だって可愛いから!
夏休みが終わった。
部活を頑張った奴らは日焼けで真っ黒になり、塾で頑張った奴らは塾のテストの点数の話をしたいたり、夏のオタクの祭典とやらに行っていた奴らはその思い出話に夢中だ。
俺はというと、特に話したい奴がいる訳でもなく一人自分の席でぼーっとしている。
俺はどのグループにも属さない、孤高の一匹狼…というわけではない。
属さないではなく、属せないのだ。
特別部活に熱い思いがあるわけでもなく、勉強熱心というわけでもなく、オタク文化にもあまり興味がない。
ただ広く浅く、満遍なく知っていて、なんとなくグループに入り込んでなんとなく抜けていく空気のような存在だ。
別にイジメられているとかそういうわけではないが、なんとなく今の自分に対してもやもやする。
正直そんな自分は本当につまらない奴だと思う。
「と、俊くん。」
ただこのクラスでも珍しく自分から俺に声をかけてくれる珍しい女の子がいる。
同じクラスの山田さんこと山ちゃんだ。
「山ちゃん、お疲れ~。今日の世界史覚える事多すぎじゃない?」
「そ、そうだね。でも私の好きなところだったから、私は覚えやすいかな。」
「そういや山ちゃん歴史好きだもんね。」
こういう何てことない会話を山ちゃんはする。
俺が一人になる時を狙っているかのように俺に声をかけてくる。
山ちゃんはあんまり明るい女の子じゃない。
どちらかというと暗い方で、クラスでは浮き気味だ。
山ちゃんのことは嫌いでも好きでもない。ただときどき一緒にいるだけ。
それだけだ。
「いつまでも夏休み気分でいるんじゃないぞー!ビシッとしろよ!」
クラスからはーいという何とも間延びした返事があった。
「今日帰りドーナツ食べに行かない?」
「帰ったら対戦しようぜ!」
「今日の部活筋トレかー。」
クラスの皆がそれぞればらけていく。
いつもだったら自分からどこかのグループに混ざっていくが、今日はそんな気分にもなれず一人で教室を出た。
休み明けは嫌いだ。単に学校が面倒くさいからだけじゃない。
それぞれのグループがそれぞれのグループで盛り上がった跡に触れるのが嫌いだ。
ただそれは誰のせいでもない。俺のせいだ。
(はぁ…、冴えねえ…。)
一人で帰り道を歩く。まだ日も高かったが、特にどこに寄る気にもなれずまっすぐ帰り道をトボトボ歩いている。
「俊くん。」
後ろから声をかけられる。山ちゃんだ。
「山ちゃんお疲れ~。」
「よければ…一緒に帰らない?」
「いいよー。」
そうして山ちゃんと一緒に帰る。
帰り道は山ちゃんがぽつぽつと話して、俺がそれにヘラヘラ笑いながら相槌をうつ。
それだけだ。冴えない気分の時はこうして帰るのも悪くない。
だが不思議だ。
俺から山ちゃんに声をかけたことはほとんどないし、一緒に遊んだ記憶もない。
他の男子に声をかけているところもあんまり見ないし、たとえ山ちゃんが俺のことを好きだったとしても、ルックスも冴えない俺を好きになる理由なんて全くない。
それでも山ちゃんは俺に声をかけてくれるのだ。
「山ちゃんはさ。」
珍しく俺から山ちゃんに話題をふる。自分でも嫌な予感はした。
「な、なあに?」
山ちゃんは少しびっくりした様だった。
「なんで俺なんかに構ってくれるの?」
「え?」
「だって俺冴えない空気みたいな男子だし、あんまり俺から話さないしつまんないっしょ?」
「そ、そんなこと…。」
山ちゃんは困ったような顔をしていた。この質問は我ながら意地悪な質問だった。
「ごめんごめん!困らせるつもりはなかったんだ。忘れて!」
俺は両手を合わせて山ちゃんに謝る。今日は本当に冴えない。こんな質問いつもだったらしないのに。
「いやぁごめんね。早く帰ろ。」
俺がそうして歩き出す。こういう日は早く帰るに限る。
「…から…。」
「え?」
山ちゃんが立ち止まった。もしかして怒らせちゃったかもしれない。これは本格的に謝らないといけないかもしれない。
「可愛いって…言ってくれたから。」
山ちゃんが少し声を大きくして言った。
可愛いなんて社交辞令で色んな女の子に言っている。山ちゃんにも言ったかもしれないが、覚えていない。
「私…小さい頃から性格が暗かったんだ。」
「あ、あぁ。そういえばそんな感じだったね…。」
「昔から、皆から裏で暗いだとか、ブスだとかずっと言われていたの。」
「それは…大変だったね…。」
正直反応に困るが、実際そういう話は聞いたことがある。表立っては言わないらしいが、浮いている山ちゃんのことを裏であーだこーだ言う奴がいるって。
まさか本人の耳に届いていたとは、言った本人達は思いもしてないだろう。
「そう言われるのには少し慣れてはいるけど、私だって傷つくことはあるんだよ?」
「…うん。」
「一時期本当にそれが辛い時期があって…辛くて辛くて、本当に死んでしまいそうなくらい辛かったんだ。」
「うん…。」
俺も山ちゃんも俯き気味になっていた。すごく重い話だ。なんて返答していいかわからなくてうんしか言えない。
こういう空気は苦手でさっさと切り上げて逃げ出したくなっていた。
けど、逃げてしまっては何かが壊れてしまいそうな気がしたから、やめた。
「でも、そんな時だったの。俊くんが可愛いって言ってくれたのは。」
俯いたまま山ちゃんが話す。
「俊くんにとっては社交辞令かもしれないけど、それが本当じゃなかったかもしれないけど…それでも私は嬉しかった。私にはその言葉が輝いて聞こえたの。」
「…そっか。」
「だから…。」
もともと山ちゃんが自分のことを積極的に話すのも珍しい。
それだけ一生懸命、いや必死に話しているのが伝わってくる。
「こんな私でも…傍に居ていいですか?」
山ちゃんは顔を上げた。その顔は今にも泣きそうな顔をしていて、山ちゃんが今にも崩れてしまうんじゃないかと思える程だった。
色々なことで頭の中がぐるぐる空回りしている。山ちゃんのいままでの事、自分が言った言葉の意味、俺は山ちゃんのことをどう思っているのか。
「そんなん…。俺でよければ…当たり前だよ!」
気づいたら俺は今までにないくらいの飛びっきりの笑顔でそう答えていた。
山ちゃんは泣きながら笑っていた。その笑顔は普段の山ちゃんからは考えられないくらいの明るい笑顔で、ついついぼーっと呆けてしまっていた。
「俊~!お前山田さんと付き合うことにしたんだって~?」
次の日の休み時間には、俺と山ちゃんの噂はクラス中に広まっていた。
「おう!」
「でも、山田さんってちょっと暗くて苦手だわ。俊と真逆じゃん。」
「そういやそうだよなぁ。なんで俊は付き合うことにしたんだ?」
俺は一切躊躇することなく答えた。
「だって…可愛いから!」
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