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仕事のコスパ問題

歳を重ねるに連れて、仕事が忙しくなっています。

大人になったら夕方5時には仕事を終えて、シガーバーでシガーをくゆらせているイメージでした。あるいは、行きつけのワインバーで、女優とヌーベルバーグについて語っているイメージでした。

20代の頃も忙しい忙しいと言ってましたが、朝まで遊んでることもたくさんありました。30代の頃も忙しい忙しいと言ってましたが、たくさんの短編映画を作り、映画の夢を朝まで語っていました。

にしても、40代はなぜこれほど時間がないのか?

私の子供も今年で小学3年生と中学1年生になるので、それほど手がかかるわけではありません。30代の頃の子供たちは、自我がある2つの肉の塊だったので、今より全然大変だったはずです。

にしても、40代はなぜこれほど時間がないのか?

いや、「40代はなぜこれほど時間がないのか?」問題は、また別のnoteで書きたいと思いまして、今回は「仕事のコスパ問題」ついて書こうと思ったのです。時間が無くなってくると、仕事のコスパを良くする必然があるからですし、過労を防ぎ、命を守ることにも繋がります。

私は26歳ぐらいで会社を辞めてフリーランスになった事もあり、若い頃は時間があるだけ仕事をしていました。寝ている時間以外すべて仕事。20代の頃は、映像の中で使う文字のデザインや、グラフィカルな映像や、企業映像の演出や編集などをたくさんやっていました。その仕事の報酬の高い安い関係なく、時間があるだけ仕事をしていました。

発注する側は、自分がお願いした仕事を、時間がある限りやってくれる若者が好きなので、本当にたくさん仕事がありました。仕事があるだけじゃなく、時間がある限りやってくれる若者の私を可愛がってくれました。

働き方としての良し悪しはあると思いますが、自分がお願いした仕事を命がけでやってくれる人に頼みたくなるのが人情なんだと思います。私も監督という立場で、人にお願いする場面が多いのでわかります。だから仕事がたくさん欲しかったら、自分の人生をすべて仕事につぎ込めばいいんです。これは良し悪しではなく、世の中はそういう風に動いています。人の感情はそういうものです。

でも、仕事を受ける側にも人生があります。私は監督という仕事をしていますが、自主制作映画で無い限り、すべて仕事を受ける側でもあります。40代になってからやっと「仕事人生」について考えるようになりました。

そして、時間がある限り仕事をやってるから、時間がないんじゃないかと気づきました。なぜ20年前に気がつかなかったのか?バカなんじゃないかと思っています。

そこで、ある仕事が来たら、その仕事にかける労力を決めて、その中で最大限やれる事をやろうと思いました。とは言え、私の仕事のほとんどは頭脳労働です。制作費みたいにお金だったら、限界がわかりやすいのですが、頭脳労働は限界がハッキリしません。「この仕事はこの程度の労力でやろう」と決めても出来ないんです。

それでも人生を仕事で埋没させないためには、自分の中でルールを作るしかありません。一番わかり易いのは、報酬が安い仕事には時間と労力をかけない事だと思います。報酬が高い仕事には時間と労力をかければいいんです。

一方で、報酬は安いけれども、将来の自分にとって必要だと思ったり、自分の存在をアピールするのに都合のいい仕事だったら、報酬は度外視でやればいいと思っています。

一番良くないのは、優先順位を付けずに、すべて限界までやってしまうことだと思います。

しかし、そんなにスパッと割り切れないのが仕事社会。前半で書いたように、「限界までやる人が発注側は好き問題」が絡んでくるんです。私はプロというのは、技術力の有り無しではなく、継続してそれをやれているかどうかだと思っています。

「プロ論」を語るのはあまり好きではないですが、やっぱり継続して仕事をしたかったら、報酬の高い安いでハッキリと労力に差を付ける訳には行きません。仕事が来る来ない、仕事が続く続かないって、結局、人情なんですね。人の心を掴めるかどうかなんです。

「こんなに安いギャラなのに、こんなに一生懸命やってくれて。また仕事お願いします。」なんですね。もちろん「あんなに高いギャラを払っただけあって、一生懸命やってくれましたね。また仕事お願いします。」でもあります。

昨今の「働き方改革」では、この「人情」まで変える事は出来ません。だからこそ、単純に労働時間や給料にルールを作ろうとしているんだと思います。「好きな人が出来ても好きだと言わないように。」「好きですと言われてもその人を好きにならないように。」というルールは作れないんですね。

「仕事のコスパ問題」の核心はここなんです。「好きです」と言われたら、条件が厳しくても限界までやってしまうんですね。「天才」と言われたらノーギャラでやってしまうんですね。心を掴まれたら「仕事のコスパ問題」なんか吹っ飛んでしまうんです。

外野から「やりがい詐欺」とか言われても、もう告白されて惚れちゃってるからダメなんです。目がハートになっちゃってるんです。

もっと言うと、「仕事が来た」という段階がすでに「好きです」と言われているのと同じなんですね。

私はこれからどうしたらいいんでしょうか?

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映画監督・演出家。短編映画が、カンヌ、ベルリン、ベネチア、ロカルノ、サンダンスなどの映画祭で上映される。2019年、初の長編映画『SHELL and JOINT』が完成。モスクワ、ロッテルダムなどの映画祭で上映される。http://www.hirabayashiisamu.com