スタンポンの穴 終
「……という話。どう?」
息を詰めて聴き入っていた新入部員の北村加奈は、はあーっと大きくため息をついた。
黒目がちの瞳がうるんでいる。
「もう……もっ、こ、こわすぎですーっ!」
三年の四宮部長は銀縁眼鏡の奥でクールに笑っている。
「ほ、本当じゃ、ないんですよね?? ねっ? ねっ?」
「実験は本当にやったけどね、去年の夏」
「視聴覚室、ってでも今は三階ですよねー、こっちの棟の。でも、でもナツメ先生って、もう異動したんですか? 今、顧問、新橋先生ですよね、それに」
「だからフィクションだって」
「でも去年まで視聴覚室、北館一階の、西側だったんですよねホントに」
そこに騒がしく入ってきたのは、二年の落合江蓮だ。
「あー、シノ部長、新入生泣かせてる」
「ああエレン」
四宮は眼鏡を持ち上げ、エレンの方に顔を向けた。
「もしかして、お得意の『すたんぽんの穴』ですかー?」
ははは、と四宮は声に出して笑う。
カナはそんな部長を、まぶしげに見つめた。
この人、こんなに明るく笑うんだ、クールな感じも素敵だけど、ふっと見せる素の表情もステキ。
科学部が何をするところか、よく分かっていなかったけど、カナは大満足だった。
「あの」
もっと部長と話を続けたくて、カナは訊いてみる。
「その『穴』、北館の一番西の教室に本当にあったってことなんですか?」
「スタンプ・オン『特異点』としては確かに存在したんだよ、実は」
発表会までにはどうにも分析しきれず、その教室のデータは全て消去したんだけどね、と四宮が答えてから、
「どお?」
いたずらっぽい目で、エレンが、急にカナの顔を覗きこんできた。
「見に行ってみたい? 今から」
「えっ? スタンプ・オンの穴ですか?」
違うよ、と立ちあがった四宮、ちょうど眼鏡に窓からの陽射しが反射してカナからはその表情は見えなかった。
輪郭が、かすかにそよいでみえた。
震えているみたいに。いや、揺れているだけなの?
ううん、前髪が、風に揺れただけだよね……カナは軽く、目をこする。
「違うよ、『すたんぽんの穴』だ。ねえ、エレン」
エレンがくすりと笑った。
(了)
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