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重い荷物を捨てて ~ 肩の荷を下ろした名盤5選

 たとえば、引越し作業を済ませる。がらんどうになった部屋を見つめると、不思議な気持ちがやってくる。この部屋に初めて来た頃のこと。今よりもう少し若かった自分。当時聴いていた音楽。この部屋で考えたり迷ったりして過ごした日々のこと。人生の特別なタイミングでだけ訪れる、独特の感情。孤独な、でも気持ちの良い切り替えの時間。
 音楽アルバムにも、そうした不思議な空気が封入されている名盤がある。ふと肩の荷を下ろしたような、そんなアルバム。実際にキャリアの過渡期やバンドの解散前後なんかに作られた物も多かったりする。作り手の気分は、無意識裡に聴き手にも伝染するのだろう。今回は、そんな「肩の荷を下ろした名盤」を個人的セレクトで5枚紹介する。

佐野元春『The Circle』(1993年)

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 佐野元春9枚目のアルバム。キャリア初期から90年代前半までを支えたバックバンド、THE HEARTLANDとの最後のスタジオアルバム。この前年にリリースした『Sweet16』とセットで語られることも多い。両盤とも円熟のアンサンブルが聴けるが、『Sweet16』が野心的な雰囲気溢れるのに対し、『The Circle』は、やり遂げた充実感とでもいうべき空気に溢れている。歌われる内容も、若き日の熱狂と試行錯誤の日々ーーーあえてユニコーンの曲名を借りると「すばらしい日々」を振り返り、一瞬立ち止まる様なものが多い。到達点を共有できた者達だけが成し得る、成熟した一枚。
 ちなみにこの後、THE HEARTLANDの古田たかし(Dr)と長田進(Gt)は奥田民生のバックバンドに参加する。

Paul Weller『Wild Wood』(1993年)

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 ポール・ウェラー。ソロに移行して2枚目となる本作。前作『Paul Weller』も独特のユルさが魅力だが、Style Council終盤の挫折から這い上がるための静かな情熱が見え隠れしていて、そこがまた良かったりする。2枚目となる本作は、ソロとしての表現の場を固め、肩の力の抜けたウェラーののびのびした姿が伝わってくる。
 The Jamの不滅の青春、Style Councilの貪欲な挑戦と気負い。どちらもウェラーの魅力だったが、本作はそれまでの緊迫感からいい意味で解放され、リラックスした音を聞かせてくれる。個人的には『Hung Up』がMVの気持ちよさも含めてオススメ。

YO-KING『It's My Rock'n Roll』(2003年)

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 2001年の真心ブラザーズ休止後のソロ2枚目(真心活動中を含めるとソロは4枚目になる)。シンプルなバンドサウンドは前作『愛とロックンロール』と共通だが、前作が題名の通り、愛を受け入れ歌い続ける事への熱量が成した”力作”な印象があったのに対し、今作は気心の知れた友人と集まってセッションしているような楽しさに溢れている。
 古い友人と語らう。夏は過ぎたが、冬にはまだ早い。秋の気持ち良い風に吹かれて、昔と同じようにロックンロールを。そんな一枚。

the pillows『STROLL AND ROLL』(2016年)

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 バンド第三期の15年を超える長く大きな山を登り切った先。バンド自ら語る「末期」を迎え、長年サポートで連れ添ったベースの離脱、過去(第一期、第二期)メンバーたちとの邂逅も踏まえ、5人のサポートベースを迎えて作られた本作は、新鮮さと大人の余裕が垣間見える秀作。
 なんといっても、初代リーダーにして1993年に袂を分かったベース・上田ケンジとの共作2曲が感慨深い。”感動の再会”なんて感じのしない、気負わず楽しむ姿が逆にカッコいい。彼らが掴み取ってきた未来は、過去を受け入れていく過程でもあったのだと気づかされる。10曲入り36分38秒。君子の交わり淡交にあり。

Carole King『Tapestry』(1971)

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 邦題『つづれおり』。時は1971年。60年代後半の文化と社会をめぐる革命的熱狂が過ぎ去り、その時代を職業作家として支えた彼女が70年代に自分の声で再び歌い始める。『So Far Away』『Home Again』『You've Got a Friend』など、並び立つ名曲の数々はまごうことなき傑作の一方で、隣にそっと寄り添ってくれる善き友人の様な穏やかな景色を見せてくれる。
 アナログ録音の温かみ、ジャケットの懐かしい色彩(と、猫)もアルバムの特徴をよく表現して秀逸。表題曲『Tapestry』は勿論のこと、アレサ・フランクリンの名曲『(You Make Me Feel Like) A Natural Woman』のセルフカバーも収録され、この人の非凡さを教えてくれる。


 以上5枚。どれも現在サブスクで聴くことが出来る、有名どころを選びました。ロックフェスの様な大きな祭典が難しい昨今ですが、車でひとっ走り山や海を眺めながらユルッと聴くのなんかも、また良いものではないでしょうか。家で聴くなら、環境が許せばアナログ盤で聴きたいところですね。皆様もオススメの名盤があったら是非教えてください。

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