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何十年前の『ビジネス・ゲーム』を今さら読む必要がある理由

音楽プロデューサーでコラムニストのジェーン・スーさんが
新聞紙上の人生相談のコラムの中で
その本を読むように強く勧めている、ということで
大変話題になっている、『ビジネス・ゲーム』。


「女性は男性社会のビジネスのルールを
正しく知って出世すべし」というその内容を
一読した私は、
いったいジェーン・スーさんはどういう趣旨で
この本を勧めたのだろう?と
発端の新聞記事の人生相談を検索してみました。

それによると、相談者は50代の総務課で働く女性。
「担当外の仕事を手伝ったら、
それ以来余計な仕事も押し付けられて困っている。」
という内容でした。

それに対するジェーン・スーさんの回答が、
「私も担当職域以外の仕事に手を出していたことがあるが、
それは会社という組織では『間違ったルール』だった。
ビジネスのルールを知るために、この『ビジネス・ゲーム』を読むことを勧める」というもの。

「男性社会のルール本」を50代女性に勧めているのが
「男社会に合わせないからそんな目に遭うのよ!」という叱咤や失笑からではなく、
「私たち女性が社会で上手く立ち回れないのは
知らされていないことがあるからで、
そこは男性が作った『ゲーム盤』なのだ」ということを
今からでも回覧板で女性たちに回そう、という
使命からなのだ、と分かりました。

■「ビジネス社会で女性が不利な理由」を見抜いた女


『ビジネス・ゲーム』が
アメリカのビジネスコンサルタントである
ベティ・ハラガンによって書かれたのが1977年。
日本で翻訳版が出版されたのが1993年。

当時のアメリカにしても日本にしても
学校を卒業した後の女性は
「会社に勤めるか」「家庭に入るか」の
二者択一が主なルートでした。

「家庭に入って専業主婦になる」ことについて
この本では「無給の職」と書かれています。
主婦の家事が価値がないということではありません!
社会が家事を「価値がないから金を払う必要がない」と
決めつけた時代だ、ということです。


では、その「社会」とは?
そこでビジネスをしているのが「会社」。

「無給の職」の専業主婦でない女性たちは
独身であれ、働く既婚女性であれ
会社に就職してビジネスに参加します。
それは企業に就職する女性なら
現代まで変わらないことです。

では、会社に入りさえすれば
女性は価値を認められて相応なお給料を得られて
万々歳だったのか?

…とはならなかったのは
働く女性の歴史を見返せば明らかです。


どうして「会社」というものは
こんなに女性を「対等に」扱わず、
ビジネスの場に女性を歓迎してくれないのか?
それは男たちが言うとおり
「女が劣っている」から……?

こうして、女性たちは自己卑下をしながら
「男性のおこぼれをありがたくいただく」ことで
社会やビジネスの片すみになんとか
居場所を得ていたのです。

しかし、そんな時代でも女性の中には
男性たちと闘い肩を並べる女性たちもいて、
会社でも幹部や管理職に就いている人もいました。
その1人が『ビジネス・ゲーム』著者のベティ・ハラガン。

彼女は女性がビジネスや会社で
男性と対等に扱われない訳を
見抜いていました。

■女性が解説した「男社会のビジネスのルールブック」


「ビジネスとは、男性社会が作ったゲームである」ことを知ろう、というのが
ビジネスにおける女性の不遇の理由を見抜いたベティ・ハラガンが
この『ビジネス・ゲーム』で訴えるテーマです。

もう、それは良し悪しの問題以前に
「そういうものである」ということを
女性が知らなければいけない!という
ハラガンから女性たちへの緊急提言でした。


本書内で、ハラガンは
女性がビジネス社会で居心地が悪い理由について

①ビジネス社会は軍隊のようなピラミッド組織になっているが、女性はそれに慣れていない。

②会社の仕事はチームプレイのゲームだが、女性はそこでどうするかというルールを教えられていない。

③男性中心のビジネス社会は、女性を文化的に排除するようにできている。

と書いています。

それを何にも知らずに
「世間と地続きの公園」くらいの気分で
ビジネス社会に入ってきた女性が、
上手く立ち回れるわけがありません。
入ったのは老若男女が集う「公園」ではなくて、
今まさにボールが飛び交う
プレー中のサッカー場だったのですから!


「軍隊」「チームプレイ」「ゲーム」と、
ビジネス社会というのは
実に「男の子」…失礼、殿方が好まれるシステムに似せて
作られているものだったのです、
この本が書かれた当時は。

「会社で働く」ためには
サッカー場でボールを蹴って得点するか、
「サッカーのルールを知らないから」と
コートの隅で草むしりをしたり選手のウェアを洗ったりする
「得点とは関係ない場所」にいるか、しか
選択肢がなかった時代。

それどころか「そこはサッカー場ですよ!
男の人たちがサッカーのルールで
遊んでいる場所ですよ!」というのを
働く女性が知らされてもいない状況です。

「ここは男性が決めたルールで進退が決まるゲーム盤」だと気が付いた
ハラガンのような女性管理職が、
当時の女性たちのための「ルールブック」として書いたのが、
この『ビジネス・ゲーム』だったのです。

■それから30年経っても「ルールブック」が有効な社会


よって、この本を「前時代的だ」と見るよりは
当時の女性の必死の対策だと
見たほうがいいわけです。

問題なのは、『ビジネス・ゲーム』が
アメリカで出版されて45年弱、
日本で翻訳版が出て30年弱経つ現在に至って、
まだこの本を世の女性たちが「くまなく読まなければいけない」と
ジャーナリストの女性が訴えている現状です。

