔をした。 「どれくらいで生え変わるの、爪って