新卒でブラックな会社に入ったけど、なんだかんだ全部の経験を糧にできてラッキー、って思えるのは今精神的に健康でいれるから!

8月も半ばです。新卒で入社した新社会人たちは入社してから3ヶ月が過ぎ、会社にも慣れてきた頃合いですかね?

そろそろ研修が終わり配属先が決まる、という人もいれば、OJTで先輩の後をついてまわっているという人もいると思います。お盆の長期休み{といっても学生時代と比べると短過ぎて泣きたくなると思いますが、慣れます(笑)}を経て、一息つけていますかね?

プラザクリエイトにも、新入社員の人たちが今年も入社してくれました。まだまだ私自身もコミュニケーションを取りきれてはいませんが、新世代だからこその視点や経験を存分に活かして、失敗もしつつ頑張ってほしいと思います。

前回まで、私の半生として学生時代の話をしましたが、今回は特にビジネスの根幹である「新卒時代、何を考えてどんな仕事をしてきたか」ということについて話したいと思います。

「新卒はこう考えて働け!」とか、「この失敗があったから今がある!」的なことではなく、「何を考えた結果、これを選んだのか」「役に立ったこと、立たなかったこと」などを伝えていけたらいいな、と思います。


第一志望の会社に入れなかった、として次は何をする?


私は前回書いたように、高専を中退した後大学に入り直しました。そこで、経営者の書く本などを読み、漠然とですが「自分も経営者になりたい」と思うようになりました。
ですが、いきなり自分で会社を立ち上げるには、ノウハウもスキルも何一つ持っていなかった。
あったのは根拠の無い自身と若さからくるバイタリティくらいです。それでも、今の時代を生きていたらいきなり会社を立ち上げていた、というifストーリーはあったかもしれませんが、当時の私が考えたのは「ベンチャー企業で早く自分主導の仕事を任せてもらえるところで働きたい」ということでした。
だから、人数はそんなに多くなくとも、新規事業へのベンチャー精神が強く、そこで新人でも結果を残せるところがいい、と思って、新卒第一社目で務めることになった広告代理店を選んだのです。

もう一つ付け加えるなら、本当は行きたかった会社は「リクルート」でした。当時、リクルートは紙メディアからWebメディアへの転換期の時代でしたし、HR領域と同じぐらいの勢いで販促領域が伸びている時代できた!そこが魅力的に映ったのですが、新卒時代は縁がなかったです。

ですが、学生時代から上のカテゴリで挫折したとしてもすぐに別カテゴリでの挑戦を続けてきた私にとっては特に大きなダメージ、というわけでもなく(笑)、その広告代理店に入社しました。

「10万円を増やす」から始まる研修


その会社は60人くらいの規模感で、新卒の同期は4人ほど。ベンチャーの会社らしいなあ、と思ったのは、最初の研修内容が「10万円を渡されてそれを増やしてくること」だった、ということです。
やり方はなんでもいいので、「お金を増やす」という感覚を養うことが大事。今思えばそんな意図があったんだと思います。

私の同期のうち、1人の男性は花見に来ている人たちに一発芸を見せることで、お金を稼いでいました。もはや、最初の軍資金はなんの意味もない(笑)。もう1人の女性は、その資金を元手に材料を買い、お菓子を作って販売していました。これは、ある種一番の正攻法ですよね。自身の持っている技術を付加価値として販売する、真っ当な商売です。

私はというと……すみません、本当に覚えていないです(笑)。今度、同期に聞いてみます。

とまあ、こんな変わった新卒研修をやる会社でしたので、戦力として社会に投入されるのも早かったです。それ自体は、私としても望むところでした。


新規事業部の中でウェブが進化していく時代の変遷を見てきた


入社して早々に、新しく立ち上げることになった「Webコンサルティング事業部」という希望して配属された私は、今でいうSEO対策などのコンサルティング提案を新卒一年目で何もわからない中、提案をすることになります。
しかし、そもそもの私がそんなノウハウを全く持っていなかった。どこでそれを学ぶのか、というと、当時の代表が懇意にしていたWebコンサルティングの会社に出向し、そのノウハウを学んでいきました。

