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『飛び地のジム』第一部 5

 ジーナ・シモンズがそれに気づいたのは、ある晴れた日の午後のことだった。
 遮光カーテンの隙間から入ってくる木漏れ陽に目をしかめ、ジーナはこめかみを指で軽く揉んだ。モニターはデータのダウンロード終了を知らせる緑色のインジケーターを点滅させ、次のデータに備えて待機状態であることを教えていた。
 ジーナは立ち上がって伸びをすると、モニターに向かって命じた。
「フィルモグラフィを検索して」
「性別、名前?」モニターのコマンドが尋ねる。
「エルドン・テイラー、男性」とジーナがいった。それがヴォルフガングから教えてもらった名前だった。
「分類?」コマンドが点滅する。
 ジーナはちょっと考えると、こういった。
「俳優その他」コマンドが点滅する。
「使用中のデータベースには見当たりません。全米映画人協会のデータベースにアクセスしますか?」
「そうしてちょうだい」
 一瞬の間があった。
「該当者見当たりません」とモニターが答える。
「一体、どういうことよ」
 ジーナはそういうと、デスクをバンと叩き、宙をにらみつけた。
 発端はホークナーの年譜作成だった。ヴォルフガングから貰ったこの仕事は自分としても是非とも取り組みたい仕事だった。それはおそらく将来的にホークナー研究家としての自分の最大の業績になるだろうし、またそうするつもりだった。そこでジーナはホークナーの全作品を通しで見ることから始めることにした。そしてそのとき、今まで気づかなかった奇妙な事実を発見したのである。
 ウィリアム・ホークナーの作品はジャンルもテイストもさまざまだが、それら全作品に必ず出演している一人の俳優がいたのである。もちろん、それだけでは驚くに当たらない。問題はその俳優が名もない俳優であり、主役はもちろん脇役とも呼べないエキストラに等しい役で出演していたことである。
 確かに売れない俳優の仕事としてはエキストラはそう珍しいことではないだろう。俳優の大半はろくな仕事がないものだし、エキストラでも何でも仕事があれば、引き受けるに違いない。ただし、だからといって、その売れていない無名俳優がホークナーの作品全てに必ず顔を出しているとなると、また話は違ってくる。
 クレジットに名前も出ない役者が、なぜホークナーの作品の全てに出演しているのか。専任のエキストラ? まさか。3D映画末期のB級監督作品は、専任のエキストラを引き連れてロケ地をまわるほど、製作資金に余裕がないはずだ。
 しかし、この男は現にそうしているのだ。
 やや恰幅のいい身体に不思議なほど悲しそうな灰色の目、しかし話し方はやけに明瞭だった。演技はせいぜい役柄相応のもの。つまり、それほど上手いわけではない。一体、この男は何者なんだろう?
「しかし、それが重要なことかい?」
 ヴォルフガングに映話すると、彼は首を傾げてこういった。
「そりゃ、あんたがこの仕事にカを入れているのはわかるよ。しかし、ホークナーの仕事内容を洗うのに、そんな無名の俳優にこだわることはないと思うがね」
「もちろん、そうだけど――」といって、ジーナは言葉を濁した。
 ヴォルフガングにはまだいっていないことがあった。それがジーナをこの男にこだわらせているのだが、それはいえない。まだしばらくは。もう少しはっきりするまでは。
 とにかくヴォルフガングは名前だけは教えてくれた。
「テイラーといったな、エルドン・テイラー、確かホークナーの知り合いだそうだよ、わたしもよく知らないが」ヴォルフガングはそういったのだ。
 エルドン・テイラー。ちょっと風変りな、しかしたくましい肉体労働者のような名前だ、とジーナは思った。
 しかし、どこのデータベースにも登録されていないとなると、その先の調査は難しい。いきなり手詰まりだった。ジーナは途方に暮れた。
 ジムに聞いてみようかしら。
 ジムは二年前に家を出て、市内にアパートを借りている。二一才になり、ホークナーの信託財産が下りてすぐ、ジムは一人暮らしを始めたのだ。
 しかしそうなるまでは本当に大変だった、とジーナはさほど昔とはいえない辛い日々を思い返して、ため息をついた。
 カスターがこの町を出てしばらくして、ジムはカスターが新しい土地で逮捕されたことを知ったのだ。それはまさにカスターにとっては、巻き込まれたというのがふさわしい事件だった。
 レイ・カスターが従弟を頼って行ったのは、コネチカット州とヴアーモント州の境にあるポーキーという小さな町だった。カスターの従弟はそこで清掃業の小さな会社を経営してい。掃除機とモップを合体した不格好な清掃用ロボットを近隣のホテルやモーテルに貸し出す仕事だった。カスターはそこでロボットの修理工として働くことになっていたのだ。
