童話『眠れぬハンス』

昔、あるところに眠れない男がいました。
彼の名前はハンス。

ハンスは、生まれてこのかた、眠ったことがありません。眠くならないのです。
村の人たちが気持よさそうに眠っているのを見たり、昨日の晩に見た夢の話を聞くたびに、ハンスはうらやましく思いました。

「眠るって、どんな気持ちなんだろう。
 夢の中って、どんなところなんだろう」

ハンスは、目を閉じてみましたが、眠れません。
いっぱい働けば、つかれて眠れるのではないかと、朝から晩まで働いてみましたが、眠れません。
みんなが眠ったあとも働きましたが、眠れません。

ハンスは、せっかく起きているのだからと、もっと働きました。
堤防を作ったり、畑を耕したり、山にヤギの乳しぼりに行ったり。
ハンスのおかげで、洪水はなくなり、麦はたくさん実り、チーズも作ることができるようになりました。

村の人たちは、ハンスに感謝しました。
でも、ハンスは眠れません。

あるとき、村の人が、よく効くというカンポー薬を持ってきてくれました。
ハンスは、今度こそ眠れるとよろこんで、カンポー薬を飲みました。
カンポー薬は体によく効いたのですが、つかれがとれてしまい、ハンスはもっと眠れなくなってしまいました。
ハンスが眠ることにワクワクしてしまったのも、良くなかったのかもしれません。

「ぼくは、一生、眠れないんだ……」

ハンスは悲しくなって、とうとう泣いてしまいました。
そこに、ひとりの女の子が来て言いました。

「今夜……これを持って灯台に行きなさい」

女の子は、ハンスに小麦をひとにぎりくれました。ハンスは、なんだかよくわからなかったけれど、女の子がくれた小麦をポッケに入れて、灯台に向かいました。

ハンスは灯台で、ずっと海を見つめていました。
日がくれ、月がのぼり、真夜中になっても、何も起こりません。
もちろん、眠くなりません。

「あの女の子にからかわれてしまったのだろうか」

ハンスが帰ろうとしたとき、大きな流れ星が夜空を走り、ドボン!
海に落ちました。

ふしぎなことに、流れ星は海の中で光りつづけています。

「あの星をつかまえなくちゃ……!」

ハンスは海に飛び込み、流れ星に向かって泳ぎはじめました。
ところが、ハンスがどれだけ泳いでも、とどきません。流れ星はどんどん遠くに行ってしまうのです。
とうとうハンスは力つき、泳げなくなって、海に沈みはじめました。

「ああ、ぼくは眠ることなく死んでしまうのか」

暗い海の底で、ハンスが目を閉じたとき、ポケットの中からこぼれた小麦が水の中に広がりました。
小麦はあっと言う間にふくらんで食パンになると、ハンスの体を包みこみました。
巨大な食パンは、プカーッと浮かび上がります。

そこに、ぐうぜん漁船が通りかかりました。
漁師たちは、海の中から巨大な食パンが飛び出してきたので、おどろいて腰をぬかしました。
漁師たちが食パンを引き上げて、切ってみると、中からハンスが出てきました。

「おい、にいちゃん、だいじょうぶか?」

漁師の問いかけに、ハンスはわれに返ります。

「あ、ぼく、助かったのか……! おじさんたちが食パンを切って、ぼくを中から出してくれたんですね! ありがとうございます」

「食パン? どこにそんなもんがあるんだ?」

ハンスは見回しましたが、漁船の上に食パンはありません。

「ははは、この兄ちゃん、寝ぼけてやがる」

「えっ? じゃあ、今のは……」

「きっと、夢でも見たんだろうよ」

漁師たちは腹をかかえて大笑いしました。
ハンスもいっしょに笑いました。

(おしまい)



※おしらせ
このお話の著作権は筆者にありますが、自由に「読み聞かせ」などに使用していただいてかまいません。商用目的以外での動画などにも使用していただいてかまいません。ひとこえおかけいただければ、なお嬉しいです。

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