つまり、今でもまだビジネス社会は
「男社会のルール」に支配されていて、
女性は相変わらずそれを知りもしなければ
男性のように、成長過程で自然と「ビジネス社会のルール」を習う機会も
ない、ということ。


たしかに、「男女共同参画社会基本法」以来
現代まで男女格差が是正された点はあります。

今の社会は、『ビジネス・ゲーム』書中にあるような
「30年かけて昇進して管理職になることが
仕事の目的」
というものばかりでもないでしょう。
(だいたい、会社が30年間雇用してくれる終身雇用制が
もう危ういのですから)

『ビジネス・ゲーム』の鉄則だと本書で書かれている
「速く仕事が出来ると『簡単で価値がない仕事』とみなされるので、
わざとゆっくり仕事して残業する」なんて、
今は非難轟々です。


ですが、『ビジネス・ゲーム』で指摘されるような、

「女性が配属されやすい分野は出世ラインのサポートに回され、
自身が会社で出世することはない」

「男性は女性が自分たちと同等の思考能力があるとは信じておらず、
女性を『娘』『母親』または『娼婦』のようなステレオタイプで見ている」

ようなことは、
今でも「昔ながらの男社会の会社」では
普通にあることです。


現在、私は
ガチガチ体育会系男性組織の飲食業に
当時「たった1人の女性社員」として入社してから
2年になります。

入社当時、まだお互いの素性も知らないうちから
他の男性社員たちに目の敵にされ、
「話をしてもらえない」
「頭から怒鳴られる」など、
私が何をしたっけ?と悩むことが多かったです。

程なくして、今では
普通に話をしていますが、
それは対等になったのではけっしてなくて
私は男性社員たちに
「ゲームで彼らの地位を奪う野心も能力もない」と安心され、
「雑用を頼める気の良いおばさん」ポジションに
なっただけのことです。

私も、冒頭で紹介した
ジェーン・スーさんに人生相談した50代女性の方と
同じなんだ、とつくづく思います。

ただ、今回『ビジネス・ルール』を読んで
本当に良かったと思ったのは、
現職の最初にわけもなく
「無視された、もしくは怒鳴られた」ことや
これまでの「がんばって働いてるのに
きちんと評価してもらえない」と感じていたことに、
「ビジネス社会で男性が作ったルールを知らなかったから」
という理由があるのを
知ったことです。

この「知りもしないルールがあったんだから仕方ない」ことを
延々と知らなかったら、
私は未来永劫自分を「能力のない女」と
自己嫌悪し、
自己否定しまくって人生を終えなければ
いけなかったでしょう。

■今さらだからこそ「ルールがある」事実を知らなければいけない


女性は「知る機会のないルールのあるビジネス・ゲーム」に
うっかり足を踏み入れてしまったことで
「だから女はダメだ」「能力がない」と
頭を打たれるビジネス・ライフを
長年送ってきました。

だからこそ、例えば私や
ジェーン・スーさんの相談者ような
今後『ビジネス・ゲーム』で勝ち上がるための30年がない
時間切れの50代女でも、
この本を読む価値があるのだ、と思います。

自分はルール知らずのサッカー場にいる、ということを自覚して、
ではそこからどうするのか、を考えるために。



文庫版のあとがきで
経済評論家の勝間和代さんが
「この本のおかげで女性としてのハンディを負うことなく
出世できた」と
書かれています。

そして「(当時の)男性の働きすぎ問題は
女性が活躍すれば解消される。
そうすればワークライフバランスが取れて
子どもも産まれる」として
この本を推奨されています。

勝間さんがこのあとがきを書かれたのが
2009年。
「男性社会に意を唱えることはできるが、
代償が高くつく」当時のビジネス社会で
この本をバイブルにしながら
「男社会のビジネス・ルールを駆使して勝つ女」として
闘ってこられた様子が伺えます。


そこから10年あまり。
企業の終身雇用制が崩壊し、
「会社で出世して管理職になって
ラクして稼げるゴールを目指す」ことだけが
男性の働きかたでもなくなりましたし、
従来のルールのゲーム盤ではない会社やビジネス現場も
生まれてきているでしょう。

働く女性の割合もずいぶん増えています。
共働き女性が経済や社会を支える面も大きい現状で
古き体制もいつまでも「女は無能」と言ってもおられず、
しぶしぶか、進んでかはそれぞれでしょうが
女性の立場や生産性を認めなければいけない
世の中にはなっています。


それでも、まだまだビジネスの現場には
「男性社会のゲーム盤」が各所にあって、
いまだに何も知らない女性がうっかり足を入れて
「仕事仲間ではなくメイド」として
割に合わない思いに打ちのめされることが
往々にあるのです。


この本は、そもそもは
「男性社会のゲームのルールを使って
女性が勝つ」ための攻略本として
書かれたものですから、
「男社会ガッチガチの場所で勝ち上がりたい」というビジネスウーマンには
まさに座右の書となるはずです。

ですが、なによりもまず
すべての、少なくとも働く女性たちは
「ビジネスというゲーム盤があり、
そこには女性が習ってこなかったルールがある」ことを
知っておいたほうがいいと思います。

知ったうえで
「ゲームに勝つことを目指すのか」
「勝たなくともゲーム盤を見てルールが分かるようになるのか」
「ゲーム盤に乗らないようにするのか」
「男性にも女性にも共通のルールがあるゲームを作るのか」
など、自分の働き方を選ぶために、
この本を有効活用すれば良いのだと思います。



なお、私自身はこれを読んだ後
転職を計画しています。

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