見出し画像

生きていくことのそばにいてくれるようなカメラを探して

新しいカメラを買った。
10年くらい前に買ったキャノンのコンデジ以来のカメラだ。
それはもう売ってしまって手元にない。
OLYMPUS PEN Lite E-PL3も手放した。
手元にあるのは、もうかれこれ12年以上使い続けているEOS Kiss X3だけ。ちっとも故障しないし不具合も起きず、いまだに現役だ。1年に1度、友達の結婚記念日に家族写真を撮るという約束を、このカメラで守り続けている。
高いカメラは自分には必要なかった。フルサイズじゃなくても、このEOS Kissを買った当初は、どこへ行くにも肩にかけていた。とにかく嬉しかったのだ。
KissシリーズのCMで流れていた「キス キス キス キス キス キス キス 頭の先からキスの雨」というTHE HIGH-LOWSの「オレメカ」を、カメラを持って出かけるとよく口ずさんでいた。
同時期に青柳圭介さんの「東京、オーロラ」という10年にも及ぶ写真日記のウェブサイトに出会ったこともあって、カメラは僕の生活になくてはならないものだった。
当時のiPhoneは3GS。手の中に収まるほどコンパクトではあったけれど、カメラ機能は今とは比べ物にならないほどしょぼかった。
今みたいにTwitterやInstagramもなくて、撮った写真をすぐに人に見てもらう術はネット上には少なく、そして狭かった。

EOS Kissを買った当時、確か2010年くらいだと思けれど、僕にはお金が6万円しかなかった。財布に、じゃない。銀行にもポケットにも引き出しにも、僕が持っている全てのお金を合わせて、6万円しかなかった。
それでも6万円近いカメラを買ってしまったのは、欲しかったから、それ以外にない。
大学を卒業して、編集プロダクションで働かせてもらいながら、夜はココイチでバイトをして小説家になろうとしていた。将来、結婚するかもしれないと思っていた人に「君はもっと苦労したほうがいい」と思い切り振られて、それで、どうにか人生を変えたかったのだと思う。

初めて触れた本格的なカメラは、祖父が残してくれたCannon AE-1というフィルムの一眼レフだ。
受け継いだ時は使い方も分からなくてそんなに心を動かされなかったのを覚えている。
でも、ドラマ版「六番目の小夜子」で山田孝之演じる関根秋が写真部で一眼レフを持つ姿に強烈に惹かれたのをきっかけに、祖父のAE-1を引っ張り出した。
調べてみたらAE-1の発売は1976年と、僕の生まれる12年も前だった。
望遠レンズしか残っていなかったので、単焦点レンズを近所のカメラ屋に探してもらったり、高校の先生が使っていないレンズを譲ってくれたりして機材は揃っていき、使い方は図書館で借りた本で覚えていった。

写真家やカメラマンになりたいと思った時期もある。
就活ではフォトスタジオにも履歴書を持っていった。
小説でもよくカメラや写真を題材にした。
文フリでも頒布した小説『透明なひと』の主人公の青年も大学で写真を専攻していた設定だ。

