見出し画像

【受賞作発表】ひらづみ短編小説コンテスト ~お題「ぼったくり」~


【優秀作】該当なし


【佳作】ぼったくりバーに行った話(みょめも)

大学生の頃だ。

高校の頃の友人である五十嵐と久しぶりに飲むことがあった。
特に店を決めていなかった僕らは、週末の賑わいの中で客引きに誘われるがまま雑居ビルのバーに行った。

店内に入ると、落ち着いた間接照明が特徴のカウンターバーだった。
この辺りでは何度か飲んでいるが初めて入る店だ。
五十嵐は「アタリぽいな」と何を根拠に言っているのか分からないが、その店を気に入ったようだった。

僕らは近況報告をしつつ飲んだ。
数年会わないだけで、お互い環境は激変しているものである。
僕は彼女ができ、五十嵐は彼女と別れていた。

そしてチェックするときに事件は起こった。

「お一人様あたり48になります。」

「なんて?」

耳を疑った。
そして次に目を疑った。

「ですから、お一人様あたり48で御座います。」

「ちょっと待ってください!価格おかしくないですか!?お通しとカクテルにウイスキーだけですよ!?」

僕が言うより先に五十嵐が慌てていた。
いわゆる、ぼったくりバーに入ってしまったのだ。

「そうですよ、僕らだって相場くらい分かりますよ。いいとこ7か8だ。」

「そうは言いましても、当店はこの価格でやってますので。それとも支払いできないとでも?」

言いつつ店員が袖の方をチラリと見る。
そこには黒スーツを着た屈強な男が2人。

「当店といたしましても、お支払いただかなくてはなりません。もしよろしければ消費者金融を斡旋いたしますが。」

袖に待機する男2人を見てしまった僕らには、支払う以外の道は残されていなかった。

五十嵐は渋々48払い、二嵐(にがらし)になった。

「どうするよ十文字、お前足らないじゃん。」

すっかり出がらしになった二嵐は僕の心配をした。
その通りだ。
48も支払ったら、-38文字(マイナスさんじゅうはちもんじ)だ。
ただこれは計算上の話でありそんなことは不可能である。

「どうなさいますか?」

さらに1歩詰め寄る店員に、僕は仕方なく電話することにした。

「あ、もしもし?今、駅前のバーに来てるんだけど、持ち合わせが足りなくて……」

しばらくすると彼女が来た。
来るなり「もう!次のお給料日まで952賀になるじゃない!」と言って、あっという間に会計を済ませてしまった。
名前を「千賀」と言った。

店を出て3人で歩く。

「まったく大変なお店に入っちゃったわね。」

笑い話で済まされるのは、彼女が「千賀」だったおかげだ。

「本当に来てくれるなんて、いい彼女さんだぞ!お前、無一文字になるところだったんだから!彼女さんのこと、大事にしなきゃ!」

二嵐はそう言っていたが、結局結ばれることはなかった。
この一件が原因だったわけでもないし、浮気したわけでもない。

「結婚したら名字変わっちゃうでしょ。」

その後彼女が結婚したかどうかは知らない。
するなら「萬田」とかなのだろうか。


【佳作】汚名(水の森 一)

「頼まれていた例の店、やっと見つけた!」

 契約していたフリーの記者からLINEで連絡があり、隠し撮りしたらしい写真も一緒に何枚か送られてきた。

 その店に正式な名前などないが、世の男性のあらゆる欲望を満たしてくれるという幻の店だ。季節や時間帯によって、店への扉は次元を移動するので、探してたどり着くのは容易ではないのだが、どうやらその店を見つけたうえに、潜入にも成功したようだ。

 写真を見ると、この世の者とは思えないほどの美しい女性が大勢写っている。数ある写真の中に、大きな円形のプールの中で人魚が数名泳いているものがあった。知らない人であれば、人魚の格好をした人間が泳いでいると思うだろうがこれは違う。本物の人魚だ。

 その昔、店は竜宮城と呼ばれていた。精を吸われ過ぎてひとりの男が死んだ悲惨な事件が、脚色されて浦島太郎の話となり、後世に語り継がれている。あの事件以来店を統括する乙姫は、何百年もの間大人しく、それはもう細々と営業を続けていたのだが、ここ最近になって、どうしたわけか客に大金を請求しはじめたようなのだ。支払えないと現金の代わりに精を吸いまくり、急激に老化する被害者が目につくようになってきた。さすがにまだ死人は出ていないが、黙って見過ごすわけにはいかない。この事件をスクープして世直しに貢献すれば、私の一族が過去にうけたいわれなき汚名も、三流週刊誌とか社会のゴミとかゴキブリとか言われ続けた我社の誹謗中傷も、無くなるに違いないのだ。

