レバノンでヒズボラのポケベルが爆発して死者が、9月末の国連総会はどうなるのか
レバノンでヒズボラの通信機器が爆発して9人が死亡、2700人以上が負傷した。イスラエルとイラン・親イラン組織の緊迫が深まる中、9月26日の国連総会では、イスラエルのネタニヤフ首相とパレスチナのアッバス議長が演説をする予定というタイミングだった。ヒズボラへのテロの背景は? 本サイトでパレスチナのインサイドレポートをしてくれている、中東情勢に詳しいジャーナリストの小田切拓氏に聞いた。
平井 いきなり、ヒズボラと言われてもなんのこっちゃとなるので、まずヒズボラについて簡単に説明します。ヒズボラはイスラエル北部と国境を接するレバノンで活動するイスラム教系野党の一つであり、イランの軍事的支援を受け続け、イスラエルの殲滅を方針として掲げている。レバノン政府自体は2006年以来、イスラエルと停戦しています。
で、9月17日にその「ヒズボラ」の通信機器、ビーパーなどと呼ばれていますが、わりとレトロなこの通信機器がレバノン各地で相次いで爆発するという驚きの事態です。子どもも含めて9人が亡くなられて、2750人が負傷したとNHKなども報じています。
自身の持っているスマホが突然遠隔操作かなにかで爆発したようなものです。と言ってもヒズボラはすでにスマホは狙われやすいから、スマホは使わず、シンプルなビーパーと呼ばれるポケベルですよね、これを通信手段に使っていたようです。そこに爆弾が仕込まれて爆発したらしい。かなり手の凝った、まるでスパイ映画のようなテロ工作です。技術的な話はわかりかねるので、さておき、これはイスラエルの関与が濃厚ですね。
イスラエルの関与は
小田切 イスラエル政府は正式に関与を認めていませんが、CNNが、確定的な書きぶりでその関与に言及しましたね。しかしこうなると、長期にわたってヒズボラの内部情報が細部までイスラエルに漏れていたことになるわけですよ。通信機器が使われてましたし、ヒズボラがこれに対応した軍事作戦を行うにしても、直ぐには対応しにくいのではないですかね。
平井 ヒズボラも通信機器というインフラを安心して使えませんからね。いまヒズボラは政治的にはどのような状況にあるのでしょうか。
小田切 あえてイスラエルとしますが、ヒズボラに対し「行くも地獄、戻るも地獄」的な檻に放り込んだつもりではないでしょうか?
昨晩も現地のパレスチナ人とも話したんです。彼は政治的な枠組み、仕掛けについては理解していませんでしたが、通信機器にこれほど大量な仕掛けが施されたことから、「この電話も爆発するかもしれない」と、心配していたりしています。
平井 日本にいても慎重なジャーナリストは電子機器を嫌いますしね。
小田切 惨状を目の当たりにしたレバノン市民は、強い衝撃を持ってこの爆破事件を受けとめたことでしょう。「ヒズボラの巻き添えになりたくない」とレバノン国民に思わせるのも、イスラエルの狙いの一つであるのは確実です。内部からの圧力の形成をも図る。色々と「毒」が盛られています。イスラエル側は、軍事力も行使せず、犠牲者も出さず、低コストで最大限の結果を出した、と考えているでしょう。
平井 恐怖や不信感をレバノン国内にばらまいて、ヒズボラを孤立化させる。今回の爆発でヨルダンにいたイラン大使も爆発で怪我をしたそうですね。イランもイスラエルによるテロ攻撃だと言っています。そもそもイラン大使はなぜ狙われたのでしょうか?