 しかし、カスターはほどなく従弟と仲違いし、すぐに地元の中古エアカー販売店に就職を決めた。その中古車屋は合法的な仕事をする修理工やセールスマンを求めているのではなく、腕のいいメーター戻し屋を求めていたのである。それはまさにレイ・カスターはうってつけのはずだった――自分でも認めている通り、カスターはその業界においては、そこそこ優秀なプロだったからだ。
 ただ、そこに運命の歯車を狂わす要因があった。メーター戻し屋としてのカスターのスキルと適性がやがては彼自身を滅ぼすことになる。
 当時、地球はイザール人との通商交渉に臨んでいる最中だった。前世紀の二階建てバスのような不格好な航宙船でイザール人はコネチカットにやってきた。恒星間の輸出入を担当する国連の事務官もイザール人一行に随行し、地球の工学製品の優秀さをPRすることになっていた。
 彼らがカスターのいるポーキーに立ち寄ったのも偶然であれば、カスターのいる販売店に立ち寄ったのも偶然である。もちろん、カスターが自慢の腕をふるったエアカーの前に立ち止まったのも偶然なのだろう。
「これが地球のエアカーです」とPR担当の事務官はいった。
「地球の一般庶民はこれに乗って、空中を移動します。リッターで五〇〇マイルは飛びます。むろん、最新のオーディオ付きです」
 イザール人を称するぬいぐるみたちが頭を寄せ合い、何事かを相談した。そして代表者の一人が国連の事務官に耳打ちした。金属的な音楽のような音がカスターにも聞こえた。
「きみ」と事務官はカスターに向かって横柄にいった。
「彼らはこのクルマが欲しいそうだよ――どうだろう、値引きは可能かね?」
 その後、カスターが逮捕されるまで、さほど時間はかからなかった。

 ジムはすぐに積極的な嘆願活動を行った。
 彼自身としては、マスコミをはじめとしたメディアに訴えることで、これまでカスターにさんざん押しつけられてきた(とジムは思っていた)不当な扱いを何とか世間にわからせてやるつもりだった。
 それにジムは信じていた。カスターはまたもやはめられたのだと。
 ジムはヴォルフガングの力を借りようと思った。ヴォルフガングのオフィスは出版エージェントも兼ねていたし、ヴォルフガング自身、出版界に顔がきくことを渋々ながら認めたからだ。だが、ヴォルフガングはいい顔をしなかった。
「きみの友達だってことはわかる」とヴォルフガングはいった。
「しかし、彼は犯罪者だよ。実際に犯罪を犯していることは事実なんだ。そこが問題になるなと思うな。いくらきみがいうように、人間的には尊敬できる人物だとしても」――そういいながら、彼自身、それを少しも信じていないことは明らかだった。
 それでもジムはカスターの口利きで、地元の新聞社に話を聞いてもらうことができた。
 オレゴン・タイムズの契約記者だというその貧相な顔の男は、ジムの話を聞いて、しきりにうなずいていた。しかし、その後オレゴン・タイムズに掲載された記事を見て、ジムは驚いた。
 それはひどく悪意に満ちた記事だった。
 記事ではまずレイ・カスターなる人物が、札付きの犯罪者であると決めつけていた。そしてジムから聞き取った話を、どこをどう解釈したらそうなるのか、全く正反対の内容として捉えていた。記事を読む者は誰でも、カスターという男を傲慢でいけすかない黒人野郎で、道路ですれ違ったら思わず道を譲りたくなるような危険な人物だと思うだろう。
 おまけにジムが傷ついたのは、小児性愛的嗜好を持つ(とほのめかされた)カスターの被害者として語られていることだった――この左腕の不自由な少年は(と書かれてあった――取材時は全く気づかなかったくせに、記者はどこかでかつて不自由だった腕のことを聞きつけていたらしい)――無報酬に近い形でカスターの非合法的な仕事を手伝うよう強制されたのである。そして少年は暴力を恐れ、地域風紀コミュニティの調査員と接触した。彼らは――
 全くひどいでまかせだった。おそらくあの記者は風紀コミュニティの息がかかった者だったのだろう。あるいは実際にその一員かもしれない、とジムは自分のうかつさを呪った。
 しかしこの一地方新聞に載った記事は意外な反響を呼び起こした。
 ジムはいくつかの全国紙からインタビューを申し込まれた。もちろん、彼は断りつづけたが、その頃には事態は既に手のつけられないところにまで発展していた。
 ほどなくレイ・カスターは下世話なゴシップ業界で最も有名な人物のひとりとなった。イザール人を騙した最初の地球人にして、身障者や子どもを食い物にする生まれつきの悪人だと。
 さらにイザール人と国連との間でこの事件の解釈をめぐり、ちょっとしたいざこざが起こった――やがてそれは恐ろしい出来事へと発展していった。    おそらくイザール人としてはちょっとした威嚇のつもりたったのだろう。