 スマホの位置情報を確認すると、幸い私のいる場所とは目と鼻の先だ。店の扉が次元移動する前に現場を押さえるため、私は取るものもとりあえず店に急行した。

 目的の場所に到着すると、そこは古びたビルの裏口で、錆びた鉄製の扉がひとつあった。当然店の看板などはない。その鉄製の扉の横に、頬がげっそりとこけて枯れ木のような白髪の老人がひとりうずくまっていた。もしやと思ってその老人に駆け寄ると、連絡をくれたフリーの記者だった。まだ三十代半ばのはずが、精をしぼりとられて老人のようになり、店からほっぽりだされたに違いない

 私は変貌した記者を抱きかかえた。

「おい、しっかりしろ。大丈夫か」

「あ・・・す、すまん。あんたの事、しゃべってしまったよ・・・」

 薄目を開け、しわがれた弱弱しい声で言った。その時背後で、ジャリッという靴底で砂を噛む音がして、複数の人の気配に気づいた。慌てて振り返ると、大勢の男たちを後ろに従えて、半袖のTシャツを着た身長百九十センチくらいの、胸が岩のように盛り上がり、丸太のような腕のひとりの男が立っていた。

 男は私の一族に汚名をきせた張本人だった。私は思わず身体全体に力が入り、ギリギリと歯ぎしりをした。男は我が一族を貶めたのをきっかけに、力を急速に拡大し、今ではホストクラブをはじめとした様々な夜の店の経営や、統合型リゾートで大成功を納めていた。

 乙姫の件に、この男が絡んでいたとは想定外だった。しかし、この男の役割がよく分からない。ただの用心棒とも思えなかった。

 男が口を開いた。

「あんたも懲りねえよなあ。昔、散々痛い目にあったってぇのによ。今どき、正義のマスコミなんて流行らねえんだよ。この世の中は金なんだからさぁ。金さえあれば、警察の上層部とか、政治家ともつながれるんだぜ」

 私を上から見下ろし、下卑た笑いを浮かべた。

「なんで、この俺様がここにいるのか分からないようだから教えてやるよ。乙姫が、うちのクラブのホストに夢中になって、とんでもない借金をつくっちまったのよ。そりゃあもう、ちょっとした国なら買えるんじゃないかっていうくらい天文学的な金額だ。それで俺様は、大勢の男たちの精を集めたものを金の代わりに納めたら、借金を相殺してやることにしたのさ。ホストクラブに入り浸っている他の女たちに、精の結晶化したやつを若返りの薬として高額で売りつければ儲かるしな。ん? どうしてそんなことをベラベラしゃべるのかって、不思議そうな顔をしているな。決まっているじゃねえか、あんたの命は今ここで終わるからだよ。いわゆる、冥途の土産ってやつだ。店でいい思いをさせてから精をすべて吸い取らせることも考えたんだが、そこまでするのは、なんか癪に障るしな」

 その時、錆びた鉄の扉が内側から開き、ひとりの美しい女性が現れた。

「桃太郎先生。かぐや姫が出勤しましたよ」

「おお、チーママ来たか、今行く。じゃあな、永遠のさよならだ。鬼ヶ島さん」

 ひらひら手を振ると、取り巻きの男たちを残して鉄の扉の中に消えていった。

 後頭部に強烈な衝撃がきたのは、そのすぐ後だった。


【佳作】お通しウォーズ(王石しろ)

 20××年 日本国内で新しい法律が可決され波紋を呼んでいた。

 その名も【ぼったくりお通し規制法】──何故頼んでもいない上においしくない料理に金を払わなければならないのか、という議論の末に作られた法律である。根強く支持したのはお小遣い制である全国のお父さん方や、酒を飲みたい盛りの金欠大学生だった。

 しかし飲食店側にしてみればお通し代も大事な収入源だ。そこで両者の公平を図るべく発足されたのが、僕の所属する【全国お通し取締委員会】である。国が定めた法律を元に、僕ら監察官が原材料費や人件費などを鑑みて、そのお通しが〝三百円に値するか〟を厳しく取り締まる運びとなった。

 現在、僕達の活躍により世に蔓延っていたぼったくり居酒屋は姿を消した。

 だがそれも都内にある歓楽街の話で、地方都市までは行き届いていないのも事実だ。

 よって、組織内で〝無情の明智〟と恐れられているこの僕が、東京を飛び出し調査に出向くこととなったのである。

 

