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コンロ

身の丈にあった、新築だった。階段は途中でくるりと回っていて、その踊り場の真下にはトイレがあった。予算の関係で台所は選べず、一番安いキッチンセットになったが、それでもお母さんにとっては宝物だ。家賃2万円の、間借りに等しいオンボロアパートでは、ゴキブリやネズミがよく出た。それに比べれば新しい家はとっても立派だ。

お母さんは仕事を遅くまでして、その後必ずご飯を作る。おかずは何品もあって、必ず煮物が入っている。
「どんなに貧しくても、りんごがあれば幸せ。」
お母さんの口癖だ。お母さんはゴム手袋をして、コンロを毎日磨いた。

「わたしはね、遊ぶ暇なんてありませんでしたよ。
そんな暇もお金も、余裕もいつだってあったこと、ありませんでしたよ。」

お母さんはそう言うと、すんとした顔をして、コンロの火をつけた。網を置いて、封の開いた焼きのりを出してきて、網の上で海苔を炙った。両面炙ったらごま油を塗って、塩をふった。そのようにして何枚も何枚も、海苔を炙った。
わたしは怒られたみたいになった。

海苔がなくなると、おかあさんはそこに左手をかざした。
そうして、網の上に置いて、今度は自分の手の平を炙り始めた。

わたしはお母さんの手を両手で掴んで、必死で火から外そうとした。
両手で引っ張っても、ものすごい力で、お母さんは左手をあみに押し付けて離さない。何食わぬ顔をして、手を炙っている。ずっとそのまま、焦げ目がつくまで楽しそうにしていた。制服の袖口が、コンロの火に当たって少し溶けた。

「お母さんなんて嫌いだ」
「全部お母さんが好きで背負ってきたんでしょ」

と言ったらお母さんは泣いた。
台所の、小さなコンロの前で、お母さんは、初めて泣いた。



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