 金星で小規模な銃撃戦が起こった。それは国連基地と金星に駐留中のイザール人使節団との間の不和から生まれたものだったが、世界中の人々は慌てふためいた。惑星間戦争が起こる可能性があった――地球が戦禍に巻き込まれる可能性が。
 ほどなくそれは現実になった。イザール人の航宙船は地球に向けて二週間に渡って、局地的な攻撃をしかけた。それが局地的といわれるのは、イザール人が各国の軍の施設のみを正確に狙って極めて小規模な攻撃をくり返したからだった。
 もちろん、国連軍をはじめ、各国の軍隊もすぐに応戦したが、彼らの放ったミサイルやビームは一度としてイザール人の航宙船を捉えることはなかった。まるで、そこには何も存在しないかのように、彼らの兵器はことごとく的を外した――それを見て、彼らイザール人は異星人というより異次元人(もしかすると、異次元の地球人?)ではないかという穿った意見も出たが慎重に無視された。
 そしてイザール人は二週間に渡る散発的な攻撃を終えると、地球側の反撃を待たずに、そして自らの勝利宣言を出すこともなく、いずこかに立ち去った――おそらくは太陽系のはるか向こうに。
 これは地球人の多くの者に実に不思議な惑星間戦争として記憶されることになる。
 こうしてこの奇妙なクジラ型異星人は現れたときと同様、忽然と消え失せた――ただ一つ、地球を危機に陥れた一人の男、カスターの汚名だけを残して。
 結局、ジムは自分がよかれと思ってやった行動が、結果的に取り返しのつかない場所にカスターを追いやってしまったことを知った。
 カスターは逮捕されて二カ月の拘留期間を過ぎるとすぐ火星にある連邦刑務所に護送された。そこは凶悪犯のみが送られる専門の刑務所で、収容者のほとんどが終身刑を課された者だった。
 ジムは知らなかったが、そこでカスターは脳の一部を切除し、精嚢からカスターの遺伝子を永遠に葬り去る手術を施されることになっていた――これら全てを引き起こした忌まわしい記憶とその痕跡をこの世から完全に消し去るために。

 ジーナはその間、自分は全く無力だった、と思い返した。
 それはジムにとっても彼女にとっても、ひどくみじめな毎日だった。
 ジーナ自身、はじめから心中いきなり天から降ってわいたこの出来事に自分がついていけないのを感じていた。ジムがカスターのためを思ってやっていることは知っていたが、ジーナには全てが常軌を逸しているように思われた。
 カスターの火星行きが決まった後、ジムはひどい状態へ落ち込んだ。
 ジムはひどく不機嫌になり、内に閉じこもり、時折爆発して周囲に当たり散らした。それは今までジーナが知らなかった息子の一面だった。
 ヴォルフガングが最も被害を受けたかもしれない。思い返して、ジーナは思った。しかしそれはヴォルフガングが不用意にこんなことをいったせいもある。
「ジム、そうふさぎ込むもんじゃないさ。あれはきみのせいじゃないんだ」
 昔からヴォルフガングには人の心理に疎いところがあった、とジーナは思った。しかし、その後でヴォルフガングに向かって吐いたジムの無遠慮な言葉は、やはり許せるものではなかった。
 それを咎めると、
「母さん、よしてくれよ」とジムはいった。今までジーナが聞いたこともない、ひどく冷淡な物言いだった。
 その言葉を聞くと、ジーナは自分が昔読んだ小説に出ていた中西部の白人中流家庭によく見られる、気の利かない、ただおろおろするだけの母親になったような気がした。
 その後の二年ほどは、ジムは入退院をくり返した。
 精神分析医のいうことは当たり前すぎて、ジーナにはたわごとに聞こえた。
 とにかく、母親としては立ち直ってくれるのを待つしかなかった。
 そして確かその頃、ジムは初めて“ボリスの声”に出会ったのだ。
 最初、ジーナは映話カウンセリングという仕事をどこか胡散臭い気持ちで眺めていた。
 ジムのカウンセラーは派手なビッグバードのコスチュームを身にまとった女性で、弁護士事務所の秘書をしている人らしい、とジムはいった。自己満足のためにやっているのじゃないかしら、とジーナは疑った。
 しかし、ジムが「ビッグバードがこういっていたよ」とか「ビッグバードなら、そういわないな」と繰り返しいっているのを聞くうちに、映話カウンセリングも悪くはないのかもしれない、と思いはじめていた。
 ジーナの見るところ、それは牧師や修道女などの聖職者と同じ目的を持ちながら、それよりもずっと実際的な仕事に思えた。自分が教会にいた頃に感じていた疑問を、端的に解決してくれるのが彼ら映話カウンセラーであり、セラピストの仕事なのかもしれない、とジーナは思った。
 だが、何より嬉しかったのは、ビッグバードのおかげで、ジムが次第に健康を取り戻していくように思えたことだった。
 ところがある日、ジムはオレゴン・タイムズを見て、顔面蒼白になった。
 何があったのかジーナが尋ねると、
「ビッグバードが死んだ」と呆然とした声でいった。