 僕が飛ばされたのは近畿地方のとある県であった。この街の観光名所は城らしい。僕はその近くに宿を取り、飲食店が並ぶエリアに赤提灯が灯りだした頃動き始めた。そして「ここのお通しはおかしい」とタレコミがあった居酒屋の暖簾をくぐる。地元の老夫婦が営んでいるらしいが、さて、僕が仮面の下を見極めてやろうじゃないか。

「こちらお通しです」

 老婆がそう言いながら出したお通しを見て僕は不覚にもぎょっとしてしまった。

 皿が長いのである。

 その長さと言ったら、サンマの塩焼きか、キュウリの一本漬けを乗せるような長さなのである。

 僕は椅子の上で背筋を正した。明智、動揺は命取りだ。思い出せ、己がここに来た意味を。僕はこの店のお通しを、厳正に見極めなくてはならないのだ。

 異様に長い皿の上には、料理が三品並んでいた。皺と血管が浮いた手で左から順に指さし彼女は告げる。きんぴら、切り干し大根、豆腐ハンバーグです、と。

 こ、これが全てお通しだと……?

 もし小食の奴がこの店に来たら、お通しと生ビールの小で腹が膨れてしまうじゃないか。監察官にも小食は案外いる。僕の同僚に細山田という変わった苗字の奴がいるのだが(名前の通り体型も食も細い)そいつが見たら卒倒してしまいそうだなと思った。細山田は法の施行前に横行していた〝マカロニサラダとも呼びたくない粗雑な何か〟が好きだったという変わり者だ。

「随分豪華なお通しですね」

 僕の訝し気な視線にも、老婆は笑みを崩さない。

 面白くない。僕はつい鼻を鳴らしてしまった。質より量のタイプか。どうせ大した味ではないのだろう。店名がプリントされた箸袋から割り箸を抜き取り、きんぴらを口に運んだ。

 見くびっていた。

 僕は一瞬仕事であることを忘れ、舌鼓を打った。

 程よい柔らかさに炒められたゴボウを噛むと、醤油の香ばしさが口いっぱいに広がる。しかし辛さは控えめである。もう少し刺激があってもいい。そう思った時、視界の端に映ったのがカスターセットだった。ソースや爪楊枝と一緒に、一味唐辛子が置かれていたのだ。

監察官歴七年。お通しの時点で味変が可能な店は初めてである。

 僕は感激した。その衝動のままに一味をかけ、きんぴらを完食する。お次は真ん中にある切り干し大根を食す。口に入れた瞬間、僕の脳内に小学校時代の給食の風景が蘇った。当時の僕は大根が苦手だった。なのに今はこんなにも美味しいと感じる。ノスタルジーを肴に流し込むビールはなおうまい。

 最後は豆腐ハンバーグである。これはお通しと呼ぶには存在感がデカすぎるだろう。僕は箸で一口分を切った。刻んだニンジンやキクラゲまで入っており、断面がカラフルだ。

「はうっ……!」

 思わず声が漏れてしまい僕は慌てて口を塞いだ。うまい。なんてもんじゃない。

 社会人になるまでの僕は、毎日馬鹿の一つ覚えみたいに肉が食いたいと言っていたものだが、最早立派なアラサーである。食事や健康を気にし始めたこともあり、以前までは完全に馬鹿にしていた豆腐ハンバーグを素晴らしき献立として受け入れていた。

 若かりし頃の僕よ、聞こえるか。畑の肉ってのも、素晴らしいものだ。

 この感動をさっきの婦人(と、調理をしているらしき主人)にも伝えたかったが、お通し監察官は、身分を明かしてはいけない決まりである。なので確認が済んだ後は、不自然のない程度に追加注文をし、領収書をもらって店を出なくてはならない。僕はメニューを物色した。そして驚愕する。

 豆腐ハンバーグ 四百八十円

 おい、馬鹿な。メニューにあるじゃないか。

しかも既に三百円を超えているじゃないか。

 計算ができないのかあの老夫婦は。

「むしろぼったくってくれ……!」

 刹那、僕の脳裏にとある記憶が過った。

 お通し監察官になる前の、いや、もっと前の。

 法が可決される前の記憶だ。

 僕は仕事にこだわるあまり忘れてしまっていた。

大事な言葉を、ずっと。

「あの」

 会計を済ませ、僕は改めて老夫婦に向き直る。

「美味しかったです。ごちそうさまでした」

 僕は老夫婦に深々と頭を下げ、領収書をもらい店を出た。

 すっかり上気した頬を夜風が撫ぜる。僕はなんだか、聖なる滝で心身を洗われたみたいに晴れやかな気分だった。

「お城、見てから帰るか……!」 

 

 ──後日

「おい見ろ、無情の明智が泣きながら報告書まとめてるぞ……」

「一体どんな酷い店に当たったんだよ……」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?