テレアポから始まり、御社のホームページをYahoo!で一番に表示されるように改善しますよ(当時は、GoogleではなくYahoo!の表示の時代だったのです)、もしくは、検索すると出てくる御社の誹謗中傷を表示されないようにしますよ、といった、当時の検索エンジンのアルゴリズムだからこそできた改善方法などを、コンサルティングして売り込んでいく。そんな仕事でした。

そう聞くと、そんなもん売れるのか?と思うかもしれませんが、世の中ぎどんどんWebの重要度が上がりながらもそのノウハウやスキルを多くの人が持っていない時代だったので、非常によく売れる、人気のあるサービスでした。

この修行的な出向を3ヶ月くらいして、私は本社に戻りました。ちょうど、今くらいの時期です。そうして、会社にもどって同じようにサービスを売り込んでいく中で、新しいエンジニアやデザイナーなどと関わっていきました。

よく、「社会人になって得る出会いは何につながるかわからないから大切にした方がいい」ということを言いますが、これは本当ですね。ここで出会った、助けてくれた人とは今も繋がりがあったり、その後今の会社にジョインしてくれた人もいます。
陳腐な言葉ですが、出会いは大切に!は嘘ではないですよ!


新規事業は、構造こそが命


今とは違い、働き方改革も満足になされていない時代。ホームページを見て片っ端から電話しては、地方の会社にでも夜行バスを使って売り込みに向かっていました。でも、当時はそこまでブラックだな、とは思わなかったんですよね。それは熱量があったことと、新しいことに挑戦することが面白かったからでしょうか。もちろん、今の社員にそんな働かせ方はしませんが、楽しく働くっていうのは重要です。

そんな厳しくも楽しい、でも本当にハードな組織ですが、この一年後に解体することになります。理由は、事業としての売上が低いこと。新しく需要があるサービスを扱っていても、その組織が会社全体の貢献に対して、影響を持たせることができるスケール感を持っていないと組織としては継続することはできない。
当たり前のことですが本当に大事なことを身を持って体感しました。

今、プラザクリエイトでも新規事業に挑戦することは多いですが、この体験をしっかり考えてスケールする事業に投資することを意識しています。
せっかく社員に新しいことに挑戦してもらうように動いてもらい、初期費用を投じた事業が蓋を開けてみたら全然儲からなかった。コレは本当に切ないことなので、最初の時点できちんと計算しておくことは大事ですね。

この新規事業部は当初の上層部との計画や握りが甘く部署として成り立つことができなかった。それでもここにいたことを感謝しているのは、零細部署だったからこそ、かかる経費や使用するリソース、他社、パートナーに出す見積もりなど、普通の新卒一年目では経験しない全てを自分で考え、交渉し、使っていくことができたということです。
小さな会社を経営しているような感覚を、新卒から多面的に学ぶことができた。どれだけ時間を使っても全てのことを終わらせることはできず、体力的な意味で本当の限界値を知ることもできました(笑)。


ともに働いてくれる人がいる、精神的に健全にいれるという幸せ


今、社長として仕事をしていて、辛いなと思うこともいっぱいあります。それでも、この当時ほどじゃないかな(笑)。根性がつくから若いうちは苦労しろ!という意味ではなく、足りない部門にいたことで、今パートナーとして働いてくれる人たちがいること、会社のメンバーたちが協力してくれることへの感謝は人一倍感じられるようになりました。そして、精神的に追い込まれず、健全な状況で働くことの素晴らしさ。コレは、実は2社目で学ぶことになります。

2社目は、私が本当は第一志望で働きたかった「リクルート」で働くことになります。最初は縁がなかったのに、数年経つことでその縁ができることになる。これも社会の面白いところだと思います。もし、就活に失敗してしまい落ち込んでいる人、こんなところで働きたくなかったと思っている人がいたら、いつかその縁がまた繋がるかもしれない、と思って働いてみてください。結果、繋がらなくてもいいと思います。下向いて、こんなはずじゃなかったと思うよりもよっぽどいい結果が得られるはずです。そして、隣にいる同じ会社のチームを大事にして働いてみたら、きっと自分が思っている以上の大切なものが転がりこんでくると思いますよ!

ちょっと長くなりましたが、以上で新卒で入った会社の話を終わりにします。また、2社目の話とかもさせてもらいたいなと思うので、よければ付き合ってください!


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