 ジムの話では“ボリスの声”のカウンセラー、ビッグバードことバーバラ・ベイカーが相談者の一人に自宅前で刺し殺されたというのだ。それは恐ろしいことだった。助ける者が助けられる者に殺されるなんて。
 しかしジーナはそれよりもビッグバードの死がジムに与える影響の方が気にかかった。なぜなら、ジムは今やそれをたった一人で(ビッグバードの助力なしで)切り抜けなければならなかったからだ。
 後になって、ジーナは自分と息子が全く違う道を歩みだしたのは、このときが最初だった、と思った。そしてジーナ自身、そろそろ自分の歩むべき道を真剣に考えなければならない時期に来ているのを知った。
 ともあれ、ジムは今度の危機を実に彼らしい方法で乗り切ることにした――すなわち、自らがビッグバードの代わりに“ボリスの声”で働くことに決めたのだ。
「人を助ける仕事なのね」とジーナはいった。
「そうじゃないよ」ジムは即座に否定した。その強い口調にジーナは漠然とした不安を覚えた。
 ジムは、これは自身の適性を十分考えた上での純然たる仕事なんだ、といった。義務や責任ではない。ましてや自己犠牲でもない――その回りくどい言い方にどんな違いがあるのか、ジーナには正直わからなかった――実際、ジムは不健全にも、“ボリスの声”で働くことを、ビッグバードの遺言の個人的な履行と捉えていた。
 結局それは人を助ける仕事なのだ、とジーナは思った。そしてこうも思った。あるいはそれはジムにとって、自分を助ける仕事なのかもしれないと。
 ともあれ、ジムは自分自身と何とか折り合いをつけることに成功したように見えた。そこでジーナは自分の仕事に打ち込みはじめた。

 ジーナ・シモンズがエルドン・テイラーについて、ジムに連絡をとったのは、結局、次の日の午後も遅くなってからだった。
 夕暮れ迫るバーンサイドは、明かりがぼんやりともり始め、旧市街のあちこちにまるで人を欺くかのようなノスタルジックな雰囲気を漂わせていた。
「この男なのよ。どこかで見覚えがあるんだけどね」
 ジムはジーナが回線で送ったテイラーのホログラフを見て、首を傾げた。
「どこにでもいそうな顔だね。でも、本当にこの男が全作品に出ているの?」
「そう、そこが不思議だと思わない?  ヴォルフガングの話では、ビルの友人だということだけど」
 そしてあのビル・ホークナーにはたして本当に友人と呼べる者がいたのかしら、と思った。ジーナはホークナーのファンだったが、ホークナーの人となりについて知れば知るほど、このB級映画監督が人好きのしない傲慢な人間だったことがわかるのだった。生前に知り合うことがなくてかえってよかったのかもしれない。
「でも母さん、母さんはなぜこのテイラーのことをそんなに気にするのさ」
 それはヴォルフガングにも指摘されたことだった。
「完璧を期したいのよ」とジーナはいった。
「この仕事はわたしの最大の仕事なんだよ。これでわたしの評価が決まるといっていいんだから」
 ジムはそれでも釈然としない様子だったが、それ以上詮索することはなかった。それに出勤時問が迫っていた。今日は早出なんだよ、とジムはいった。
 ジーナは、自分の息子に嘘をついたことを後悔しながら、映話を切った。しかし、ジーナがジムを巻き込むことに逡巡したのは、それが息子の古傷に触れることになりはしないかと心配したからだった。
 ヴォルフガングに話さず、そしてジムにもいわなかったことは、奇妙なことにあのイザール人との出来事に関係があった。
 ジーナはダウンロードした昔の録画データを再生した。何度も繰り返し見ていたので、どこに何が映っているか脳裏に鮮明に残っている。十六年前の画像があっという間によみがえった。
 リチャード・カウフマンのにやけた顔がモニターいっぱいにだらしなく広がり、ジーナはその瞬間、嫌悪感で背筋がぞくぞくするのを感じた。
 ジーナはカウフマンに会ったことがある。四年前、カウフマンが司会をするトーク番組にゲストで呼ばれたのだ。それはホークナーの没後二十年を記念した番組だったが、その実、カウフマンはホークナーを笑いものにすることに努力の大半を傾けていた。
 打合せでは、ジーナはホークナー研究家の権威ということになっていたが、実際の放映では、ジーナは田舎でよく見かける、頭のおかしいエキセントリックなホークナー・ファンに見えた。カウフマンはしきりにジーナを煽り、それに抗議するジーナはますますイカレて見えるという寸法。しかし、そのカウフマンも今ではCBSの首席プロデューサーだ。世の中うまくいかないもんだわ、とジーナは思った。
 しかし、今、ジーナはそのカウフマンを無視し、その背景に目を据えていた。
 それは地球人とイザール人との記念すべきファースト・コンタクトのシーンだった。
 玩具のように丸っこいイザール人の航宙船が、ちょうどラグビーボールをいくつもグラウンドに立てたように、火星の赤い砂漠の上に吃立している。
