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小説 これで働かなくてすむ サン・ハウスの「説教ブルース」⑫

おっちゃんが死んで、ウィリー・ブラウンはしばらく何も手につかない様子だった。おっちゃんがオレに残した言葉を伝えると、「あのくそじじい、それじゃ、オレはいつまでも改心できないじゃねえか」と震える声で毒づいた。何かから逃げるように、いつもより速いテンポでイントロの下降ラインを弾くと、自作のブルースを歌いはじめた。


 先のことはわからねえ 過ぎたことさえわかんねえのに
 なあ、神さま、今すぐ何もかも終いになるかもわからんし

 1秒が何時間、1時間が何日みたいになって
 1秒が何時間、1時間が何日みたいになって
 それでよ、あの娘もとうとう年貢の納めどきってわけ

 ああ、今も惚れてるあの女、深さ5フィートの地中に眠る
 今も惚れてるあの女、深さ5フィートの地中に眠る
 あの女、オレのために誂えたんだ 誰かのお古じゃないんだぜ

 カノジョができたんだ 
 ビビビっと笑うと まさに稲妻
 カノジョができたんだってばよー
 カノジョが笑うと まさに稲妻
 5フィートと4インチ ぎゅっとするのにちょうどいいサイズ

 あの絵が飾ってあるだろう 母さんの 母さんの 母さんの棚に
 あの絵が飾ってあるだろう 母さんの棚に
 だからよ わかるだろ 父さんはもう一人で寝るのはたくさんなんだ

 TはテキサスのT TはテネシーのT
 TはテキサスのT TはテネシーのT
 神さま ナニをオレの上にのせた女に祝福あれ

「ウィリー、今ままで気づかなかったけど、あんた、すごいな」
「ハハ、今頃気づいたか。何なら教えてやるぞ」
「間に合ってるよ。それに、おれが言ってんのは、ギターや歌じゃない」
「なんだと?」
「怒るなよ、それもすごいんだけどさ、お前のテツガクがな」
「テツガ・・・?なんだそれは」
「人は何のために生まれて、何のために生きるのかってことだ」
「ただの下ネタだけどな?」
「いいか、聖書にもこう書いてある・・・」
「やめてくれ。聖書の話は日曜日に聞くよ」

とにかく、オレはいかに生きるべきかなんて考えたこともない。だって、そうだろう?生きるすべなんて、ここにはそういくつもありゃしない。シェアクロッパーになって一生地面にしがみつくか、説教師にでもなってくだらんテツガクとやらを振りまくか、ブルース・マンになって、ご機嫌にやるか。なぜそうなるかなんて生きてる人間の考えることじゃない。天国でゆっくり考えることさ。


「じゃあ、今ごろはおっちゃん、必死で考えてるな」
「たいへんだ。考えるの苦手そうだからな」
「ははは・・・なあ、ウィリー」
「何だ」
「おっちゃんの歌で<泥んこ道を行く>ってのがあるだろう」
「ああ、あれがどうした?」
「急に歌いたくなったんだ。弾けるか?」
「ふざけんな。オレを誰だと思ってるんだ」


  遠く知らない世界にオレは向かっている
  遠く知らない世界にオレは向かっている 
  今は不安だが、不安は長くは続かない

  オレに乗って何かを手に入れたくせに、それを隠そうとする
  オレに乗って何かを手に入れたくせに、それを隠そうとする
  オレはその何かを見つけるための何かを手に入れる

  破片をあたりにまき散らし、切り刻んでやりたい
  破片をあたりにまき散らし、切り刻んでやりたい
  インディアン居住区にも行ったけど、長くいられるところじゃなかった

  海のむこうじゃ、ブルースも悪くないっていうやつもいる
  海のむこうじゃ、ブルースも悪くないっていうやつもいる
  じゃあ、オレのは海のむこうのブルースじゃないんだな

  ここじゃ、毎日、死ぬほどやりきれないことばかり
  (神さま、もうここにゃいられない)
  ここじゃ、毎日が、死ぬほどやりきれないことばかり
  明日はここを出ていくよ 面倒かけちゃいられない

  泥んこ道は、ひとりじゃ行かれない
  泥んこ道は、ひとりじゃ行かれない
  (神さま、誰をよこしてくださるんで?)
  誰かをのせていくのはもうごめん 他の誰かをよこしてくれよ

「なあ、こんなんだっけ?」
「違うか?」
「いや、オレたちの知ってるおっちゃんってこんな・・・」
「違ったな」
「もっと陽気で、でたらめで」
「でたらめはないだろう。でも、こんなじゃなかったな」
「そうだろ?この歌も笑って聞いていた気がする」
「ああ、騾馬の話だと思ってたからな」
「笑えたよな。でも、今日は・・・」
「笑えない・・・もしかして、こっちがほんとうなんじゃないか?」
「どういうことさ?」
「つまりさ、お前もオレも死んだあと、同じことを言われるかもしれんぞ」


 あ・・・



「そうか・・・そうかもしれん。ウィリー」
「なんだ」
「やっぱりお前、テツガクもってるな」




「持ってねえよ」




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