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食べる前から食べ終えるまで美しいサンドイッチについて

「ケーキは断面」と言ったひとがいた。
確かに、地層のように重なる断面は味のプレゼンテーションであると同時に、色のコントラストやグラデーションまで表していて、見た目にも美しい。
美味しさは見た瞬間から約束されている。

サンドイッチはどうだろう。
ケーキに比べると、初めから倒されたミルフィーユのように断面をあらわに見せているものが多い。ただ、パンは可食部であると同時に手でつかまれる持ち手でもある。柔らかすぎても堅すぎても、挟まれる具材の量、具材を噛み切る際に加わる力、何かひとつバランスが取れなければ、ただちに手の中で瓦解する脆さがある。フォークとナイフで切るミルフィーユよりも、加わる力を見越した食べやすさを構築するのは難しいように思う。
皿の上では綺麗でも、食べるうちにぐちゃぐちゃになってしまうと、誰の目を気にするまでもなく、自分の気が焦ってしまう。

さえらの場合、中身がみっしり詰まっている密度を損なわない程度に、食べやすさを意識された引き算の隙間が計算されていて、最後まで中身がはみ出してしまったり崩れたりということが一切ない。

具材のバリエーションも豊富で、北海道の立地を生かした、かといって過度に観光客受けを狙わない実直な「たらばがに」はカニがふんだんに入ったコールスローみたいな具、揚げたてでタルタルの絶妙さも含めてずば抜けた美味しさの「えびカツ」、十二単のように肉が折り重なった「パストラミビーフ」、甘みや酸が意識されて適度にフルーツがミックスされ、恐らく生クリームは動物性脂肪でパンには薄く練乳が塗られている「フルーツ」…まだまだある具は何をどう組み合わせても美味しい。
(とはいえ、自分はえびカツ&フルーツの組み合わせが好きすぎて、なかなか他のオーダーができない。さえらを好きなひとは皆たいていマイフェイバリットの組み合わせを持っていて、お互い「それも美味しいよね〜!」とニコニコ称え合うところも素敵だと思う)

パンはふかふかしていて、かつ切り口のエッジが立っており、どの要素をとっても丁寧に作ってある。ひとつひとつの積み上げが驚異的なバランスの良さを成り立たせていることが、一口食べただけでわかる。

店内は年季が入った木の床にテーブル、あまたの人の手によって擦れて掃除で磨かれた鈍く光る艶がある。スタッフの連携の良さも店内の居心地良さに寄与している。
焼きもろこしコロッケ」が新作としてリリースされたとき、立て続けに店内でオーダーが入ったことがあった。ホールにいるスタッフが「“もろ”3つ!」と厨房に呼びかけると、厨房スタッフが「おっ、今日“もろ”オーダー何個め?持ってるね〜!」と笑いながら応えていて、新作どのくらいオーダー入るだろうかとスタッフでミーティングしていたんだろうな、別にノルマというわけではなく…ということがうかがえた。
きびきびと動くスタッフ同士の連携の気持ちよさ、パンの切り方で気をつけるべきポイントをスタッフに指導した直後に、こちらに向けて満面の笑顔で「どうぞ」とサンドイッチが差し出されるような、良い意味で少し芝居がかっているところが、所作ひとつひとつが見られているという意識に貫かれた小劇団の演劇を観ているような気持ちになる。

「焼きもろこしコロッケ」に入っているトウモロコシの粒は、あらかじめ別にバター醤油で焼き付けてからコロッケの中に封じられたと思われる味で、ああ、大通りの「焼きとうきび」屋台!!!と瞬間で連想した。

焼きもろこしコロッケとスモークサーモン

大通りという好立地なのに、コーヒーとセットにしても1,000円切るくらいという値段をいまだに維持されているのもすごい。
札幌に宿泊する機会があれば、大通り近くに宿を取って朝食はホテルで取らずに開店前から並ぶ覚悟で行くと決めている。いつも行列しているけれど、観光客によるフィーバーというより地元にこそ愛されているという意味では六花亭や石屋製菓に近い。

ご近所にお住まいの方が羨ましいと思いながら何度か通ううち、たまにしか来られないからと立て続けに一人でふた皿食べたことがあった。その折に、カウンターの端では優雅に「トーストとホットコーヒー」をオーダーして、ゆったりコーヒーを飲みながら新聞を読んでいるおじいさんがいらしたのを見かけた。こんなに目移りするサンドイッチがある店で、トースト
近所にお住まいで全メニュー食べた上での敢えてのトーストなんだろうか、自分には一生真似できない真の余裕だと憧れすら抱いた。

えびカツとパストラミビーフ
フルーツとたらばがに

コロナ禍を挟んでしまって、数年ぶりに北海道に住んでいる母親とさえらに行ける機会があった。店に行くまでに「カウンターでトーストとコーヒーを嗜んでいた方がいて格好良かった」話をしたら「それはもしかしたらオーナーじゃない?少し前に亡くなって、いまはそれまで店をメインで仕切っていた方が店主になったと新聞で読んだけど…」と言っていた。
メインで仕切っていたというのは、自分の目にはカウンター奥で采配を奮っていたチーフのような方に見えたけれど、トーストを召し上がっていた方はどうだろう。どちらもわからないけれど、仮にトーストをオーダーされていたのがオーナーだったとしても、店とのつきあいかたが素敵だとあらためて思う。

「スタッフの連携がきびきびしていて、サンドイッチが美しい」意味では、大阪だと千里中央の「ニューアストリア」を思い出す。
さえらの話をしていたら、関西の友人が「それって…」とニューアストリアをあげていたので、きっと私だけではなく、どちらかが好きなひとは、どちらも好きなのではないかと思う。

珈琲とサンドイッチの店 さえら(北海道・札幌)

ニューアストリア(大阪・千里中央)

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