 その傍らにいるのは、四人のイザール人と、それを取り囲む国連から派遣された使節団だ。使節団の大半は金星の国連基地から急遽かき集められてきた航宙士たちだった。彼らは皆一様に難しそうな顔をして、カメラの方向を向いていた。
 そのとき、キンキンと耳に障る声が左右のスピーカーから響いた。
「これがそのイザール人です」とカウフマンがいった。
 ジーナはチッと舌打ちをすると、音声を切り、ポインターで拡大する部分を探した。
 集中力のいる仕事だった。モニター上では各人は二ミリ角程度にすぎない。ジーナは太い指でポインターを注意深く操りながら、目当ての人物を四角くトリミングした。
 そしてモニターに向かって「ズームして」と静かに命じる。
 瞬時に目当ての人物が拡大された。
「はら、ごらん」とジーナは勝利の声を上げた。
 そこに映っていたのは、まぎれもなくあのエルドン・テイラーだった。

 その日、飛び地の天気は荒れ模様だった。
 午前から吹き始めた砂まじりの風は、午後になってようやく調子が上がってきたらしく、“ボリスの声”のスタジオのトタン屋根に大小さまざまな物体――その多くは隣の州の廃棄物――を打ち付けていた。
 ジムが“ボリスの声”の更衣室のドアに手をかけると、突然隣のスタジオのドアが開いて、パトリシア・シュリーマンが顔を出した。パットはまだ着替えておらず、ジーンズにTシャツ姿だった。それまで部屋のペンキ塗りでもしていたのか、顔には黄色のペンキがべっとりついていた。
「遅かったじゃない」とパットはいった。
 ジムはきょとんとした顔で、パットを見つめた。
「遅いったって、僕のシフトにはまだ時間があるはずだけど――」
「今日はないの。とにかく早く着替えて」
 パットはつかつかとジムのロッカーに歩み寄ると、苛々した様子でロッカーの扉をコツコツと叩いた。
「何かあったのかい?」
「いいから早くしなさいってば。あんたにお客さんなんだから」
「客?」
「ダークマンにご指名がかかってるのよ」
「いい加減にしろ、パット。わかるようにいえないのか?」
 ジムは胸騒ぎを感じながら、ロッカーを開けると、ダークマンのコスチュームを取り出した。
「わたしにだって、わかんないわよ。とにかく、来てよ。みんな、てんてこ舞いなんだから」
 パットはそういうと、ジムのロッカーからダークマンのマスクを取り出し、手のひらでポンポンと叩いた。何をそんなに神経質になっているのだろう、とジムは思った。
「あのね、今“ボリスの声”の回線を全部塞いでいるやつがいるの」
 背中からいきなり冷水をかけられたような気がした。
「あいつか?」
「多分ね。そうだと思う」
 二、三カ月前になるだろうか。保守係の一人がカウセリングデータの中に奇妙な信号が入っているのに気づいた。それはスクランブル信号の変種で、指向性をもっていた。
 ほどなく“ボリスの声”のカウンセラーたちは自分たちの仕事が盗聴されているのではないかと感じはじめた。ジム自身もそう感じていた。証拠といえるものは何もなかったが。
「頭のいいハッカーみたい。でね――」
 パットはそういうと、ダークマンのマスクをジムに手渡して、その手で自分の鼻をこすった。乾ききっていない黄色のペンキが彼女の頬に薄いラインを引いた。
「ダークマンと話したいんだって。ジム・シモンズことダークマンにね」
 ジムはパットの言い方にひっかかるものを感じた。
「つまり、そいつは僕と話したいって?」
「そう。でも、ここのポイントはね」とパットはいった。
「ダークマンのジム・シモンズを出せ、とあいつがいっていることなのよ。つまり、あんたの正体は知られているの。それ、どういうことかわかる?」
 ジムはシャツを脱ぐと、苦労してコスチュームを身につけた。パットが背中のジッパーを閉じてくれた。全く厄介な衣装ね、といいながら。
「つまり、かのスーパーヒーローの正体がジム・シモンズだと知っているやつがいるってことだろ?」
「それ、冗談のつもり? なら全然面白くないわよ。あいつはジム・シモンズを探しているの。あんたの知り合いかどうかわからないけど、少なくとも向こうの方ではあんたを知っているのよ」
 ジムはビッグバードを思い出した。バーバラ・ベイカーが白昼の通りでどうなったかを。
 ジムはロッカーのドアを閉めると、ダークマンのマスクを被り、パットの話によると内部は混沌としているというスタジオを見やった。そのとき、妙なことに気づいた。
「でも、ラインを全部ふさいでるってのはどういうこと? こっちからラインを切ったらいいじゃないか」あるいは主電源を切ったっていい。こちらのダメージも大きいが、非常事態ならそれもいたしかたあるまい。
 ジムが“ボリスの声”のスタッフになって二年になるが、タチの悪い相談者にはそうしていいという規定があったし、実際、過去何度その規定が適用されたこともある――バーバラ・ベイカーの事件後に設けられたルールだった。