小田切 イスラエルだけではなく、もはやアメリカも、イラン側のグループは敵であり「テロ集団」「テロ組織」という枠組みに固定していますね。
平井 ヒズボラのことですね。ハマスもそのような位置づけではありますが。
イスラム系の戸惑い
小田切 日本を含む西側政府も、国益や個別事情はあっても、あからさまにそのような米国やイスラエルのレッテル貼りを否定できなくなっています。とはいえ、イランにしてもヒズボラにしても、安易に打って出るのは難しい。特に今回は、これらの状況にアメリカが強く関与し始めているからです。イスラエルはそれを盾に、いやアメリカまでも振り回すかのごとく、敵方を挑発している感じです。
平井 そもそもはアメリカと、というよりは、イスラエルとの深い対立ですからね。それに次第に巻き込まれつつあると。
小田切 それも元々は「イスラエルを使って中東を弱体化させる」という、西側政治の意図に自ら乗った部分があったのだと思います。とはいえヒズボラにしてもイランにしても、何もしなければ、対イスラエルで国内的にも、弱腰だと捉えられてしまう。ガザにいるハマスにしたって、イメージとしても実情としても、孤立無援状態になってしまうでしょう。イスラエル側の見立てでは、ガザをこのまま放っておけば、さらにハマスは窮地に陥るということなんだと。パレスチナ復興で資金を出してきた西側諸国の政府や湾岸諸国にしても、この紛争が長期化すれば、より経済的な負担が増すし、イスラエルが出してくる停戦合意の条件のハードルが上がっていく。
平井 イスラエルの戦略通りということですかね。
小田切 これがイスラエルの考えているガザ停戦を絶対的に有利にさせる戦略ではないでしょうか。だからアメリカも、昨日の事態の直前にイスラエルに特使を送り、ブリンケン国務長官をカイロ(エジプト)に向かわせたのでしょう。 イラン陣営を刺激して、中東を泥沼に引きずりこむのも、イスラエルの大きな狙いでしょうけど、今回はそこまでは行かず、ガザ停戦合意とセットで、バランスや相乗効果を考えてヒズボラ攻撃を実行したのではないでしょうかね。
9月26日には国連総会でパレスチナ・イスラエルのトップが演説
平井 しかも9月26日には国連総会でイスラエルのネタニヤフ首相とパレスチナ自治政府のアッバス議長が演説する予定になっています。このタイミングでこの攻撃はどのような影響を与えるでしょうか。
小田切 昨年(2023年)、ネタニヤフは、サウジアラビアとの国交正常化の可能性をアピールし、それが実現する前に10・7が起きました。
平井 ハマスがイスラエルを攻撃した10月7日のガザ蜂起ですね。
小田切 10・7の分析についてはまた別の機会でお伝えしたいと思いますが、今回も対サウジ、アラブ諸国関係や、パレスチナとの「和平」についても、念頭に置いて関係国は秘密裏の交渉はしてきたでしょう。 そもそも10・7はユダヤ教的にも重要なタイミングで起こったんです。暦(こよみ)的に今年は多少時期が後ろ倒しされるようですが、その辺もネタニヤフは意識しているに違いない。
平井 暦的とは?
小田切 ユダヤ教ではこの日に宇宙が創生されたと考えています。
イスラエル国内を抑えるウルトラC
平井 いろいろと対外的な政治戦略を考えているネタニヤフですが、イスラエル国内でどのような状況にあるのですか
小田切 8月末に、ガザで人質6人(アメリカとの二重国籍者1人を含む)の死亡が確認されたこともあり、50万人を超える反政府デモがイスラエル国内で起きました。ネタニヤフはそれを封じ込めて、また自身の汚職疑惑から逃げ続ける必要があります。そのために選挙を先送りにしたい。そうしてネタニヤフと確執のある国防相の更迭を含む内閣改造が計画されているようです。
不思議なのが、ここにきてイスラエルの中道から極右までが、対ガザ、対ヒズボラ対応について奇妙なほど、ほとんど同じ方向性で動いていることです。
平井 どういう動きですか。
小田切 「イスラエル人の団結」が叫ばれているんです。 イスラエル国内の動きを見ているとリベラルな反対派も、ヒズボラへの今回のアプローチは批判しにい性格を有しているんです。そもそもネタニヤフ批判の理由が、主に人質奪還や腐敗、戦時状態の長期化による国内の経済的苦境であったため、避難者も多く出ていたイスラエル北部(対ヒズボラ)戦線が本格化すれば、ネタニヤフ批判どころではなくなります。でも参加者支持する政党や政治家が、「今は非常事態だ」とすれば、なおのことです。
平井 有事は政治の求心力を高めますからね。これからはどうなるのですか?
ガザ停戦はイスラエル有利に
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