夜更かし【小説】
「東海道中、、、膝、栗毛、、、、、」
呟きながら寝返りを打つ恋人を見て表情がゆるむ。
仰向けになった頭を撫ぜた後で読書に戻ろうとしたが、ユニークな寝言を思い出すとわらけてしまい目が滑る。
どうにも集中できそうにない。
一服しようと、インスタントの紅茶を淹れることにした。
恋人を跨いでベッドを降り、キッチンに向かう。
一部コンクリートあらわしの白い部屋の奥には、拘りのシンプルな白の冷蔵庫があり、その上にセットで買った白の電子レンジが行儀よく鎮座する。
レンジの上には茶色い炊飯器とピンクの電気ケトル。
部屋の基調とちぐはぐな暖色コンビは母からのプレゼントだ。
電気ケトルの持ち手上部についた半透明のスイッチを押す。
暗がりの中で、うすぼんやり光ったスイッチのオレンジを見つめていると、ぼこぼこと湯が沸く音が鳴り始めた。
百度に達するのを待たずに、電源プレートからケトルを引き離し、粉末を入れたコップに湯を注ぐ。
リビングとキッチンを隔てる閾(しきい)の上に腰を下ろし、スプーンで掻き混ぜながら紅茶をすすった。
夜更かしで冷えた身体が元気を取り戻していく。
飲み干してからベッドルームの机に向かい、読書を再開した。
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空が白む。
レースのカーテンが、朝日を浴びる窓の結露に重なって、きらきらとしたモザイクをつくりだす。
頭を動かし視点を変えると、モザイクは細かく光り方を変えて静かに波打った。
窓際にある作業用の大きな机の上にはパソコンや筆記具の他に、薬や化粧水、ハンカチ、マスクが煩雑に置かれ、その中で先程読み終えたばかりの小説がひかっていた。
眠れなかった後悔より、充実感が優っている。
山積したやらなければいけないことが心に影を落とさぬよう、慎重に何度も表紙を眺めては感慨に耽る。
そのうち太陽は向かいの居酒屋の影からすっかり顔を出した。
「今日はこのまま寝ないぞ」と俺はひとりごちた。
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