「だから、切れないのよ」とパットがいった。
「ガードを破るだけじゃなくて、向こうはちゃんとこっちのコンピュータまで手なづけているのよ。かなりのオタクだわね」
「用意周到。準備してたわけか」こちらの知らないうちにそいつは少しずつガードを破りながら、こちらの心臓部に爆弾を仕掛けたんだ、と思った。これはおたくというより、むしろプロの仕事とみるべきじゃないか。
「一体、どんなやつなんだ」
「今のところ、声だけ。ジム・シモンズを出すまでは回線を開放しないって」
 ジムは首を振った。
「とにかく、かなりアブナイ感じよ」
「わかった。とにかく出てみるよ」
 パットの後についてスタジオに入った。
 スタジオの中はさながら戦場のようだった。今まで見たこともない数の職員がスタジオ内を右往左往している。カウンセラーをはじめとして、システム・エンジニア、保守係にいたるまで。ジム自身、“ボリスの声”のスタッフがこれだけ揃うのを見たのは初めてだった。
「ヘッドがかき集めたのよ」とパットがいった。
 “ボリスの声”の現代表グレン・キャンディは、職員たちに“ヘッド”と呼ばれていた。元は新聞社の心理カウンセラーで、オレゴン・タイムズをはじめ、二、三の新聞でコラムを持っていたこともある。今、そのキャンディは苦虫を噛みつぶしたような顔で、モニターをじっと見つめていた。
 全てのモニターには同じカートゥーンが映っていた。それは家電販売店のショールームを思わせる光景だった。そしてジムはそのカートゥーンが自分の知っているものであるのに気づいた。
 ウッドペッカーだ。ウッドペッカーが凶暴な犬に追いかけられている。犬はブルドッグだ。怖い犬を描こうとすると、ニュー・ハリウッドの連中は大抵ブルドッグにしてしまう。他に犬を見たことがないのだろうか。
 グレン・キャンディがジムに向かっていった。
「ポートランド警察は全然頼りにならん。こっちでも発信元を追っ掛けているんだが、まだしばらくかかりそうだ」
 ジムはうなずくと、モニターを見つめた。これは幼児退行だ、とジムは思った。これをやってのけた者がたとえいい歳の大人だったとしても、その精神年齢はうんと下だ。それは必ずしもいい徴候だとはいえない。
 ジムは自分の席に座ると、椅子を引き、モニター・ジャックをコンソールに押し込んだ。スタジオ内の全員の視線が一斉に自分に集まるのを感じる。
 モニターの中では、ブルドッグがウッドペッカーを庭のシーソーにまでじわじわと追い詰めていた。恐怖に引きつった顔のウッドペッカー。もちろん、これは彼の演技に違いない。案の定、突然、ウッドペッカーは空中高く飛び上がると、シーソーの片側を思い切り踏み下ろした。ビュンという擬音と共にブルドッグが派手に飛んでいく。ウッドペッカーがポケットから望遠鏡を取り出し、おもむろに覗くと、ブルドッグが宇宙の果てまで飛んでいくのが見える――カートゥーンではお馴染みの光景だ。
 と、突然、ウッドペッカーがこちらを振り返った。
「やあ、ジム。随分、待たせるじゃないか」
 ジムは一瞬、ぎょっとした。
「おいおい、口がきけないのかい?」ウッドペッカーは飛び上がると、空中で踵を打ち合わせ、テープの早回しのようを声でけたたましく笑った。
「きみは誰だ?」我ながら間の抜けた台詞だと感じながら、ようやくジムは声を出した。ウッドペッカーに名前を聞くのは世界中で自分だけだろう、と思いながら。
「教えたって、わからないよ。あんたは何も知らないから」
 モニターのすぐ後ろで、パットが唇で気をつけて、といっているのが見えた。
「一体、僕になんのようだい?」
 ウッドペッカーは笑いながら、
「やっとあんたを見つけたんだよ、ジム・シモンズ。随分時間がかかったけど、とにかく見.つけた。ママがいった通りだ。あんたは全然ホークナーに似ていない。もっともその恰好じゃ誰かはわかりようがないけどね。あんたのホログラフをみたんだ」
「ホークナーだって?」
 突然、過去の亡霊が出てきたような気がして、ジムは驚いた。これら一連のいたずらは気の狂ったホークナーのグルーピーがやったことなのか。
「きみはホークナーを知ってるのか? きみのいっているホークナーは映画監督のビル・ホークナーのことなんだろう?」
「忘れてる!」といって、ウッドペッカーは悲しそうな顔をした。
「あんたはホークナーの息子なのに、父親のことをすっかり忘れてるんだ」
「息子といっても、僕は人工受精児だ。ホークナーは僕の生物学的父親にすぎないんだ。それに僕の父親は僕が生まれたとき、既に死んでいたんだよ」
「ホークナーは死んでないわ。少なくともわたしの中ではね」
 次第にウッドペッカーの口調が変わってきた。それと同時に、ウッドペッカーの様子も微妙に変化してきた。コミカルな表情がなりをひそめ、変わって新しい人格が顔を出しつつあった。それは奇妙に引きつれた顔で、カートゥーンの登場人物がついぞ持ちえたことのない、複雑で歪んだ表情だった。
