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振り向いたら座敷わらし【第九話】

朝目が覚める。今日は休日。
まだ福ちゃんが来る前はコンビニに行くのが日課だったが、福ちゃんが来てからは朝ごはんの支度を始めることから一日が始まる。
今日の朝ごはんはご飯にみそ汁にアジの開き、それと納豆だ。
「しゅうすけ、おはよう。」
そうこうしている内に福ちゃんが起きてきた、まだ眠いのか目をこすっている。
「おはよう福ちゃん。顔洗ってきなね。」
福ちゃんはコクンと頷き、眠そうな様子のまま洗面台に向かう。
私はその間にご飯をよそり、みそ汁の火を止めた。アジの開きもそろそろ焼けている頃だろう。
その時、隣の部屋の扉がバンと開く音が聞こえ、バタバタとした足音がこちらの部屋に近づいてくる。
はぁ、と私はため息を一つつくと同時に隣の部屋の住人、夏樹さんが玄関のドアを思いっきり開けた。
「おはよう皆の衆!」
「皆の衆って私と福ちゃんしかいないじゃないですか。あとおはようございます。」
「細かいことは気にするな!」
そういって夏樹さんはがっはっはと笑い出す。
「あと扉を思いっきり開けるのはやめなさいって大家さんにこの前叱られてましたけど、大丈夫なんですか。」
「うっ…それは…!。」
そう。この傍若無人を体現するこの夏樹さんでさえ、大家さんには敵わないのである。
大家さん、恐るべし。
「朝ごはんまだでしょう?準備できてますから上がって下さい。」
うむ!と夏樹さんは履いていたサンダルを脱ぎ捨て居間に上がった。
何故夏樹さんの分まで朝ごはんを準備しているかというと、その理由は福ちゃんも関わってくる。
というのもここ暫く平日の昼間は夏樹さんに福ちゃんの相手をしてもらっている。
夏樹さんが来る前福ちゃんは比喩表現でもなんでもなく、ただ座って一日を過ごすこともあったので、夏樹さんの存在はとてもありがたい。
もともと私の部屋に顔を出していた夏樹さんだが、お礼も兼ねて、ということで一緒に朝食を囲むことになったのだ。
「なつき、おはよう。」
福ちゃんが顔を洗い終わったようだ。
「うむ!おはよう福!」
正直夏樹さんには少々苦手意識があるのだが、この元気なところは私も見習いたいところだ。
「しゅうすけ、わたし、手伝う。」
「ありがとう。じゃあご飯とか運んでくれる?」
「私も手伝うぞ!」
「ありがとうございます。そしたら箸と飲み物持ってってくれますか。」
そうして今まで一人で食べていた朝食は、だいぶ賑やかになったのである。

「福ちゃん今日は本屋さんに買い物に行こうと思うんだけどどう?」
「福は今日は私と公園行く約束してるんだよな!」
福ちゃんはコクンと頷いた。
「でも、本屋さん行ってみたい。」
私は夏樹さんの方を見た。
「うむ!福が行きたいというなら本屋に行こう!皆で行けば楽しいだろうしな!」
「夏樹さんありがとうございます。」
そう私が言うと夏樹さんは気にするなといってまたがっはっはと笑った。
夏樹さんには正直苦手意識はあるが、悪い人ではない。というよりも寧ろ良い人という印象が強い。
私はどちらかと言うと常識の範囲内で生きている節があるが、夏樹さんはそういったものに囚われない。それで正直ハラハラさせられるのが、苦手意識の元なんだろうと思う。
「うむ!まるで家族のようだな!近いうちに本当にそうなるだろうがな!」
このごり押してくるところも苦手である。

「ちなみに本屋で何の本を買うんだ?」
夏樹さんが食後のお茶を啜りながら聞いてくる。
「いやぁ、特にこれと言って決めてないんです。外で遊ぶのも大事ですが、本を読むのも大事かなと思いまして。」
「うむ!いいと思うぞ!知識は生きる上での助けになるからな!」
夏樹さんは腕を組んでうんうんと頷いた。
「福ちゃんはどんな本が読みたい?」
「わからない。本のこと、あんまり知らない。」
「まぁそしたら取り合えず本屋さんで色々見て回ろうか。」
夏樹さんがよし!と言って立ち上がった。
「善は急げだ!出かけるぞ!」

夏樹さんは一度着替えてきて、アパートの前で合流した。
福ちゃんは前にデパートで買った洋服に着替えている。
「おお!福!似合ってるぞ!」
「なつき、ありがとう。」
「そしたら行きましょうか。」
歩き出そうとする私の肩を夏樹さんがガシッと掴む。
「待て修介。私も着替えてきているのだが?何か言うことがあると思うのだが?」
「え、え?えーっと。」
夏樹さんの服装を改めて見てみると、普段の部屋着ではない。
確かにお洒落なんだろうが、お洒落には普段無頓着な私はこういう時咄嗟に誉め言葉が出てこないのだ。
「き、綺麗ですね。」
「うむ!そうだろう!」
夏樹さんはこれでもかと言わん限りのどうだという顔をして腕を組んだ。気持ち胸をそらしてさえいるように見える。
(単純な人でよかった…。)
そうして私たちは本屋さんに向けて出発したのである

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