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カメラを買ったはなし

 今年の9月からフランスのリヨンに留学する予定だった。人生で初めての一人暮らしを、フランスのリヨンで始めるはずだった。留学することが決まってからのわたしは、週に5日朝6時からコンビニでレジ打ちをし、週4で塾で講師をし、週末には派遣バイトに出かけた。お金をなるべく使わないように飲み会を断った。フランス語の勉強も頑張った。リヨンの街はしっかり頭に入れたし、美味しいレストランを調べてみたりもした。全ては9月から始まる、ワクワクドキドキな、リヨンでの生活のためだった。

 3月の中旬くらいから、留学が中止になるだろうなとは思っていた。仕方のないことだった。こんなに仕方のないことは、人生で初めてだった。夢にまで見たリヨンでの学生生活が、消えた。毎日留学に向かって生きていたから、なんだか全てが減速してしまった。

 そして貯金だけが残った。リヨンでの生活費になるはずだったお金。朝、暗いうちに家を出て、寒いな眠いなきついなと思いながらも、留学のためならと頑張って貯めたお金だけが残った。

 「いつか必要になるときがくるよ」と母に言われた。間違いない。でも、わたしはこのお金で、ドキドキしたり、ワクワクしたりするはずだった。22歳の一年を、フランスで彩るはずだった。

 わたしを引っ張っていた紐がぷつんと切れて、わたしは意図せず「普通の」大学三年生になってしまった。

 始めのうちは「こんなことは滅多にないぞ!」と、たくさん寝たり、眠らないで本を読んでみたり、ドラマを一気見したりと、のぺっと怠惰に過ごしていた。でも、そんな生活を始めて1ヶ月ほど経ったとき、わたしは気づいてしまった。この自粛やウイルスには終わりが設定されていないということに。

この自粛はイベントではないということに。

 一日一日の区切りもよく分からないようなぬるっとした毎日が急に恐ろしくなった。何かしないと、コロナに生活を奪われてしまう。何かしないと!何かしないと!

 洋服を買おうかなと思ったけど、次に街を歩くのがいつになるか分からないからやめた。

 お金を貯めるために今まで敬遠していたUber Eatsで家族にご飯を奢ってみた。その一瞬は楽しいけれど、食べ終わってしまうと何も残らなかった。

 髪の毛を自分で切ってみた。これは楽しかったけれど、切ったその瞬間がピーク。

 料理をしてみた。何人分作ろうとしても必ず8人分くらい出来上がってしまってムカついた。

 なにをしてもなんだか虚しかった。なにをしても次の日には元に戻っていた。(髪の毛は戻らなかったが)わたしが求めていたのはもっとこう、日常のベースが変わるような何かだった。目に見えるもの全てが少しキラキラして見えるような、そんななにかだった。

 そんなとき、友達から「カメラの充電器返して」と連絡がきた。

 わたしはよく友達の一眼を借りて写真を撮っていた。返さなくてはいけないカメラの充電器は、カメラと一緒に借りたものだった(ごめんね)。半年前くらいから何度か借りて、友達の写真を撮ってきた。そうだ、わたしはカメラが好きだった、そうだったそうだった。今まで当たり前のように友達に借りていたけど、自分のを持てばいいじゃない。自分のカメラ、持ちたいじゃない!

 そう思い始めたら我慢ができなくなってしまった。大学の写真部の幹事長に相談し、富士フイルムのX-T30を購入することに決めた。友達に車を出してもらい、新宿のビックカメラで、「本当に買うの!?本当に!?」と騒ぎながら、カメラを買った。こんなに大きな買い物をしたのは生まれて初めてだった。(大金を使うのは少し危ない感じの快感があった)

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 自分のカメラを手に入れると、見るもの全てが被写可能態(こんな言葉があるかは知らない)になった。カメラを持ち歩いていないときも、今までは素通りしていた道端の花や公園で遊ぶちびっこを見て「あ、これ撮りたいな」「あ〜なんで今カメラ持ってないんだろう」と思うようになった。わたしはカメラと一緒に、わたしが求めていた、見るもの全てが少し鮮やかになるような何かを手に入れたみたいだった。

 新型コロナウイルスという檻に閉じ込められてしまったわたしたちは、みんなが同じ、暗い、憂鬱な景色を見ているようだ。わたしだけの生活が消えてしまって、全ての行為が、人類のために感染拡大を防ぐものか、感染拡大に寄与するものになってしまう。わたしたちはそのなかで、「新しい生活様式に切り替えましょう」なんて言われて、とても窮屈な思いをしている。わたしもそう。わたしもその他人間のみなさんと同じように、感染拡大を防いだり感染拡大に寄与したりしている。

 でも、いまのわたしはカメラを持っているので。カメラを持っているので、わたしの目にはたくさんの被写可能態(多分わたしが作った言葉)が見える。愛犬の今まで見たことのない寝顔や、大量の課題に焦りまくる弟、近所の公園の花やちびっ子を撮らなくてはいけない。わたしにはわたしにしか見えていない景色があるとわかる。憂鬱な世界なら憂鬱な世界で、わたしだけの憂鬱な世界が見える。わたしだけの。

 カメラを手に入れるだけで、フランス留学の代わりになるなんて、一ミリも思ってない。でも、わたしがわたしだけの特別な生活を取り戻すきっかけに、カメラが必要だったみたいだ。

今日の一曲:Lauv『Tattoos Together』


 

 

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