「ママのいう通りだわ。ママは狂っていたけど、ちゃんと本質は見抜いていたのよ。シモンズ親子は何もわかっていないって」
「きみは何者なんだ」
 そういいながら、ジムは頭の中ですばやく考えを巡らせた。これは“ボリスの声”とは全く関係のない人間だ。だとしたら、なぜここに掛けてきたのだろう。
「何にも知らないのね。何にも知らないんだわ。そんなことがあっていいの? わたしたちが一体、どんな思いでいたのか、あんたが全く知らないなんて」
「何をいってるんだ」
「そのうち、あんたに素敵な贈り物をするわ」
 そういうと、ウッドペッカーは鼻唄を歌いながらケーキを載せたワゴンを押してきた。
 そして正面を向くと、うやうやしくケーキを掲げ、
「お誕生日おめでとう」といった。
 途端にケーキが破裂した。散らばったケーキのかけらがいたるところに飛び散って、ウッドペッカーもケーキだらけになっている。しかし、彼は目をくるくる回し、嬉しそうに口の周りをぺろりとなめた。そしてもう一度「お誕生日おめでとう!」と叫ぶと、けたたましい笑い声と共に、走り去った。
 灰色のモニターに一字ずつ文字が浮かび上がってくる。そこにはこう書かれていた。
 “つづく”
 ジムは背筋が寒くなるのを感じた。
 次の瞬間、全てのモニターが一斉にコール音を響かせた。
 回線が復旧したのだ。周囲からため息が漏れる。とりあえず(ジムはともかく)“ボリスの声”の危機は去ったのだった。
 グレン・キャンディがいった。
「あいつは移動中だ。小型の通信衛星の一つを使って、こっちにもぐり込んだんだ。ちなみに使っている衛星は何年か前に盗まれたものだよ」
「座標はわかりますか?」
「ポートランド東南部だな」
「特定できないんですか?」
「移動中だからね。移動速度から計算してみよう」
 グレン・キャンディはそういうと、エンジニアの一人に何事かを囁いた。そしてモニターに顔を近づけると、ジムに向かっていった。
「バーンサイド地区だ」
「ちくしょう」
「きみの家か」
「いいえ」そしていった。「母の家です」

 ジーナはつかまらなかった。
 映話サービスに問い合わせてみると、ジーナ・シモンズは午前中から出掛けていることがわかった。図書館に行くそうですよ、とロボットが教えてくれた。
 自宅にはいないということで、ひとまずジムは安心した。バーンサイドに行ったとしても、ウッドペッカーは目的を果たせなかったはずだ。少なくとも今のところは。
 映話を置いたジムを見て、グレン・キャンディがいった。
「戻るんだろう」
「ええ」
「後で状況を知らせてくれ」
「わかりました」
 ヘッドがいろいろ詮索しないことをジムは有り難く思った。とにかくこちらも今は何が何だかわからないのだ。
 ニューヨークのヴォルフガンクに映話すると、秘書が出た。ヴォルフガングは外出中だという。緊急の用だ、と伝えると、すぐにヴォルフガングの携帯端末につないでくれた。
 ヴォルフガングはジムの話を聞くと、にわかにこわばった顔で押し黙った。
「ちょっと待っててくれるかい? そうだな、折り返しこちらから連絡する。そこは飛び地かい?」
「そうですけど、これから出ますから、クルマの方にお願いします」
「わかった」
 グレン・キャンディに後で必ず連絡するから、といって、ジムはスタジオの出口に向かった。通りしな、パットが何かいいたそうな顔でこちらを見たが、ジムは悪いと思いながらも無言でスタジオを出た。
 ホンダに乗り込んで、座標をポートランドにセットした。
 離陸してから、二十分ほどして、ヴォルフガングからのコールがあった。
 ヴォルフガングはひどく動揺しているように見えた。
「一人だけ心当たりはあるよ、ジム。ただ、これはきみやきみのお母さんのことを考えて今までいわなかったんだということを理解して欲しいんだ」
 ジムはうなづいた。ここはそうせざるを得ないだろう。
「多分、犯人はきみの妹だ、と思う」
「妹?」ジムは思わず声を上げた。
「もちろん、義妹だ。きみは会ったこともないはずだ」
 ヴォルフガングは冷や汗をかいていた。
「ちょっとこみいった話になるんだが」と前置きをして、ヴォルフガングは話しだした。「昔、マーサ・アルムという女がいたんだ。とはいっても、その頃のマーサはまだ十代だったがね。ホークナーのグルーピーの一人だった。ロケ現場には必ずいたそうだ。マーサは不安定だった。つまり、少々イカレてたんだ。ホークナーを神と崇めていたよ」
 ジムはうなずいた。そういうファンのことは聞いたことがある。
「きみの父さんが死んだあと、マーサは一層悪くなった。そう聞いているんだ。マーサの両親からね。マーサはきみの母さんとホークナーの遺伝子を争ったんだ。つまり応募してきたのさ、ホークナーの子供の代理母としてね」
