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散歩にまつわる幾つかの出来事〜桜編①

散歩にまつわる幾つかの出来事〜桜編①

ある日、静かな森を案内してくれる友人に会いたくなって、いつもの場所で待ち合わせをした。

散歩を一緒に始めてから、初めての雨模様。
彼女に会う時はいつも決まってよく晴れた。

今日も晴れの予報だったから、やっぱりな、とちょっとどこか優越感のようなものを感じながら、家のドアをでると、なんと止む気配のない雨が降っていた

桜が見たかったのだ
青空の下で。

いつも彼女が作ってくれるお弁当をたべながら。

でも不思議と思ったほど気落ちはしなかった。
いつものように電車に乗って、彼女の待つ駅で降りた。

傘はささなかった。
彼女の好きなグミを渡すといつものように喜んでくれた。

友人との散歩の日はいつもノーアイディアだ。ただ車に乗せてもらって、彼女がおもいつく場所につれていってもらう。

もしかしたら、山歩きよりもそれにひかれているのかも。いや、その先の森があるから、、にちがいはなかった。

そのあと、があるから。

今日はどこに連れてってもらえるのか。

雨だね

普通に会話しながら
彼女は車を走らせた。

最初は何度か訪れた小川のほとりだった。

ここの川床には地下に村があって、お祭りをしているよ、今お神輿が通った、クライマックスだ、、あっ扉が閉じちゃったね。お祭り終わったみたいだ。

嘘かほんとか、自分でも半信半疑のまま、ただ口をついて出る話を、彼女が、目を丸くして喜んで聞いてくれた場所だった。

前に来た時は河岸に細長い黒い羽をつけたウスバカゲロウみたいな糸トンボが行ったり来たりしていて、不思議な話がよく似合う“この世の隙間“みたいな場所をうまく演出してくれていた。

でも、今日は違った。

小雨が降っていた。ここでお弁当を食べるには、あまり気乗りのしない重い空気を2人で同時に感じた。

初老の男性3人が、河岸の桜を撮りに集まってきた。

いれ違うように、私たちはその場から移動した。

ダム公園行ったことある?
聞き覚えのない名前に私は首を横に振った。
そこから、急な眠気に襲われて、私は深い眠りに落ちた。

ここはやっぱり来たことない?
彼女の言葉で目が覚めた。

森というには、人の手が入った小綺麗な公園だった。

けれども、

車を止めて、ほんの二、三歩歩いたところから眺めた風景に私は思わず息を呑んだ。

深い緑色のダム湖が、霞がかった林の向こうに見えた。首の長い鳥が音一つ立てずに湖面から奥の林に飛び去っていった。
その日のその天気でないと、はまらないピースがしっくりはまった、、2人は同時に確信した。

小雨のこの場所が好きでね。

彼女は屋根のついたあずまやに迷うことなく案内してくれた。

眼下にダム湖が見下ろせる完璧な場所だった。
深く息を吐いた。同時に2人でその場の一部になった。

ホーリーバジルのお茶を持ってきたのを思い出して彼女に勧めると、この場所の香りがすると、しみじみと、お茶を楽しんでくれた。

今日の彼女のお弁当は、卵の薄焼き帽子をかぶったニラと海老のまぜごはんだった。お弁当はいつも二つ。つまり私の分も。

作ってあげた、でも作ってもらう、でもない
とても素敵な間合い。これがたのしみだった。2人にとって最も幸せな間合い、距離感なのだ。2人の幸福が出会う場所。一緒に食べるお弁当の時間。

“自分だけが感じているこのニュアンスを何で表現したいかわからない“
そういう彼女は、

まあるく包まれるような味がする。そんな私の胃袋が発する感動のバイブレーションを感じると、彼女の中の表現との葛藤が一時収まるようだった。

綺麗に澄んだ湖面が霧の中から現れ始めた。
雨が止んだのだ。

お腹も気持ちも満ちていた。

今日の雨は、この場所に2人を案内するために降ったんだね。

さっきまでと打って変わって、突き抜けるような春の青空に映える桜の下を歩きながら、2人で頷き合った。

これ以上ない幸せだった。
なのに、私は彼女を緊張させるだろう提案を胸に控えていた。

次回、友人を前に案内してくれた山道に誘ってもいい?

喜んで。彼女は少し緊張しながら、やさしく笑った。二つのお弁当の間合いは?不思議な流れに従うスリルは?

2人で十分だったのに、私の提案はどこから、わいてくるのだろう。

これも含めての葛藤を私は森にときに来ている。
次回の森はどんなだろう、、、

なんとなくざわざわとした気持ちになぜだか、その日の桜がしっくりと焼きついた。

つづく。

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