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クリスマスが近づくと思い出すネパール料理店

未来のお客さんとの約束を守ろうとしていた店のことを、クリスマスが近づくと思い出す。

とにかくカレーを食べ続けていた2016年頃、食べたことがなさそうな料理や美味しいという評判があれば、わりと遠くまで出かけていた。
そのうちの一軒が、甲子園口(兵庫県)最寄り「ターメリック」というネパール料理店である。

ネパールのプレートごはん「ダルバート」を食べられる店は、当時まだ少なかったのに加えて「スパイスが効いているのに辛いわけではない」「確かにオイルは使っているが重たくない」「ごはんと豆(ダル)を中心に野菜が多い」食事としての満足度が高く、調理も丁寧でとても美味しかった。

夜はもう少し「カレー」に寄せた営業をされていたが、手がかかるダルバートは週末のランチ限定で提供されていた。
オーダー前は「パクチーは食べられますか?」食後には「いかがでしたか?お口に合いましたか?」とテーブルに必ず聞きに来られる店主のキランさんに「美味しかったです」と伝えると「ああ、よかった!安心しました。とても嬉しいです」と、きれいな日本語で答えながら胸に手を当てていらした。

五時の方向にあるダルにはかなり黒くなった唐辛子が入っているが「ここまで炒めないと辛いだけで香りが出ない。ネパール人はこの唐辛子を齧りながらご飯を食べます」と教えてくれた

毎週のダルバートが好評だったことを受けて、月2回のバル営業をはじめられた。いわく「ネパールではおかずを食べながらお酒を飲むのが大好きだから」という。

値段は確か300円均一だったと思う

折をみてバル営業にも行くうち、12月24日とバル営業日が重なった。イブにバル営業は流石にしないんじゃないだろうか、と店主のSNSを見ると、バル営業について告知されている。やる気だ。
「イブにイタリアンやフレンチは混むから、敢えて和食や温泉に行くといい」などという逆張りの発想もちらほら聞こえてはいたが、たとえそんなひとでもネパール料理店に行くかな??と不安になる。
誰も来ていなかったらどうしよう。行ってみることにした。

いつもよりは人が少なく、数組のテーブルが埋まっているくらいで、新たなお客さんもあまり来ない。でも、いつもどおりお惣菜はカウンターの上にたくさん並んでいた。食べられるだけ頼もうと思ったものの、プレート盛り合わせを頼んだ時点で盛りがよく、チウラ(干した米のフレークのような主食)は噛み応えがあってお腹に溜まる。

中心部分が「チウラ」

メニューの7割くらいは食べられたかなと思ったころには、他のお客さんはすっかり帰っていて、スタッフも早めに帰していた。
逆に長居して迷惑だったかなとテーブルを立ち会計をお願いしようとしたら「少しお酒飲みませんか?」と言われ、立ったままカウンターで飲みながら少し話した。

「イブに営業しなくても、誰も怒らなかったんじゃないですか」
「毎月この曜日にやると自分で決めたことだから。遠くから来てくださるお客さんがいたらと思うと、そのひとをがっかりさせたくない

以前、日本人が営む大正のネパール料理店で「このへん(九条~大正)カレー屋さん多いですよね」「みんな仲いいすよ」という話をしていた。
有名なスリランカカレー店の話になり「いまは昼と夜二部制だけど、前はずーっと通しで夜まで営業してた。仕込みもあるのに体力がものすごい」「なんでそんなに」「なんか、がっかりさせたくないって言うてた。遠くから来てくれて閉まってたら悲しいやんって」「すごい。誰にでもできることではないけど」「前に僕がごはん炊くの忘れててて、営業に間に合わなさそうだったからごはん分けてーってお願いしたら『そんなんあかん!ちゃんとお客さんのこと考えや!』って怒られた」「筋が通ってますね」

当時、既に大阪でカレーは人気があって人気店では「12時~14時」と書いているにも関わらず、毎日13時には売り切れて平気な店もあった。何も増産しろというのではなく「売り切れ次第終了です」「だいたい13時には売り切れます」と言い添えるだけでもかなり心象が違うのに、と思っていた。

別の国から来られて営業されていて「こういう料理があることを、国のことを知って欲しい」という真摯な気持ちが根底にあるからこそなのかもしれない。

「いろんな国の料理、見たことない食材に興味があるから県民ショーも見ていて楽しい。最初は納豆が食べられなかった。日本語学校でも苦手なひとが多かったけど、ある時から食べられるようになって今では大好き」「ネパールの発酵野菜で、納豆に近いのありますよね」「そうそう!カレーとかスパイス料理お好きですか?他にはどんなところに行かれますか」と訊かれて、写真を何枚か見せたら「ここは日本人が作ってて、こっちは日本人じゃないでしょう」と明快に当てられたため判断理由を聞くと「皿のふちにカレーが垂れてたりするのを気にするかどうかを見たらわかる」という話も興味深かった。

あらためて会計をお願いしたら、最初のプレート分しか受け取ってくれなかった。たくさん食べましたしお酒もいただきましたよ!と伝えたものの「本業が別にあるから、利益はいい。だからこそ本当は原価を気にする良いマスタードオイルも躊躇なく料理に使える」と仰るので、また昼も夜も来ます、ナマステと言って店を出た。

お店は2018年頃に、スタッフの手が足りないなどの理由で惜しくも閉店された。

その後、高野秀行の著作でもネパールの納豆の話を読んだ。確か閉店前ぎりぎりにキランさんにお話ししたように思う。

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