 ジムは煙草が吸いたくなった――今まで一度も吸ったことはないのに。
 下界を見下ろすと、ちょうど州境にほど近いハイウェイを横切っているところだった。時折、輸送用の長距離トラックが通るほかは滅多に交通がない。我々は空を征服すると同時に地上を見捨てたのかもしれない、とジムは思った。
 ジムはヴォルフガングの話に集中した。
「もちろん、我々は選考過程でちゃんと外したよ。我々としてもマークしていたんだ。そして結局、きみの母さんがきみを生んだ」
「で?」
「そこからが、少し入り組んでいる。というのは、ホークナーは遺言書に付帯事項として、ちょっとした条件を付け加えていたんだ。我々はそのことをさして重要とは考えていなかった。ホークナーは既に死んでいたし、我々は当時ひどく忙しかったからだ」
 ジムはうなずいた。
「その頃、きみは腕が不自由だった。覚えているかい?」
「ええ」手術する前だったのだ。
「それに言葉を話せなかった」
「ホークナーの付帯事項にはホークナーの嫡子は五体満足でなけれはならない、というのがあったんだ。もちろん、我々はきみの身体的障害については問題にしていなかった。事実、今きみは身体的障害を感じていないだろう」
 そしてヴォルフガングは少し黙った。
「向こうには凄腕の弁護士がいたんだ。アルバート何とかいういけ好かないやつだったよ。彼らはきみが言葉を話せないことを問題にした。そして付帯事項を楯にマーサ・アルムに受胎させることを提案した。そして我々を脅した。もしこの提案を受け入れなければ、法的に問題にするとね」
 ヴォルフガングはそういうと、汗を拭った。
「我々はその提案を呑んだ。結局のところ、ホークナーの嫡子としてのきみの立場に変わりはないのだし、マーサの主治医がそれを患者にプラスの影響を与えると判断していたこともある。人道的配慮ってやつもあったのさ。しばらくして、マーサ・アルムは受胎し、女の子を生んだ。そして生まれた子にウィリアムという名前をつけた」
 ヴォルフガングはそういうと、
「ぎょっとするだろう? 女の子にウィリアムだ。ただ普段はビリーと呼んでいたな」
「ビリー・アルム?」
「そう、きみとは確か五歳ほど年が離れているはずだ」
 となると、今は十九だ。十分に可能性はある、とジムは思った。
「マーサはずっと病院を転々としてたんだ。ほとんどたらい回し扱いだったんだな。確か最後の病院は――といって、ヴォルフガングは手元のメモを見た。
「ブルンヴァン精神病院だ。コロラド州にある金持ち専用のクリニックだよ」
 ジムはちょっとひっかかるところがあった。
「最後の病院というと――」
「マーサ・アルムは二ヵ月前に死んだよ。病室で首をくくっていた。きみを待たせている間に調べてたんだ。間違いない。そのウッドペッカーはビリー・アルムだよ」
「でも何のために?」
「マーサはきみたち親子を恨んでいた。多分、ホークナーを独り占めされたと思ってたんだろう。きみの母さんは今やホークナーについてのオーソリティだからね。ホークナー周辺に興味を持つ者なら、いやでも目につく」
「でもそれだけのために――」
「ビリーは祖父母に育てられた。かなり手に負えない娘だったようだよ。まあ、母親があんな具合じゃ無理もないが、警察の世話にもなっている。そのビリーが母親が死ぬ前に病院に会いに行っている」
「それだけじゃ何もわかりませんよ」
「それからもうひとつ」とヴォルフガングはいった。
「ビリーは現在、テロリスト・グループのひとつと関係があると見られている」
「テロリスト・グループ?」
「反動的な右翼だな。昨年、ラテンアメリカで起こった排日運動では、先頭に立ったグループだよ。手製の爆弾でいまだに世界を変えられると思っている連中だ」
「ビリーは彼らと関わりがあるんですか?」
「少なくとも一緒にいるところは見られている。何を見てるんだ?」
 ヴォルフガングはとがめるように、ジムに尋ねた。
「森ですよ。煙が上がっているように見えたんです。山火事かも」
「もしかすると、彼らがそこに潜んでいるかもしれないな」
「彼ら?」
「ビリーとその一味さ。ジム、とにかく気をつけるんだ。彼らは頭がおかしいかもしれんが、同時に非常に危険だよ。昔の“赤い旅団”みたいに」
「前世紀のテロリスト・グループですね」聞いたことがあった。
「彼らほど組織だってはいないかもしれないがね。だが、へんてこな名前をつけて、爆弾を仕掛けて歩くのは、やはり真っ当な連中とはいえんよ」
 嫌な予感がした。
「何と呼ばれてるんです、彼らのグループは?」
 一瞬、間があった。
 眼下に流れる光景に次第に小さな町並みが加わってきた。もうじきポートランド市内だ。
「“キツツキ”だよ」とヴォルフガングが静かにいった。「そう、――ウッドペッカーだ」

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