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幸せの核に近づくための自分メモ #28

今日は読んだ本の感想を書こうかなと思ったら、まさにnoteのプロンプトに「読んだ本の感想をnoteに書いてみませんか?」と出てきた。神かそれに類するものの思し召し?

『いま、希望を語ろう』。36歳で末期がんの診断を受けた脳神経外科の研修医による自叙伝。専門用語が多く出てきそうだから日本語で読もうと思って邦訳版をKindleで買って読んだが、日本語でも分からない単語がたくさん出てきたので、最初から英語で読んでもよかったと思いながら、いま原書を読んでる。原題は‘When Breath Becomes Air’。日本語のタイトルも「息が空気になるとき」とか直訳っぽくしたほうがかっこよかったと思う。なお、これはネタバレというほどの情報でもないと思うので書いてしまうが、著者は本著執筆中に亡くなっている。


インターネットを通じてのみ私のことを知る人々にとっては新情報だろうけれども、私は大学受験で現役時代に医学部を受験した。理由はなんとなく。そして当たり前のように落ち、1年後どうするかーって考えていたところ、周りの医学部志望者が(言い方は悪いけれども)どんな田舎の大学に行ってでも医学部に入りたい(or 入らなければ)と意気込んでいる一方で、自分にはそこまでのモチベーションが無いことに気づき、志望を変えた。その判断については後悔していないし、自分が今から医師を志すこともないだろう。でも、一度大学を卒業した人や社会人を経験した人が医師を志すのって、けっこうわかるなぁと最近思う。理由は3つあって、人の命や健康に関わる尊い仕事だからというのが一つ、「自分はこれができる」と言えるだけの明確に有益なスキルを発揮する職業だからというのがもう一つ。でも、最後の理由が一番大きくて、死というものが身近な職業であることで、「人間とは」「生きるとは」といった、程度の差こそあれ誰もが興味のあるテーマに対し、答えとまでは言わないまでも手がかりかそれに類する何かが得られそうだからというのが一つ。だから、子供の頃は〈不在〉というかたちでしか医者や医学というものを知らなかった著者のポール・カラニシ氏(彼の父もまた医師で、彼の子供時代は多忙ゆえに不在がちだったそう)が、文学や生物学を修めたのち医学部に入るまでの話は、「うんうん、なるほど、そうだよな、わかるよ」と思いながら読み進めた(高尚すぎて自分にとって身近でない話題や単語も多かったが、大筋で)。

それが、末期がんを宣告されたカラニシ氏が、そこから見える景色を初めて見るものだったと言うのだから、私が上に挙げた3つめの理由がいかに浅薄で、医師という職業や生(あるいは死)というものを表面的にしか捉えられていないかが分かるというものだ。

仕事でお馴染みだった死が、今では私のもとへ個別に訪れていた。私は今、ついに死と正面から向き合っていたが、それのどこにも見覚えはなかった。私は交差点に立っていた。長年のあいだ自分が治療してきた数え切れないほどの患者の足跡が、そこから見えるはずだった。それを辿っていけばいいはずだった。だがまるで、見覚えのある足跡を砂嵐が残らず消してしまったかのように、見えるのはただ、なんの道しるべもない、荒涼とした、ぎらぎら光る白い砂漠だけだった。

『いま、希望を語ろう 末期がんの若き医師が家族と見つけた「生きる意味」』

当然、がん宣告後のカラニシ氏の文章も、「人間とは」「生きるとは」といった問いに対する答えではない。ただ、誰もがいずれは迎える死と向き合い、日本人の4人に1人の死因とも言われるがんと闘った彼の言葉が、上述の問いについて考える材料に富んでいることは否定しようがない。これから本を読む方のために引用は控えるが、彼が最後に手術する日のユーカリや松や石鹸水の描写は、「人生は過去でも未来でもなく〈今〉しかない」というクリシェに十分な説得力を与えている。「明日死ぬかのように生きる」とは、今すぐ全てを投げ出して欲望に従うことではなく、過ぎゆく一瞬一瞬を噛みしめることに他ならないのだと思う。そして、第2章の最後に綴られた、娘に向けた言葉。やはりクリシェは真理なればこそクリシェなのだ。


邦訳版のタイトルについて批判めいたことを序盤に書いてしまったが、邦訳版を買ったことで訳者の田中文さんによるあとがきを読めたのはよかった。田中さんが、カラニシ氏の闘病の姿勢について私と同じように感じていたことを確認できたからだ。曰く「正直、読みながら何度も、そんなにがんばらなくても……と声をかけたくなった」。奮闘してこそ生。それこそが生物を生物たらしめるもの。いや、理解はするけれども、はたして自分が同じ状況に置かれたとき、生物らしく振る舞うことを最期まで貫けるだろうか? カラニシ氏はとても真面目な人だったのだと思う。

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