ただ、スマホが僕をカメラから遠ざけた。
軽いし便利だし、すぐにSNSに投稿できる。加工もできる。現像して残しておかなくてもいい。
すっかりカメラなんて持たなくなって、スマホでフィルムの残りも気にせずに撮りまくり、気づいたら景色なんて撮らないで食べ物の写真ばっかりSNSにアップしていた。
別にそれが悪いことだとは言えないのだけれど、ここへきて、なぜか急に物足りなさを覚えてしまったのだ。
自分が見た景色や、出会ったひと、その瞬間のことを、スマホで撮ってSNSにアップする。それは果たして本当に保存できていると言えるのだろうか。
いや、むしろ現像して「写真」として残しておくよりもデータの方が確実かもしれない。でも目的が、自分が写真を撮る目的が、何だか写真を撮るということと釣り合っていない気がした。
分かりにくいこと言ってる。
ちょっと言い直してみる。
「SNSに投稿しようと思って写真を撮ることは、果たして自分にとって写真を撮るという行為と釣り合っているだろうか」
こんな感じだろうか。
何でこんなことを思ったのかというと、ある時、自分が結婚をしてからの日々がほぼスマホの中にしかないと気づいたからだ。
10年後の自分の手のひらにあるそのデバイスに、婚姻届を出してから10分も経たない内に撮った二人の写真は、果たして残ってくれているだろうか。
もちろん大容量のメモリに移しておくことも可能だけれど、将来、そのメモリからデータを読み取り、画像を表示してくれる機会が存続してくれているのか。
僕らが生きる今日を、そして今日が過ぎたら二度と撮ることのできない今日の景色は、スマホに記録しているようで、本当はただ紙切れのようにくしゃっと丸めてポイと投げているに過ぎないのじゃないか。
そう思うと不安になって、気づいたら、カメラを探していた。
スナップを撮りたい。
生きていること、一緒に生きている人のこと、出会う人のこと、通り過ぎる街を、ある程度の未来まで持っていきたい。

探したのは、とびきり軽くて、性能なんて二の次で、そもそも残すということにも重きを置かず、ただただ自分が生きていくことのそばにいてくれるようなカメラ。
長く使いたかったからまずは新品から探してみた。
でもすぐ諦めた。
高い。
手が出ない。
いいカメラなのはわかる。
GRやPower Shot、欲しい、でも高い。中古でも、高い。でもそれほどにいいカメラなんだろうと、仕事の行き帰りや寝る前の布団の中で検索しながら、ため息ばかりついていた。
でも、確かにな、10万を超えるカメラを、10年使うと思えばいいのかもな、なんて半ば強引に納得しようとしていた。
その矢先、写真家の森山大道さんについて書かれた記事を見つけた。
あまり大きい声じゃ言えないけれど、仕事中に、ちょっとした息抜きのつもりで、安価なスナップカメラを検索していた時のことだ。
Nikon Coolpix S7000を片手にスナップを撮っているとあった。
これは衝撃だった。普通に一般の人が使いそうなコンデジじゃないかと!
そうか、スナップを撮るのに、高い機材はいらないのかぁ。
ということでNikon Coolpix S7000を中古で探し、そこからまたさらに何階層か深く検索してみて、ようやく見つけた。

OLYMPUS STYLUS SH-1
中古。価格は2万円を切っていた。
迷わず買った。ネットで、現物を確認できない怖さはあったけれど、気持ちはあの時と同じだった。そう、6万円しか持っていなかった時と。

今日、届いた。
手のひらに収まったその感触に、思わず震えた。
OLYMPUSのウェブサイトを見たら、発売は2014年4月とあった。
2014年なんて何してただろう。
9年前。26歳。「笑っていいとも!」が終わり、日本エレキテル連合が流行り、SEKAI NO OWARIがDragon Nightを歌っていた。

さて、カメラよ。
明日から、ともに生きてもらおうか。
大事にはしたいけれど、遠慮はせずに使いたい。

誰かが使って大切に残してくれていたからこそ


最後に、好きな写真集を紹介させてね。

青柳圭介『東京、オーロラ』

2000年にウェブ上でスタートした写真家・青柳圭介さんの写真日記。
2010年当初、僕はこの写真集に出会い、サイトで約10年分の日記を遡ることで、生きる力を得た。

中村泰介『妻を撮ること』

2009年3月27日、ハイフォトアワード2009が開催され、応募総数432点の中から選ばれたハイフォトアワード2009 準グランプリ受賞作品の写真集。
奥さんのお父さんがなぜ自分との結婚を許したのか、それを綴った文章が印象的だった。

森友治『ダカフェ日記』

とある家族の日常。犬に囲まれ、家具や道具を愛し、子どもは育ち、奥さんと森さんも生きていく。ウェブサイトは長らく更新されていないが、Instagramはたまに。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?