今日という日は2度と戻ってこないのに労働ごときで時間が失われていくのは恐ろしい
最近恐ろしいことに気付いてしまったんですよね。それは今日という日は2度と戻ってこないってことですね。
お前なに当たり前のこと言ってるの?と思う人もいるかもしれませんが、やはり深く考えれば考えるほどに恐ろしいなとかんじますね。
我々は普段からほとんどを労働中心に考えて生きているじゃないですか。労働のためにわざわざ生活習慣を変えたりもするほどじゃないですか。
自分はまさに労働のために生活習慣も何もかも犠牲にしているタイプなんですよね。休日なんかも次の労働に備えて身体を休めるだけになってしまっているんですよね。
もちろん労働を終えたその日も今日も頑張ったぞー!っと謎の充実感で無理矢理自分を納得させられてその日はなにもせずに寝る、これがどれだけ恐ろしいことか。
自分はこれに気付いた時に本当にゾッとしましたね。休日ではない労働の日もちゃんと貴重な時間なんですよ。
今日は頑張ったから後は休むだけって恐ろしくないですか? その緊張の糸がほぐれて何もしなかった今日の時間は2度と戻ってこないんですよ。
本来ならさっさと労働をやめるために行動起こす時間に使えたかもしれないじゃないですか。
でも仕事をやりきったらその日は休むものってどうしても考えてしまうんですよね。
自分みたいな副業とか創作とかをやっている人間からするとものすごく怖いことなんですよね。
マジで恐怖で縮こまりましたからね。「あー今日も仕事頑張ったー!」じゃないからなって話ですよ。
むしろ仕事なんて本気でやっちゃダメでしょ。仕事をやり切るから終わったら完全にオフモードに入っちゃうんですからね。
休日も体力回復で当然強制的にふにゃふにゃダラダラのオフモードですよ。今日という日を大事にしなくちゃなってことですよ。
仕事だから仕事だけやって満足する日じゃないぞって話なんですよね。もっとたくさん死ぬまでに思い出作らないとなんですよ。
仕事がどれだけ私生活に影響を与えていたかってことですよ。仕事終わったらすぐにディズニーランド行くぐらいの感覚で生きないとダメですよ。
むしろ仕事に体力割かれちゃダメだ。いかにして体力を余らせて仕事を終えられるかだと思うんですよね。
仕事中心に生活を考えているとどんどん自分がなくなっていきますからね。労働者がロボットみたいというのもあながち間違いじゃないのかもしれないですね。
仕事を中心にすることで思考力が奪われているような気がするんですよね。フルタイムというのも絶妙に人から思考力を奪う長さですからね。
本来8時間なんて働かせていいMAXな時間のはずだったのにそれが最低限働く時間になってますからね。
いやいや仕事って考えるだけで恐ろしいわ。
我々はこのように色んなことを知らず知らずのうちにすり替えられていて、あたかもそのすり変わったものが常識だと思わされているのではなかろうか。
みんな、今日という時間を取り戻すぞ。クソ仕事なんかに負けちゃダメだ。
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